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◇
二人の頭や肩口が、降り始めた雨に濡れていく。
その雨を嫌うみたいにして、夏弥と美咲はいつもの帰り道を駆けていく。
アスファルトの路面。水たまり。踏んだ雨水がバシャバシャはじけ飛んでいく。
「夏弥さん、ちょっと早いって」
「え? なに?」
雨音は次第に激しくなっていって、二人の会話の邪魔をしていた。
歩き慣れたはずの道も、注意して歩かなければずるりと滑ってしまいそう。
「ちょっと早いって言ったんだけど?」
「ごめん。でも急がないとさ」
美咲のセリフに反応し、振り返りながら夏弥は立ち止まった。
「あっ、急にとまったりしたら」
それまで引っ張られていた美咲は、当然その勢いのまま進んでしまい――
夏弥の胸へ飛び込む形になってしまったのだった。
「――っ」
雨が降り続ける中で、二人の濡れた身体はぴったりとくっついてしまう。
水分を含んだ制服は身体に張り付きだしていて、美咲の胸や腰のラインをやけに強調しているみたいだった。
「……」
「……」
身体は雨で冷たいはずなのに、お互いに触れてるところだけが熱くて仕方ない。
「ご、ごめん」
「……ううん。別にいいけど」
(なんだかデジャヴっぽいな、この光景)
夏弥は前にも似たような体験をした覚えがあった。
雨の降る中、傘を差して帰る途中。美咲が後方からやってきた車に気付かなくて、自分が彼女を引き寄せたこと。そんなことが、あったような気がしていて。
「……美咲?」
「……」
くっついてしまったまま、美咲は夏弥からすぐには離れない。
黙り込んだまま夏弥のシャツをぎゅうっとつかんでいる所まで、あの時とほとんど同じだった。
けれど、今とあの時とでは、二人の距離感にかなりの差異がある。
今は、心も身体もずっとずっと近くにある。
「夏弥さん……」
「ん? 何?」
美咲はその至近距離のまま顔を少しあげ、夏弥の目を見つめる。
その後、頬をさらに赤くしだして。
「……」
「どうしたんだよ……?」
「今日、秋乃が来るんでしょ……?」
「ああ。何時かはわからないけど、来るって言ってたよ」
「……じゃあ…………もうすぐ、二人きりじゃなくなるってことだよね」
「!」
美咲に制服のシャツをつかまれたまま。目を見つめられたまま。
そんな、しっとりとした切り口の言葉を告げられる。
「っ……。……そうだね。二人きりじゃ……なくなる」
また少しの沈黙があってから、美咲は伏し目がちに言う。
「こんな風に、くっつくことも……。今日はもう、できなくなるってことでしょ……」
「…………うん」
美咲の語気が尻すぼみになっていく。
夏弥は目の前の美咲が、あまりにもいじらしく思えてたまらなかった。
(もう……。外でもデレるなんて俺は聞いてない……)
「……い、家に帰ったら、充電させてほしいんだけど……」
「……!」
充電という単語で、二人は何かを察し合ったらしい。
無論、充電切れを起こしてる美咲のスマホのことではなくて。
「…………わかった。秋乃が来るまで……充電する?」
「……する」
夏弥は別に、恋愛達者なイケメン君でも、読心術が得意なメンタリストでもない。なので、女の子の気持ちが寸分の狂いなくわかるわけではなかったのだけれど。
それでもこの場に限って言えば、彼女である美咲の言いたいことは痛いほど伝わってきていた。
「とにかく……家に帰ろう」
「うん……」
口調は落ち着いていた。
それでも、二人の心臓は速まって速まって仕方ない。
目を合わせることもできない恥じらいが、夏弥と美咲に訪れる。
「かっ、風邪でもひいたら大変だ」
「……」
もう一度、手を繋いで歩きだす。
夏弥はあまり美咲の方を見ないようにしていた。
なぜなら、濡れたことで彼女のブラウスが透け始めていたからだ。
その下に着用していたコバルトブルーのかわいいブラジャーは、夏弥の目に毒だった。充電なんてお誘いの文句がなくたって、美咲は十分セクシャルな魅力に溢れている。
「夏弥さん……」
「ん? どうしたんだよ」
「なんでこっち見ないの?」
「……」
横を歩く美咲は、夏弥が自分を見ないその理由がわかっていながら、そんなことを尋ねていた。
「……あのな、そういう質問は、いじわるだと思うんだ」
「ふふっ。ま、まぁ? 家に帰ったらいくらでも見れるしね」
「~~っ! ……それもそうだ。じゃあ、いくらでも見ていいんだな? 見まくっていいんだな?」
「夏弥さんが……見たいっていうなら、考えてあげなくもなくもなくもないって感じ」
「ぷふっ。もうどっちだよ、それ……」
静かにテンパっている美咲を見て、夏弥はついつい噴き出してしまった。
