胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり

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第二章

92 父さん帰ったよ…

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東京の高尾での乗り換え、多摩川を過ぎると流石に電車は混みだした。大きな荷物を抱えて二人は電車の端っこに座り、とうとう家のある駅まで帰ってきた。

駅に降り立つと急に日常。空気さえ、懐かしく思えた。たった5日の旅だったけれど、長く離れていたような、あっという間だったような。ここまで来ると、早く家に帰りたくなるのが不思議な心境というもので。あんなにまだ帰りたくないと思ってたのに。急に子供に戻ったかのように、親に会いたくなった。

駅から徒歩10分の距離、妙にそわそわするのと、二人で旅をしてきたのだぞという誇らしさとが身体から漏れ出そう。すれ違う見知らぬ人に、大阪まで行ったんですよと、無駄に話しかけたくなって変なテンションだと思う。

「なんか、早く父さんと喋りたい」
「解る、でもさ、どうだった?って聞かれると、別にって言っちゃいそう」
「反抗期かよー、おばさんにお世話になったんだから、今度ちゃんと挨拶に行かなきゃなぁ」
「え……挨拶に、ふ、ふふ」

鉄堅の不気味な笑いかたに、葉月は目を細めた。

「どうした?」
「なんだか嬉しくて……葉月ちゃんがうちの親に挨拶にきてくれるなんて」
「昔からしてると思うが……」
「昔と今は違うでしょ。僕たち恋人なんだよ、ふふ、恋人が親に挨拶に来るんだよ、ふふ、嬉しすぎる。というか僕もこのままお父さんに挨拶をしにいこうかな、ねぇ、葉月ちゃん」

鉄堅の挨拶は、おそらく自分の挨拶とは違う気がして、葉月は首を横にふった。

「い、いい。今はまだ」
「そう?殴られる覚悟は有るからね」
「父さんはそんな頑固親父じゃねーわ」

どうして、鉄堅と父さんが殴り合わなければならないのか、時々、変な情報が鉄堅に入り込むのを不思議に思う。お前のデータ……古くない?

くだらない話をしていると、葉月の家の前に着いてしまった。

「はぁ、着いちゃった……」
「うん、早くお父さんに顔見せてあげて」
「そーする。あのさ」
「うん?」
「夜にメールするから」
「嬉しい」

鉄堅がふわっと笑う。どこまでも自分に向ける優しい眼差しと笑顔。離れがたいけど、葉月は、手をふった。

「じゃ、後で」
「うん、またね」

大きな荷物を背負って、帰っていく鉄堅の後ろ姿をしばらく見ていた。離れ小さくなっていく背中をじっと見送る。
遠くの曲がり角を曲がるとき、チラリと目が有ったような気がした。

葉月はひっそりとまたその姿に手をふって、我が家の門を開けた。鉄の錆びた金具が、キィッと音がして、油刺さなきゃなと思いつつ、玄関のドアをあける。鍵はあいていた。

いつもなら出迎えてくれる父さんが出てこないことを不思議に思いながら、靴を脱いで廊下を進んだ。

「父さん?ただいま……え」

リビングの床の上に父が、うつ伏せに倒れていた。床には割れたコップが転がっていて、転けて気を失ったのか、冷や汗が急にぶわっと沸いた。もしくは……帰ってきた息子をわざと倒れて驚かそうとしているのか……と。それなら良いと思った。そうであって欲しい。でも、父さんは……そんなことしない。

「と、父さん?ねぇ、父さんってば」

葉月は荷物を背負ったまま、父に駆け寄り、父の身体を揺すった。動かない。目を開けない。どうしたら良いのかわからない。

「ど、どうしよう、鉄堅」

立ち上がろうとして、背中の荷物の重さによろけた。急いで荷物を下ろし鞄からスマホを取り出し、鉄堅に電話する、指が震える、歯がカタカタとなる。早く出て。

「はい、葉月ちゃん?」
「て、てっけん、父さんが倒れてて……どうしよう、どうしたら良いの」

口がうまく動かない、言葉がうまくでない。だけれど鉄堅は葉月の状況を瞬時に理解してくれた。

「……すぐ行く、救急車、僕が呼ぶから葉月ちゃんは、心臓マッサージとかできることを」
「う、うん」

涙が溢れた。うつ伏せになっている父を仰向けにして、心臓に手をおく。動いていないようなきがした。身体が冷たいような気がした。

「父さん、ねぇ、父さんてば、父さん……起きてよ」

手に力が入らない、身体が震えてうまく動かない。どれくらい一人でそうしていたのか。ほんの数秒だったような数十分だったような。

玄関のドアが乱暴にあいて、鉄堅が飛び込んできた。泣いている葉月をみて、だがすぐ、膝をおり、座り、父の呼吸を確かめ、葉月を横にずらして、力強い心臓マッサージと、人工呼吸をはじめた。遠くの方から、ピーポーピーポーという甲高い音が近づいてきて、あっという間に玄関から複数の救急隊員が入ってきて、鉄堅が状況を理路整然と説明する。ストレッチャーに父が乗せられ、運ばれ、何もできず、よろりと立ち上がると、鉄堅に手を捕まれた。

「行こう」

何処へ?と思ったが、鉄堅が行くなら自分も行きたかった。思考が停止してて、よくわからないまま、救急車にのった。忙しなく救急隊員達が父の身体を調べ懸命に心臓マッサージを繰り返していた。






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