稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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私の魔女4(セブ視点回想)

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 ハバトは線の細い外見に反して、食への関心が高い。祖母上との暮らしが長い為か、作る料理の種類は幅広いようだが、味覚は年相応で、好きに食べさせると脂身の多い肉や味の濃いもの、甘いものを好む。秋の肥えたアナグマが好物で、根菜や山菜は甘辛く炊くのを好み、眠れない夜には火にかけて温めたミルクに砂糖を三匙入れて飲むと言う。彼のことを知る度に、それがどんなことでも愛らしいと思うのだから始末が悪い。

 叙爵式とそれに付随した交歓会を終えた後、私の機嫌が非常に良いことは傍目の誰からでも知れたことだろう。当初の想定よりずっと早く、彼を囲い込む準備が出来たのだ。心躍らないわけがない。
 王都内にある公爵家の所有する屋敷に連れ帰ると、ハバトは気を利かせた侍女達の言われるがままにドレスを脱いで風呂を使い身支度をした。湯上がりのハバトは、厚手の化粧着を羽織ってはいたが、襟元から除く肌に直接着ているものは薄衣を重ねた心許ない寝室着で、明らかに妻が夫と夜を過ごす為に設えるような蠱惑的な代物だった。きっと、重ねを少しばかり払えばすぐに肌が見えることだろう。そんな姿で本人は無防備に、香しい項など私に晒すのだから、本当に勘弁して欲しい。直ぐ様喰らいつかなかった私の忍耐強さに、彼は感謝すべきだろう。

 普段よく食べるハバトが、その日の屋敷での夕食は食が進まないようで、酒を飲みたいと言いだした。万が一潰れてしまっては今宵彼と共に過ごせる楽しみが減ると懸念したが、酒が入って饒舌になったハバトは一段と愛らしく私の心を満たした。
 私のことを「一番好き」だと、「特別に好き」だとぽろぽろと拙い言葉を溢す様は堪らなく愛おしい。かと思えば、給仕をしていた侍女達の目に気付いて、真白な首まで赤く染め恥ずかしがる様もまた、私の愛欲を唆った。

 場所を私の寝室に移し二人きりになると、ハバトはより懐いて甘えた。愛の告白は不覚にもハバトに先を越されてしまったが、正式に私から結婚を申し込むと、彼はどんな宝石より美しい涙を流して、嗚咽混じりに然と頷いてくれた。

 幸せだと思った。

 私の、私だけのハバト。
 その荒れのある節くれ立った慎ましい薬指に誓いの指輪を嵌める。
 私のものだという証だ。それをハバトが望んで受け入れた。幸せ以外の何ものでもない。

 この愛を、この誓いを損なうことなどもはや私には考えられない。
 私達を別つものがあれば必ず排そう。


 その日、泣き疲れて眠った伴侶に一晩中愛を囁きながら愛でた。愛おしいその全身に余すことなく口付けを落とし、そう遠くないうちにその身体の奥まで貪り奪ってやろうと心に決めた。


 私はその時浮かれていた。そして詰めを誤った。
 彼の臆病な性分は頗る愛らしいものだが、それは同時に極めて面倒な性分なのだと失念していた。





 愛おしいハバトから婚姻の約束を取り付けた翌朝、眠気眼の彼を置いて、生家に戻り、次年度で学院を卒業する弟に領地経営を一任したい旨を当人と両親に伝えた。それ自体は特段の問題もなく受け入れられ、立ち代わるように此度私が立てた功績への労いを受けた。
 弟の休暇を待ってから、配された領地へ向かい視察も済ませ、王都に戻る頃にはハバトと離れてから二十日程が経っていた。
 王立騎士団の団員宿舎内に立ち入ると、門当番の若輩の団員に呼び止められ、私宛ての書簡を手渡された。封筒の裏には送り主の署名がなかったが、表に遠慮がちに書かれたこじんまりとした癖のある字が、送り主が誰かをすぐに知らしめた。愛して止まない伴侶の文字だ。その文字を見るだけで、らしくもなく胸が温まる。
 真っ直ぐ自室に向かい、愛用の書机から封書用のナイフを取るとその刃をハバトから届いた書簡の封に滑らせた。急く気持ちを押し留めて中から丁寧に折り畳まれた便箋を取り出すと、一緒に何か硬く小さなものが転がり落ちた。

 その、転がり落ちたものが何かと頭が理解した瞬間に、全身から血の気が引いた。

 まさか、愛おしい伴侶の手で誓いの指輪が外され、こんな形で突き返されるとは思っていなかった。

 手足が冷えていくのに、頭が煮え滾ってくる。愛おしさと同じだけの怒りが込み上げ、私は深く深く息を吐いた。


 逃がすわけがないだろう。
 何故わかってくれないのだ。
 ハバト、君は“私のものだ”と。
 君が爪の先まで私のものだと理解するまで、力任せに腕の中に閉じ込めて、何度でも言い含めて舌先で流し込んでやろう。
 例えそれで君が壊れてたとしても大事にする。
 永遠に一緒だ。










 逃げ出したハバトを捕まえるまでに、それからふた月近くが掛かった。

 生まれ育った森中の一軒家を捨て、頑なに使い続けてきた変装を解き、異国の地まで逃げ、最後には自身を魔獣に変える危険まで侵して、私から逃げようとしたハバト。
 彼は、自身が男だと知られ私に嫌われるのが怖かったから逃げたと言う。そこに何も嘘はなく、真にたったそれだけの理由だった。私がハバトを嫌うわけがないというのに、何とも愚かで、可哀想で、可愛らしい。

 ハバトからは愛の言葉をもう一度もらえた。再び彼の指に誓いの証を嵌めた。彼は何も渋ることなく、南東の島国を直ぐ様出て、私についてバルデスの王都に戻ってくれた。
 ハバトは今回の件で、「私を振り回して不安にさせた」と少なからず負い目を感じている。それは、私にとってとても好都合だった。それはもちろん、ハバトを縛るのに有用だからだ。


 リャクマから王都に戻ると、宿舎に帰るスペンサーと分かれ、私はハバトを連れて今一度公爵家所有の屋敷に戻った。屋敷は平素から人を雇い入れているわけではない為、今は閑散としている。外はまだ日が高い時間帯だが、厚いカーテンを締め切った屋敷内は薄暗く、尚更物悲しさがあった。
 何をする為にここに来たのかひとつも理解していないハバトの、その細く煽情的な腰を抱き寄せながら、私は前回使用していた寝室を目指した。
 ハバトは王都に入ってからも変装魔法を使わなかった。それは本人なりのけじめなのだろうが、私にとってはどちらでも構わなかった。ハバトに寄ってくる者は、今後も変わらず全て排する。それだけだ。

 二階の寝室に入り、片手にまとめて持っていた荷を部屋角に放ると、私は従順に私に身を寄せるハバトの耳元に、出来るだけ語気を弱めた声で囁く。

「ハバト、君に触れたい。不安なんだ。私を安心させてくれるか?」

 上目遣いで私を見上げてくる私の魔女は、濃い睫毛を羞恥でかすかに震わせたが、腰に回した私の腕にしがみつきながらゆっくり頷いた。

「はい。セブさんが望むようにしてください」

 私は彼を思う通りに出来る歓びに、喉奥からどす黒い笑いを溢れさせた。
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