それから、二人は急いでアパートへと向かったのだった。
◇
鈴川家のアパート201号室に着く。
玄関に入るなり、夏弥は美咲の冷えた身体を心配した。
「美咲、すぐにお風呂入っちゃったほうがいいぞ。マジで風邪ひいたらシャレにならんし」
「うん。そうかも……」
夏場の暑さから、急な秋の気温低下。
体調不良を起こさないほうが珍しいかもと思えるくらい、この日の雨は冷たかった。
「あ……」
濡れた制服のまま脱衣室へ向かった美咲は、その場で立ち止まって振り返る。
何かを思い出した。いや、何かを思いついたような。そんな「あ」だった。
「やっぱり夏弥さん、先に入っていいよ」
「ん? そう……?」
「夏弥さんのほうが濡れ方エグいでしょ」
「いや、でも……」
夏弥は廊下からキッチンスペースへ差し掛かる辺りで立ち止まっていた。その彼に、美咲がグイッと距離を詰めてくる。
「ほら」
美咲はそう言って、夏弥の着ていたワイシャツの裾をぎゅっと握り込んで、ひどく濡れているのを確認してみる。
「……美咲も大概びしょびしょだけどな」
「あたしはいいから、早く入りなよ」
「……それじゃあお言葉に甘えて」
夏弥は促されるまま、脱衣室へと入っていった。
珍しいこともあるな、と思った。
普段の流れでいえば、いつも美咲が先に入浴している。
別にそれは二人で「順番はこうしよう」などとルールを設けているわけではなくて。何気なく過ごしていく日々の中で、夏弥と美咲のあいだに発生していた暗黙のルール。ルーティンだった。
「……ううっ。マジで冷え込むな」
衣服を脱ぎつつ、夏弥は独りごちてそのまま浴室に入る。
濡れた衣類はすべて洗濯カゴへ入れた。
浴室でシャワーを出して、出てくる冷水が温まるまで待つ。
すると――。
「夏弥さん。制服全部洗濯機に入れていい?」
「ん? ああ。入れていいよ」
折り畳み式の浴室ドア。
そのドアのモザイクガラス越しに、美咲の影がぼやけて映っている。脱衣室に今、彼女はいるらしい。
「悪いな」
「いいよ、別に」
ドア越しに短い会話を交わす。
無論、夏弥は生まれたままの姿だったのだけれど、まだドアを挟んでいるおかげで、恥ずかしくはなかった。まだ。
「じゃあ――――あたしも一緒に入るね」
「ああ、そのほうが……は? ……一緒⁉」
夏弥は慌てて振り返り、ドアの方に目を向ける。
ああなんということ。
モザイクガラスの向こう側で、美咲は今まさに制服を脱いでいるらしかった。
二人の頭や肩口が、降り始めた雨に濡れていく。
その雨を嫌うみたいにして、夏弥と美咲はいつもの帰り道を駆けていく。
アスファルトの路面。水たまり。踏んだ雨水がバシャバシャはじけ飛んでいく。
「夏弥さん、ちょっと早いって」
「え? なに?」
雨音は次第に激しくなっていって、二人の会話の邪魔をしていた。
歩き慣れたはずの道も、注意して歩かなければずるりと滑ってしまいそう。
「ちょっと早いって言ったんだけど?」
「ごめん。でも急がないとさ」
美咲のセリフに反応し、振り返りながら夏弥は立ち止まった。
「あっ、急にとまったりしたら」
それまで引っ張られていた美咲は、当然その勢いのまま進んでしまい――
夏弥の胸へ飛び込む形になってしまったのだった。
「――っ」
雨が降り続ける中で、二人の濡れた身体はぴったりとくっついてしまう。
水分を含んだ制服は身体に張り付きだしていて、美咲の胸や腰のラインをやけに強調しているみたいだった。
「……」
「……」
身体は雨で冷たいはずなのに、お互いに触れてるところだけが熱くて仕方ない。
「ご、ごめん」
「……ううん。別にいいけど」
(なんだかデジャヴっぽいな、この光景)
夏弥は前にも似たような体験をした覚えがあった。
雨の降る中、傘を差して帰る途中。美咲が後方からやってきた車に気付かなくて、自分が彼女を引き寄せたこと。そんなことが、あったような気がしていて。
「……美咲?」
「……」
くっついてしまったまま、美咲は夏弥からすぐには離れない。
黙り込んだまま夏弥のシャツをぎゅうっとつかんでいる所まで、あの時とほとんど同じだった。
けれど、今とあの時とでは、二人の距離感にかなりの差異がある。
今は、心も身体もずっとずっと近くにある。
「夏弥さん……」
「ん? 何?」
美咲はその至近距離のまま顔を少しあげ、夏弥の目を見つめる。
その後、頬をさらに赤くしだして。
「……」
「どうしたんだよ……?」
「今日、秋乃が来るんでしょ……?」
「ああ。何時かはわからないけど、来るって言ってたよ」
「……じゃあ…………もうすぐ、二人きりじゃなくなるってことだよね」
「!」
美咲に制服のシャツをつかまれたまま。目を見つめられたまま。
そんな、しっとりとした切り口の言葉を告げられる。
