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私の魔女3(セブ視点回想)
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今回の賭けは降りたというスペンサーに、想い人はどんな子かと世間話の声色で問われた。無視を決め込んでも良かったが、愛らしくて堪らない魔女の姿が反射的に脳裏に浮かんで、「赤毛の栗鼠(りす)」とだけ答えた。
人目を怖がるハバトがあの特異な地毛を晒すことはまずない。その為、この話が彼に繋がることはなかったが、「赤毛の栗鼠」の正体に見当も付かなかった性悪な同僚達は、私の想い人を例の赤毛の王女に擬えて「殿下」と揶揄して呼んだ。誰しも、あの女が婚約者のいる身で私に粉をかけていると知った上でのことだ。酷く業腹だったが、ハバト本人を探られるよりはずっといいと黙した。
最果ての森と王都で、私とハバトは距離こそ離れたものの、私の日々は常にハバトの全てを手に入れることだけに注がれていた。ハバトもまた、私によく心を寄せてくれていると思う。彼から届く手紙はいつも熱心で、丁寧で、堪らなく愛らしかった。彼の思考を出来得るだけ私のことで埋めてしまいたくて、よく彼を質問責めにする手紙を書いた。ハバトからの手紙はその度に従順に厚さを増し、それがまた愛おしく、私の心を密かに満たした。
ハバトは、私の家柄や権力、財力だけでなく、心内のひとつも探ろうとはしない。それは、無欲だからなどという単純なものではなく、本当に自分に無関係だと思っているのだ。私と踏み込んだ関係になろうなどと、微塵も考えていない。ハバトは私への好意を隠さないが、私からの好意を求めない。それが酷くいじらしくももどかしい。私が恋仲どころか、彼を騙してでも婚姻関係を結んでしまおうと企んでいるなんて、彼は想像だにしていないだろう。物知らずで可愛らしい栗鼠は、私を善良な人間だと信じ切っている。
警戒心のない子栗鼠にとって一番の毒になるのは、優しい振りをする猟人だ。
尋問指示を出してからひと月経つ頃、ハービルでハバトを攫った指示役の男についての報告が上がってきた。
輩はエイレジン共和国からの不法入国者の可能性が高く、不法入国には組織的な動きも見られるということだった。不法入国ともなればバルデスの外交部を通じて国家間で責任追及すべき案件で、私がこれ以上手を出す必要はないものだ。だが、その不法入国者達にハバトがどう認識されているのか、何を目的にしているのかが気にかかる。エイレジンの外交当局が関知している存在なのかどうか。その如何によっては正攻法で攻める必要はない。
賭けではあったが、騎士団内で偵察隊を組む案を具申したところ、たった数日で承認された。どうやらエイレジンの情勢悪化を懸念した周辺国同盟内で、前々から気脈を通じていたようだ。自国の散漫な王だけでは、これ程性急にはことは進まなかっただろう。また、上官の口添えもあり、私が偵察小隊の長を務めることもすんなり許可され、何もかもに恵まれた。
結果的に、私が直接エイレジンを訪れたのは正解だった。魔力資性の低い者の多いかの国において、あり得ないことに幻惑魔法を纏った人間を多数見つけた。その元を辿った先に目的の組織があり、あまりの呆気なさに嗤えもしない。
蓋を開けてみれば、魔力の高い人間の血肉を使って、隣国内に任意の魔獣湧きを多数発生させ、国力を削いでから侵攻するという実に軽率な計画だった。魔獣をうまく湧かせることが出来ても、魔獣の種類も千差万別だ。手間に見合わないものが生まれることもままあるだろう。ハバトが狙われたのはその実験段階のことらしい。
エイレジンの元首等は関与を否定しているが、全くの無関係ということはまずないだろう。魔獣湧きの計画は、その後の国軍の侵攻を前提にしているのだから。後日、あれ程渋っていた周辺国との共和同盟加入にすんなり応じたことからもそれが伺える。
バルデスの王都に戻った私を待っていたのは、遠征に伴った繁多な雑事の処理だった。愛おしい彼への手紙も書けぬ程の多忙の折に、降って湧いたのが叙爵の話で、それに乗じて国王から本懐である「特例としての自由婚姻の許可」を取り付けた。だが、それに因って更に忙殺されることになり、私がハバトに会えたのは、叙爵式の二日前だった。
どれ程私が彼に会えることを心待ちにしていたか。彼の薄茶色の頼りな気な瞳が私を映してとろけるのを、そばかすの散った青白い頬を緩ませ朱に染めるのを、その彼の細く靭やかな身体を抱き締めることを、どれだけ私が切望していたかは言うに及ばない。
だが、その期待は裏切られた。ハバトは怪我を負わされ怯えていた。あまつさえ、私を姓で呼び余所余所しく遠ざけようとしたのだ。そんなこと、許されるべくもない。
原因は直ぐ様見当がついた。また、あの忌々しい第一王女だ。あまりの腹立たしさに、その日のうちにあの女の健気な婚約者に入れ知恵をしてやった。私に求婚されると期待しているらしい今なら、あの女は婚約破棄を受け入れるだろう、と。ジャスティン皇子が婚約を取り下げ、面倒の引き取り手が不在になるのは勿体ないことだが、あの女が婚約者からの献身に付け上がる様を目にすることはそれ以上に不快だ。
