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聞き間違いか。いや聞き間違いじゃない。
夏弥は確かに美咲から「一緒に入る」という問題発言をその耳で聞いていた。
「……っ」
モザイクガラスの向こう側。現在進行形で美咲は制服を脱いでいる。
白いブラウスを脱いだせいで、上半身の辺りに発色のいいコバルトブルーが差す。
続けて、短めだったスカートに手をかけ、そちらもスルッと脱いでしまって。
もう、ドアの向こうの美咲は下着姿だった。
そのことが、ぼやかされたまま夏弥の目に映る。
ベースの肌色。あざやかで部分的な青。
解像度の悪い抽象映像にしたって、どんな下着なのかほとんどわかってしまうのが憎い。
「……」
(一緒に入るって、マジで言ってる……?)
一瞬、何の冗談かと思っていた夏弥だけれど、脱衣室で動く美咲の影を見る限り、どうやら彼女は本気らしい。
「な、なぁ美咲……。さすがに一緒っていうのは……」
「……」
美咲は夏弥の言葉に耳を貸さず、ついに「部分的な青」までも肌色に塗り替えてしまう。
「――っ!」
夏弥はたまらず、浴室ドアに背を向けた。
ただ、壁にかけていたシャワーヘッドのすぐ隣には、姿見が貼ってあって。
湯気で曇りきっているとはいえ、背後の浴室ドアが左右ひっくり返って映っている。
夏弥はすぐにぎゅっと目を瞑る。
鏡越しとは言え、ドアのモザイク越しとは言え。
その瞼を開けてしまえば、美咲の裸は見えてしまうに違いない。
「……」
少し静かな間があってから、美咲が一言話し掛けてくる。
「洗濯機。も、もう回したから」
ドア越しに美咲はそう言って、ついに――
浴室のドアが開けられたのだった。
「……さ、寒っ」
こもっていた美咲の声が、すっきりと聴き取りやすいものになる。
「……なんで本当に入ってきてんだよ」
背後で、ペタペタという小さな足音が数回して。
美咲が後ろにいるんだ、というその空気感や気配が伝わってくる。
「ぷふ。……夏弥さん、どうしたの? き、緊張してるんだ?」
美咲は思わず笑ってしまいそうだった。
自分も相当思い切ったことをしたけれど、それ以上に夏弥が背を向けてプルプル震えている姿がなんだか可愛らしくて、おもしろかったらしい。
その笑う仕草は、いじわるな女の子そのもののよう。
「……緊張っていうか……だ、だって、いきなり過ぎるだろ」
美咲はタオルの一枚も身体に巻いておらず、夏弥と同じく生まれたままの姿だった。無論、夏弥にはまだ見えていない。
「そ、そんなにおかしい……? あたし達……付き合ってるんでしょ……? 付き合ってるなら、別にフツーっていうか、問題ないんじゃない……?」
「そうだけど……いや、付き合ってたらフツーは一緒に入浴するものなのか? 俺の思い浮かべてるフツーと違うんですけど……」
シャワーヘッドからは延々温水が流れだしていて、夏弥の膝の辺りに当たっていた。
そこから湯気がたちのぼっていて、二人はそのなかにいて。
「夏弥さんて、誰かと付き合ったことないって言ってなかった?」
「そ、そうだけど……。それでも、フツーがどんなもんなのかぐらいわかるだろ……」
「そう。……じゃあ、あたしのことを…………ここから追い出すの?」
「……っ」
夏弥は美咲に背を向けたまま、その言葉に胸を打たれる思いだった。
戸惑いや恥ずかしさで美咲を拒みそうになるけれど、本心で言えばそんなはずがない。
追い出したくなんてないし、むしろ一緒に入っていたい気持ちだって十分ある。
正直者になれと言われれば、この場でエッ〇なことだってしたい。
気が済むまで、体力が続くまで。美咲と一つになり続けることに、全力を尽くしたっていいと思っている。
そういう気持ちが胸に湧いてきたからだろう。夏弥はこの土壇場で、素直に答えようと思ったのだった。
「追い出す……つもりなんてない」
「っ! ……そ、そう」
美咲の言葉を聞いてから、夏弥はゆっくりと瞼を上げた。
姿見に映る自分の裸の、さらにその後ろに肌色の輪郭が見える。
「……むしろ、一緒に入ってたいって……そう、思ってるけど……俺も」
「~~っ!」
裸のまま、二人は身体中が熱くてどうしようもなかった。
美咲は、目の前にあった夏弥の背中に、ちょっとした出来心で触れてみる。
直後。
「わっ! ……な、なんだよ」
「あ、ごめん。……でも、そんなに驚かなくていいじゃん。ただ触ってみただけだし」
「……いきなり触ってきたらビビるだろお前……。鹿並みに警戒してるからな、今」
「え、何それ。……鹿って警戒心強いの?」
「そりゃもうすごいって噂だよ。野生のセコ○っていうか、なんていうか……」
