胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり

文字の大きさ
30 / 120
第一章

29

しおりを挟む
初めてのバイト、18時から10時のたった4時間なのに、身体はどっと疲れていた。陸上で走るのとは全く違う疲れ方をしていて、葉月はくたくたと、自分のベットへ潜り込んだ。

斎藤が毎日遅刻ギリギリに学校へ来る理由がわかる、何だかとても眠いのだ。体力的な疲れの他に、気疲れが大きい気がした。
ミスをしてはいけないという、責任が常にのしかかり、失礼をしてはいけないとか、変な態度をとらないように気をつかいぱなし。モタモタしない、スピーディーにと動くあまり、皿を割りそうになったり、コップの水を倒したり。
あれもこれもと思っていたら、あれを忘れ、これも出来ずで、結果上林先輩に迷惑をかけた。

上林先輩は、最初はこんなもんむしろ上出来ナイス接客と言って慰めてくれたけれど。上林先輩は、声がとても低くてよく通るテノール歌手みたいな、声優さんみたいな綺麗な声をしている。その素敵な声で慰められると、癒しの魔法をかけられたように心が落ち着いた。声がイケメン、落ち着いた大人の余裕が滲み出していてかっこいい。

斎藤は、上林先輩が接客の神といっていたが、1日一緒に働いただけで、意味が解った。本当に丁寧で、きちんとしていて、口調に淀み無く、穏やかで、誠実な対応はまさしく神か仏だった。

こういう人が会社の財産だよなぁと、横目で盗み見ながら思う。
グイグイと人に褒められに行かず、逆に人を褒め、感情的にならず、冷静に対応する姿は本当にカッコ良かった。大人の人とはこうあるべきと、始終尊敬の眼差しで葉月はすっかり上林のファンになっていた。

そういう訳で、ついつい鉄堅にも、ロイの神の話をしてしまう。
「まじで、声が良くてさ、あの声で話しかけられると、癒しの魔法をかけられてるみたいな気持ちになるんだよ、ほんと、大人って感じ」
「へぇ……」
「お前は会ったこと無いからそんな反応だけどな、まじでカッケーんだからな、人は見かけじゃないんだよ、ハートなんだよ、はぁ、俺も上林さんみたいになりたい」
「……」

葉月の上林神説を、延々と聞かされながら、鉄堅は渋い顔をして頷いていた。凄いねとか、そうなんだねと、ちゃんと相槌を打ち聞いているが、明らかに不満そうである。

葉月は、まだ上手く上林の凄さを伝えられていないと表現を変え、とにかく、せっかくの駅までの貴重な二人っきりの時間は上林の話で終わる。

少しづつ、鉄堅の心にモヤが溜まっていく。鉄堅は葉月がバイトをしていることを知らないから、葉月がわざわざ、上林に会うために、ロイへご飯を食べに行っているのだと勘違いが重なった。嬉しそうに上林のことを話す葉月を、苦しげに見詰める。

「葉月ちゃんは、その人のこと……好きなんだね」
「大好き!! まじで、神なんだもん」
「……僕より?」
「は? お前と上林先輩を比べられるかよ、神と人間だぞ、それに上林先輩は大人だし」
「僕達だって、後2年もすれば成人だよ、大人だよ」
「ええっ、うーん、そういう大人じゃないんだよなぁ、もっと内面的な、滲み出る大人の雰囲気というか、ま、お前も会ったら解るよ、今度紹介するからさ」

友達の友達は友達ではないけど、自分の尊敬する人を鉄堅にも尊敬して欲しかった。

「僕は……会いたくない」
「へ? あ、もう駅に着いちゃう、なんだよ、お前って人見知りなんだな」
「そうじゃないよ、葉月ちゃん、僕は葉月ちゃんのことが好きだから」
「ばが、こんな人の多いとこで何を言うんだよ、変な事言うなよ」
「さっき葉月ちゃんだって、大好きって言ったのに」
「上林先輩だろ?」
「先輩はよくて僕はだめなの?」
「もーー駄々っ子かよ、あ、今日は迎えは要らないから」
「え?」
「用事が有るんだよ、じゃぁな」

ひらひらと手を振って、葉月はホームへ行ってしまった。何の用事と聞こうとしたけれど、電車の音に遮断されて、鉄堅の声は葉月に届かなかった。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています

大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。 冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。 ※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

処理中です...