後に、私がジャスティン皇子を唆したことを知った悪辣な同僚たちは、いい酒の肴が増えたと大いに笑って、私の離断の手引を褒め称えた。本当に質の悪い男達だと思う。私を含めて。
人目を怖がるハバトがあの特異な地毛を晒すことはまずない。その為、この話が彼に繋がることはなかったが、「赤毛の栗鼠」の正体に見当も付かなかった性悪な同僚達は、私の想い人を例の赤毛の王女に擬えて「殿下」と揶揄して呼んだ。誰しも、あの女が婚約者のいる身で私に粉をかけていると知った上でのことだ。酷く業腹だったが、ハバト本人を探られるよりはずっといいと黙した。
最果ての森と王都で、私とハバトは距離こそ離れたものの、私の日々は常にハバトの全てを手に入れることだけに注がれていた。ハバトもまた、私によく心を寄せてくれていると思う。彼から届く手紙はいつも熱心で、丁寧で、堪らなく愛らしかった。彼の思考を出来得るだけ私のことで埋めてしまいたくて、よく彼を質問責めにする手紙を書いた。ハバトからの手紙はその度に従順に厚さを増し、それがまた愛おしく、私の心を密かに満たした。
ハバトは、私の家柄や権力、財力だけでなく、心内のひとつも探ろうとはしない。それは、無欲だからなどという単純なものではなく、本当に自分に無関係だと思っているのだ。私と踏み込んだ関係になろうなどと、微塵も考えていない。ハバトは私への好意を隠さないが、私からの好意を求めない。それが酷くいじらしくももどかしい。私が恋仲どころか、彼を騙してでも婚姻関係を結んでしまおうと企んでいるなんて、彼は想像だにしていないだろう。物知らずで可愛らしい栗鼠は、私を善良な人間だと信じ切っている。
警戒心のない子栗鼠にとって一番の毒になるのは、優しい振りをする猟人だ。
尋問指示を出してからひと月経つ頃、ハービルでハバトを攫った指示役の男についての報告が上がってきた。
輩はエイレジン共和国からの不法入国者の可能性が高く、不法入国には組織的な動きも見られるということだった。不法入国ともなればバルデスの外交部を通じて国家間で責任追及すべき案件で、私がこれ以上手を出す必要はないものだ。だが、その不法入国者達にハバトがどう認識されているのか、何を目的にしているのかが気にかかる。エイレジンの外交当局が関知している存在なのかどうか。その如何によっては正攻法で攻める必要はない。
賭けではあったが、騎士団内で偵察隊を組む案を具申したところ、たった数日で承認された。どうやらエイレジンの情勢悪化を懸念した周辺国同盟内で、前々から気脈を通じていたようだ。自国の散漫な王だけでは、これ程性急にはことは進まなかっただろう。また、上官の口添えもあり、私が偵察小隊の長を務めることもすんなり許可され、何もかもに恵まれた。
結果的に、私が直接エイレジンを訪れたのは正解だった。魔力資性の低い者の多いかの国において、あり得ないことに幻惑魔法を纏った人間を多数見つけた。その元を辿った先に目的の組織があり、あまりの呆気なさに嗤えもしない。
蓋を開けてみれば、魔力の高い人間の血肉を使って、隣国内に任意の魔獣湧きを多数発生させ、国力を削いでから侵攻するという実に軽率な計画だった。魔獣をうまく湧かせることが出来ても、魔獣の種類も千差万別だ。手間に見合わないものが生まれることもままあるだろう。ハバトが狙われたのはその実験段階のことらしい。
エイレジンの元首等は関与を否定しているが、全くの無関係ということはまずないだろう。魔獣湧きの計画は、その後の国軍の侵攻を前提にしているのだから。後日、あれ程渋っていた周辺国との共和同盟加入にすんなり応じたことからもそれが伺える。
バルデスの王都に戻った私を待っていたのは、遠征に伴った繁多な雑事の処理だった。愛おしい彼への手紙も書けぬ程の多忙の折に、降って湧いたのが叙爵の話で、それに乗じて国王から本懐である「特例としての自由婚姻の許可」を取り付けた。だが、それに因って更に忙殺されることになり、私がハバトに会えたのは、叙爵式の二日前だった。
どれ程私が彼に会えることを心待ちにしていたか。彼の薄茶色の頼りな気な瞳が私を映してとろけるのを、そばかすの散った青白い頬を緩ませ朱に染めるのを、その彼の細く靭やかな身体を抱き締めることを、どれだけ私が切望していたかは言うに及ばない。
だが、その期待は裏切られた。ハバトは怪我を負わされ怯えていた。あまつさえ、私を姓で呼び余所余所しく遠ざけようとしたのだ。そんなこと、許されるべくもない。
原因は直ぐ様見当がついた。また、あの忌々しい第一王女だ。あまりの腹立たしさに、その日のうちにあの女の健気な婚約者に入れ知恵をしてやった。私に求婚されると期待しているらしい今なら、あの女は婚約破棄を受け入れるだろう、と。ジャスティン皇子が婚約を取り下げ、面倒の引き取り手が不在になるのは勿体ないことだが、あの女が婚約者からの献身に付け上がる様を目にすることはそれ以上に不快だ。
後に、私がジャスティン皇子を唆したことを知った悪辣な同僚たちは、いい酒の肴が増えたと大いに笑って、私の離断の手引を褒め称えた。本当に質の悪い男達だと思う。私を含めて。
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