「ふぅん……。……ていうか、夏弥さん。こっち向いてみて?」と美咲は続けて言う。
奇遇にも、さっきの帰り道で言われたものと同じセリフだった。
「いや、だからさ……。そういう、相手が出来そうにないことをお願いするの、いじわるだって思うんだけど……」
「違うし」
美咲は夏弥のセリフをすぐに否定する。
「違う?」
「あたしは…………夏弥さんだったら出来るって思うから、お願いしてるんじゃん……」
「俺なら出来るって……それ……」
湯気の中、夏弥は訊き返す。
すると美咲は数秒だけ黙り込んでから、そっと優しく答えた。
「だって……あたしともう、エッ〇してるじゃん…………何回も……」
「~~っ!」
込み上げてくる気持ちは、声に出しようがないくらい本能的。
夏弥も思春期のただ中なのに。
美咲みたいな美少女にそんなこと言われてしまったら、あの時やその時のシーンを思い出してしまうというもの。
「あたしの裸は……もう見てるじゃん」
「……。そうかもしれないけど……。ていうかさ、さっきまでならたぶんそっち向けたけど……。今は…………無理だよ」
「え? 無理って……。もしかして」
美咲は夏弥の現状を察してしまう。
つまりはそういうこと、だった。
生理現象とは、時に本人の意志とは関係なく起きてしまうものなので。
「ああ。そういうことだよ。だからもういいだろ。許してください……。もうすぐ秋乃だって来るかもしれないし、そんな――
夏弥がそうやって言葉を並べていると、背中にとても柔らかいなにかが当たりだす。
「あっ――」
どれだけ言葉を尽くしてみても、その柔らかさは他にない。
温かくて、母性すら感じてしまうそれは、ズルいくらい簡単に夏弥の理性を揺るがす。
「みっ……美咲…………当たって……るけど」
「充電するって言ったでしょ。…………我慢して……?」
「っ……。我慢って、言われても……」
美咲はそう言って手を動かし、夏弥を後ろから抱きしめた。
とても強く、抱きしめていた。
これからやってくる秋乃のことを考えたら、今日はもうこれで終わりかもしれない。夏弥と二人きりで居られる時間は、この時だけかもしれない。
そう思うと、いやでも力が入ってしまう。
だから、彼の肌に肌を出会わせたくなってしまう。
「ま……まずいから……美咲。……本当に」
「…………うん」
夏弥の身体を這う水滴が、美咲の胸や腕で少し拭われていく。
後ろから回した美咲の手は、夏弥の胸の辺りを抑えていた。
彼の高鳴る心拍をこの手で確かめておきたくて。
自分の高鳴る心拍を、その背中に直接伝えてみたくて。
そんな風に思われても仕方ないくらい、美咲は夏弥にぎゅっと抱き着いて離れない。「うん」と言ったきり、一ミリも離れようとしないのである。
裸の美咲に抱き着かれていた夏弥は、それでもまだかろうじて理性が残っている自分を褒めたいと思った。
「これは……か、過充電ってやつじゃないのか? ……それに、秋乃がいるのは今日だけだし、泊まるとも言ってないよ」
「泊まる……気がするから。だから、こうしてるんじゃん……」
女の勘。というものかもしれないけれど、美咲はなんとなく嫌な予感がしていた。
四人が幼かった頃のこと。秋乃は目に見えてお兄ちゃん子だった。
お調子者でなんでもかっこよく決めてしまう洋平よりも、不器用で、冴えなくて、それでも優しい夏弥のほうが、うんと好きだった。
幼少期であれば、好きだの嫌いだの冗談も交えて言えていたのだけれど、物心つく頃になると、秋乃はこの想いを明確には打ち明けなくなっていった。
しかしそれでも女子の勘。
鋭い目ざとさで、美咲はそのひた隠しにされていた秋乃の気持ちに気付いてしまっていた。
――たぶん秋乃は、夏弥さんのことが好きなんだよね。
ただ、それは小学校高学年くらいまでの話であったし、現在、秋乃の想いがどうなっているのかは美咲にもわからない。
久しぶりに再会した時だって、秋乃はいつもの秋乃だった。
だから、嫌な予感というのは、本当にただの予感でしかないのだけれど。
夏弥は確かに美咲から「一緒に入る」という問題発言をその耳で聞いていた。
「……っ」
モザイクガラスの向こう側。現在進行形で美咲は制服を脱いでいる。
白いブラウスを脱いだせいで、上半身の辺りに発色のいいコバルトブルーが差す。
続けて、短めだったスカートに手をかけ、そちらもスルッと脱いでしまって。
もう、ドアの向こうの美咲は下着姿だった。
そのことが、ぼやかされたまま夏弥の目に映る。
ベースの肌色。あざやかで部分的な青。
解像度の悪い抽象映像にしたって、どんな下着なのかほとんどわかってしまうのが憎い。
「……」
(一緒に入るって、マジで言ってる……?)