「っ……。……そうだね。二人きりじゃ……なくなる」
また少しの沈黙があってから、美咲は伏し目がちに言う。
「こんな風に、くっつくことも……。今日はもう、できなくなるってことでしょ……」
「…………うん」
美咲の語気が尻すぼみになっていく。
夏弥は目の前の美咲が、あまりにもいじらしく思えてたまらなかった。
(もう……。外でもデレるなんて俺は聞いてない……)
「……い、家に帰ったら、充電させてほしいんだけど……」
「……!」
充電という単語で、二人は何かを察し合ったらしい。
無論、充電切れを起こしてる美咲のスマホのことではなくて。
「…………わかった。秋乃が来るまで……充電する?」
「……する」
夏弥は別に、恋愛達者なイケメン君でも、読心術が得意なメンタリストでもない。なので、女の子の気持ちが寸分の狂いなくわかるわけではなかったのだけれど。
それでもこの場に限って言えば、彼女である美咲の言いたいことは痛いほど伝わってきていた。
「とにかく……家に帰ろう」
「うん……」
口調は落ち着いていた。
それでも、二人の心臓は速まって速まって仕方ない。
目を合わせることもできない恥じらいが、夏弥と美咲に訪れる。
「かっ、風邪でもひいたら大変だ」
「……」
もう一度、手を繋いで歩きだす。
夏弥はあまり美咲の方を見ないようにしていた。
なぜなら、濡れたことで彼女のブラウスが透け始めていたからだ。
その下に着用していたコバルトブルーのかわいいブラジャーは、夏弥の目に毒だった。充電なんてお誘いの文句がなくたって、美咲は十分セクシャルな魅力に溢れている。
「夏弥さん……」
「ん? どうしたんだよ」
「なんでこっち見ないの?」
「……」
横を歩く美咲は、夏弥が自分を見ないその理由がわかっていながら、そんなことを尋ねていた。
「……あのな、そういう質問は、いじわるだと思うんだ」
「ふふっ。ま、まぁ? 家に帰ったらいくらでも見れるしね」
「~~っ! ……それもそうだ。じゃあ、いくらでも見ていいんだな? 見まくっていいんだな?」
「夏弥さんが……見たいっていうなら、考えてあげなくもなくもなくもないって感じ」
「ぷふっ。もうどっちだよ、それ……」
静かにテンパっている美咲を見て、夏弥はついつい噴き出してしまった。
それから、二人は急いでアパートへと向かったのだった。
◇
鈴川家のアパート201号室に着く。
玄関に入るなり、夏弥は美咲の冷えた身体を心配した。
「美咲、すぐにお風呂入っちゃったほうがいいぞ。マジで風邪ひいたらシャレにならんし」
「うん。そうかも……」
夏場の暑さから、急な秋の気温低下。
体調不良を起こさないほうが珍しいかもと思えるくらい、この日の雨は冷たかった。
「あ……」
濡れた制服のまま脱衣室へ向かった美咲は、その場で立ち止まって振り返る。
何かを思い出した。いや、何かを思いついたような。そんな「あ」だった。
「やっぱり夏弥さん、先に入っていいよ」
「ん? そう……?」
「夏弥さんのほうが濡れ方エグいでしょ」
「いや、でも……」
夏弥は廊下からキッチンスペースへ差し掛かる辺りで立ち止まっていた。その彼に、美咲がグイッと距離を詰めてくる。
「ほら」
美咲はそう言って、夏弥の着ていたワイシャツの裾をぎゅっと握り込んで、ひどく濡れているのを確認してみる。
「……美咲も大概びしょびしょだけどな」
「あたしはいいから、早く入りなよ」
「……それじゃあお言葉に甘えて」
夏弥は促されるまま、脱衣室へと入っていった。
珍しいこともあるな、と思った。
普段の流れでいえば、いつも美咲が先に入浴している。
別にそれは二人で「順番はこうしよう」などとルールを設けているわけではなくて。何気なく過ごしていく日々の中で、夏弥と美咲のあいだに発生していた暗黙のルール。ルーティンだった。
「……ううっ。マジで冷え込むな」
衣服を脱ぎつつ、夏弥は独りごちてそのまま浴室に入る。
濡れた衣類はすべて洗濯カゴへ入れた。
浴室でシャワーを出して、出てくる冷水が温まるまで待つ。
すると――。
「夏弥さん。制服全部洗濯機に入れていい?」
「ん? ああ。入れていいよ」
折り畳み式の浴室ドア。
そのドアのモザイクガラス越しに、美咲の影がぼやけて映っている。脱衣室に今、彼女はいるらしい。
「悪いな」
「いいよ、別に」
ドア越しに短い会話を交わす。
無論、夏弥は生まれたままの姿だったのだけれど、まだドアを挟んでいるおかげで、恥ずかしくはなかった。まだ。
「じゃあ――――あたしも一緒に入るね」
「ああ、そのほうが……は? ……一緒⁉」
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