13 / 19
13 大人として下す決断
しおりを挟む
すべてを承知の上で、幸せになる。
父のその言葉は私の心に重く圧し掛かっていた。
彼と過ごす間、結婚に際して思いを巡らせている間は、私は幸せに包まれる。
でも、ふとした瞬間に思い出すのだ。
そして、もし……と、考えてしまう。
もし私たちがもっと信頼関係を築いていて、私に窘める勇気があって、あの子がクライヴ伯爵の求婚を断っていたら、最悪の事態は防げたのではないだろうか。
けれどそれは、自分のための無責任な空想でしかない事も、理解していた。
出口のない、どんな答えを望んでいるのかすらわからない、もやもやとした感覚。
それらをすべて抱えて、承知し、築いていくのが人生。頭で理解するのも難しく、心が納得するのも難しい問題だ。
けれど、ひとつだけ確かな事がある。
私はパンジーではなく、パンジーは私ではない。
同じ境遇に身を置いたとしても、はじめから代わる事はできなかった。
そして、すべてはもう、過ぎ去ってしまったのだ。
「……」
書店から出ると、ふいに辺りが騒がしい事に気づいた。
どこかへ向かう人々と、逃げるようにこちらへ向かってくる人々。流れは完全に二分している。
「どうしたの?」
外で待っていた御者に尋ねると、どうやら事故らしいとの事だった。
騒ぎの起きている方角が、父のいる大学や彼のいる研究所のほうだったので、私は不安に足が竦んだ。
次の瞬間。
爆音とともに、遠くで閃光と煙があがった。
「……!」
辺りは騒然となる。
私は御者席に乗り上げ、馬車を出すよう大声で促していた。
火のあがったのは、間違いなく、彼らのいる敷地内のどこかだ。
いつもの通り図書館の前まで辿り着く事はできなかった。
手前の道には既に人だかりができていて、それ以上進めなかったのだ。私は御者とともに馬車を乗り捨て、事態を訪ねて回った。
「いったいなにがあったのですか? 私はラモーナ・スコールズ。理事の娘です」
そのとき御者に呼ばれ振り向くと、ヘールズ所長の姿がそこにあった。
「レディ・ラモーナ!」
「!」
私は駆け寄り、騒ぎのなかで再び同じ質問をした。
ヘールズ所長は汗を拭きつつ声を張り上げた。
「運搬事故があったのです。武器開発の為の試作品や火薬が資料として運ばれてきたのですが、見物で集まった中の馬鹿な学生が煙草を放り捨て、それが火薬に引火したんです。荷台が燃えました」
「そんな……!」
大事故だ。
「今、既に消火活動をしています。奥へ行ってはいけません。レディ・ラモーナ。事故は外で起きました。建物は無傷で、御父上は学内にいるはずですから無傷ですよ。さあ、離れて」
けれど。
もう一度、爆発が起きた。
「!!」
私たちは耳を塞ぎ、それぞれ身を竦めた。
そして恐れ戦いて再び目を開けた時、燃える破片が四方へ飛び散り、それぞれが図書館と研究所の窓をいくつも割るのを目撃した。
「……」
すべて、音が消えたようだった。
先に燃え始めたのは図書館のほうだった。
けれど、研究所の割れた窓の内のひとつは、彼──シオドリック・ダッシュウッド博士の研究室だった。
私は、彼らしき人影と、室内で起こった小さな爆発を見た。
「なんという事だ……!」
ヘールズ所長が悲痛な叫びをあげる。
私は、意識が冴えわたり、代わりに耳の裏で血流が波打つのを聞いた。
「父に愛していると伝えて」
誰にともなく言い残し、私は走り出した。
父のその言葉は私の心に重く圧し掛かっていた。
彼と過ごす間、結婚に際して思いを巡らせている間は、私は幸せに包まれる。
でも、ふとした瞬間に思い出すのだ。
そして、もし……と、考えてしまう。
もし私たちがもっと信頼関係を築いていて、私に窘める勇気があって、あの子がクライヴ伯爵の求婚を断っていたら、最悪の事態は防げたのではないだろうか。
けれどそれは、自分のための無責任な空想でしかない事も、理解していた。
出口のない、どんな答えを望んでいるのかすらわからない、もやもやとした感覚。
それらをすべて抱えて、承知し、築いていくのが人生。頭で理解するのも難しく、心が納得するのも難しい問題だ。
けれど、ひとつだけ確かな事がある。
私はパンジーではなく、パンジーは私ではない。
同じ境遇に身を置いたとしても、はじめから代わる事はできなかった。
そして、すべてはもう、過ぎ去ってしまったのだ。
「……」
書店から出ると、ふいに辺りが騒がしい事に気づいた。