一瞬、何の冗談かと思っていた夏弥だけれど、脱衣室で動く美咲の影を見る限り、どうやら彼女は本気らしい。
「な、なぁ美咲……。さすがに一緒っていうのは……」
「……」
美咲は夏弥の言葉に耳を貸さず、ついに「部分的な青」までも肌色に塗り替えてしまう。
「――っ!」
夏弥はたまらず、浴室ドアに背を向けた。
ただ、壁にかけていたシャワーヘッドのすぐ隣には、姿見が貼ってあって。
湯気で曇りきっているとはいえ、背後の浴室ドアが左右ひっくり返って映っている。
夏弥はすぐにぎゅっと目を瞑る。
鏡越しとは言え、ドアのモザイク越しとは言え。
その瞼を開けてしまえば、美咲の裸は見えてしまうに違いない。
「……」
少し静かな間があってから、美咲が一言話し掛けてくる。
「洗濯機。も、もう回したから」
ドア越しに美咲はそう言って、ついに――
浴室のドアが開けられたのだった。
「……さ、寒っ」
こもっていた美咲の声が、すっきりと聴き取りやすいものになる。
「……なんで本当に入ってきてんだよ」
背後で、ペタペタという小さな足音が数回して。
美咲が後ろにいるんだ、というその空気感や気配が伝わってくる。
「ぷふ。……夏弥さん、どうしたの? き、緊張してるんだ?」
美咲は思わず笑ってしまいそうだった。
自分も相当思い切ったことをしたけれど、それ以上に夏弥が背を向けてプルプル震えている姿がなんだか可愛らしくて、おもしろかったらしい。
その笑う仕草は、いじわるな女の子そのもののよう。
「……緊張っていうか……だ、だって、いきなり過ぎるだろ」
美咲はタオルの一枚も身体に巻いておらず、夏弥と同じく生まれたままの姿だった。無論、夏弥にはまだ見えていない。
「そ、そんなにおかしい……? あたし達……付き合ってるんでしょ……? 付き合ってるなら、別にフツーっていうか、問題ないんじゃない……?」
「そうだけど……いや、付き合ってたらフツーは一緒に入浴するものなのか? 俺の思い浮かべてるフツーと違うんですけど……」
シャワーヘッドからは延々温水が流れだしていて、夏弥の膝の辺りに当たっていた。
そこから湯気がたちのぼっていて、二人はそのなかにいて。
「夏弥さんて、誰かと付き合ったことないって言ってなかった?」
「そ、そうだけど……。それでも、フツーがどんなもんなのかぐらいわかるだろ……」
「そう。……じゃあ、あたしのことを…………ここから追い出すの?」
「……っ」
夏弥は美咲に背を向けたまま、その言葉に胸を打たれる思いだった。
戸惑いや恥ずかしさで美咲を拒みそうになるけれど、本心で言えばそんなはずがない。
追い出したくなんてないし、むしろ一緒に入っていたい気持ちだって十分ある。
正直者になれと言われれば、この場でエッ〇なことだってしたい。
気が済むまで、体力が続くまで。美咲と一つになり続けることに、全力を尽くしたっていいと思っている。
そういう気持ちが胸に湧いてきたからだろう。夏弥はこの土壇場で、素直に答えようと思ったのだった。
「追い出す……つもりなんてない」
「っ! ……そ、そう」
美咲の言葉を聞いてから、夏弥はゆっくりと瞼を上げた。
姿見に映る自分の裸の、さらにその後ろに肌色の輪郭が見える。
「……むしろ、一緒に入ってたいって……そう、思ってるけど……俺も」
「~~っ!」
裸のまま、二人は身体中が熱くてどうしようもなかった。
美咲は、目の前にあった夏弥の背中に、ちょっとした出来心で触れてみる。
直後。
「わっ! ……な、なんだよ」
「あ、ごめん。……でも、そんなに驚かなくていいじゃん。ただ触ってみただけだし」
「……いきなり触ってきたらビビるだろお前……。鹿並みに警戒してるからな、今」
「え、何それ。……鹿って警戒心強いの?」
「そりゃもうすごいって噂だよ。野生のセコ○っていうか、なんていうか……」
「ふぅん……。……ていうか、夏弥さん。こっち向いてみて?」と美咲は続けて言う。
奇遇にも、さっきの帰り道で言われたものと同じセリフだった。
「いや、だからさ……。そういう、相手が出来そうにないことをお願いするの、いじわるだって思うんだけど……」
「違うし」
美咲は夏弥のセリフをすぐに否定する。
「違う?」
「あたしは…………夏弥さんだったら出来るって思うから、お願いしてるんじゃん……」
「俺なら出来るって……それ……」
湯気の中、夏弥は訊き返す。
すると美咲は数秒だけ黙り込んでから、そっと優しく答えた。
「だって……あたしともう、エッ〇してるじゃん…………何回も……」
「~~っ!」
込み上げてくる気持ちは、声に出しようがないくらい本能的。
夏弥も思春期のただ中なのに。
美咲みたいな美少女にそんなこと言われてしまったら、あの時やその時のシーンを思い出してしまうというもの。
「あたしの裸は……もう見てるじゃん」
「……。そうかもしれないけど……。ていうかさ、さっきまでならたぶんそっち向けたけど……。今は…………無理だよ」
「え? 無理って……。もしかして」
美咲は夏弥の現状を察してしまう。
つまりはそういうこと、だった。
生理現象とは、時に本人の意志とは関係なく起きてしまうものなので。
「ああ。そういうことだよ。だからもういいだろ。許してください……。もうすぐ秋乃だって来るかもしれないし、そんな――
夏弥がそうやって言葉を並べていると、背中にとても柔らかいなにかが当たりだす。
「あっ――」
どれだけ言葉を尽くしてみても、その柔らかさは他にない。
温かくて、母性すら感じてしまうそれは、ズルいくらい簡単に夏弥の理性を揺るがす。
「みっ……美咲…………当たって……るけど」
「充電するって言ったでしょ。…………我慢して……?」
「っ……。我慢って、言われても……」
美咲はそう言って手を動かし、夏弥を後ろから抱きしめた。
とても強く、抱きしめていた。
これからやってくる秋乃のことを考えたら、今日はもうこれで終わりかもしれない。夏弥と二人きりで居られる時間は、この時だけかもしれない。
そう思うと、いやでも力が入ってしまう。
だから、彼の肌に肌を出会わせたくなってしまう。
「ま……まずいから……美咲。……本当に」
「…………うん」
夏弥の身体を這う水滴が、美咲の胸や腕で少し拭われていく。
後ろから回した美咲の手は、夏弥の胸の辺りを抑えていた。
彼の高鳴る心拍をこの手で確かめておきたくて。
自分の高鳴る心拍を、その背中に直接伝えてみたくて。
そんな風に思われても仕方ないくらい、美咲は夏弥にぎゅっと抱き着いて離れない。「うん」と言ったきり、一ミリも離れようとしないのである。
裸の美咲に抱き着かれていた夏弥は、それでもまだかろうじて理性が残っている自分を褒めたいと思った。
「これは……か、過充電ってやつじゃないのか? ……それに、秋乃がいるのは今日だけだし、泊まるとも言ってないよ」
「泊まる……気がするから。だから、こうしてるんじゃん……」
女の勘。というものかもしれないけれど、美咲はなんとなく嫌な予感がしていた。
四人が幼かった頃のこと。秋乃は目に見えてお兄ちゃん子だった。
お調子者でなんでもかっこよく決めてしまう洋平よりも、不器用で、冴えなくて、それでも優しい夏弥のほうが、うんと好きだった。
幼少期であれば、好きだの嫌いだの冗談も交えて言えていたのだけれど、物心つく頃になると、秋乃はこの想いを明確には打ち明けなくなっていった。
しかしそれでも女子の勘。
鋭い目ざとさで、美咲はそのひた隠しにされていた秋乃の気持ちに気付いてしまっていた。
――たぶん秋乃は、夏弥さんのことが好きなんだよね。
ただ、それは小学校高学年くらいまでの話であったし、現在、秋乃の想いがどうなっているのかは美咲にもわからない。
久しぶりに再会した時だって、秋乃はいつもの秋乃だった。
だから、嫌な予感というのは、本当にただの予感でしかないのだけれど。
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