どこかへ向かう人々と、逃げるようにこちらへ向かってくる人々。流れは完全に二分している。
「どうしたの?」
外で待っていた御者に尋ねると、どうやら事故らしいとの事だった。
騒ぎの起きている方角が、父のいる大学や彼のいる研究所のほうだったので、私は不安に足が竦んだ。
次の瞬間。
爆音とともに、遠くで閃光と煙があがった。
「……!」
辺りは騒然となる。
私は御者席に乗り上げ、馬車を出すよう大声で促していた。
火のあがったのは、間違いなく、彼らのいる敷地内のどこかだ。
いつもの通り図書館の前まで辿り着く事はできなかった。
手前の道には既に人だかりができていて、それ以上進めなかったのだ。私は御者とともに馬車を乗り捨て、事態を訪ねて回った。
「いったいなにがあったのですか? 私はラモーナ・スコールズ。理事の娘です」
そのとき御者に呼ばれ振り向くと、ヘールズ所長の姿がそこにあった。
「レディ・ラモーナ!」
「!」
私は駆け寄り、騒ぎのなかで再び同じ質問をした。
ヘールズ所長は汗を拭きつつ声を張り上げた。
「運搬事故があったのです。武器開発の為の試作品や火薬が資料として運ばれてきたのですが、見物で集まった中の馬鹿な学生が煙草を放り捨て、それが火薬に引火したんです。荷台が燃えました」
「そんな……!」
大事故だ。
「今、既に消火活動をしています。奥へ行ってはいけません。レディ・ラモーナ。事故は外で起きました。建物は無傷で、御父上は学内にいるはずですから無傷ですよ。さあ、離れて」
けれど。
もう一度、爆発が起きた。
「!!」
私たちは耳を塞ぎ、それぞれ身を竦めた。
そして恐れ戦いて再び目を開けた時、燃える破片が四方へ飛び散り、それぞれが図書館と研究所の窓をいくつも割るのを目撃した。
「……」
すべて、音が消えたようだった。
先に燃え始めたのは図書館のほうだった。
けれど、研究所の割れた窓の内のひとつは、彼──シオドリック・ダッシュウッド博士の研究室だった。
私は、彼らしき人影と、室内で起こった小さな爆発を見た。
「なんという事だ……!」
ヘールズ所長が悲痛な叫びをあげる。
私は、意識が冴えわたり、代わりに耳の裏で血流が波打つのを聞いた。
「父に愛していると伝えて」
誰にともなく言い残し、私は走り出した。
1,902
あなたにおすすめの小説
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
幼馴染の婚約者を馬鹿にした勘違い女の末路
今川幸乃
恋愛
ローラ・ケレットは幼馴染のクレアとパーティーに参加していた。
すると突然、厄介令嬢として名高いジュリーに絡まれ、ひたすら金持ち自慢をされる。
ローラは黙って堪えていたが、純粋なクレアはついぽろっとジュリーのドレスにケチをつけてしまう。
それを聞いたローラは顔を真っ赤にし、今度はクレアの婚約者を馬鹿にし始める。
そしてジュリー自身は貴公子と名高いアイザックという男と結ばれていると自慢を始めるが、騒ぎを聞きつけたアイザック本人が現れ……
※短い……はず
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
❤️ 賢人 蓮 涼介 ❤️
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
元夫をはじめ私から色々なものを奪う妹が牢獄に行ってから一年が経ちましたので、私が今幸せになっている手紙でも送ろうかしら
つちのこうや
恋愛
牢獄の妹に向けた手紙を書いてみる話です。
すきま時間でお読みいただける長さです!
完璧な妹に全てを奪われた私に微笑んでくれたのは
今川幸乃
恋愛
ファーレン王国の大貴族、エルガルド公爵家には二人の姉妹がいた。
長女セシルは真面目だったが、何をやっても人並ぐらいの出来にしかならなかった。
次女リリーは逆に学問も手習いも容姿も図抜けていた。
リリー、両親、学問の先生などセシルに関わる人たちは皆彼女を「出来損ない」と蔑み、いじめを行う。
そんな時、王太子のクリストフと公爵家の縁談が持ち上がる。
父はリリーを推薦するが、クリストフは「二人に会って判断したい」と言った。
「どうせ会ってもリリーが選ばれる」と思ったセシルだったが、思わぬ方法でクリストフはリリーの本性を見抜くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる