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3 恋の燻り(※モーリス視点)
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「ありがとう。助かるわ」
ほっとしたように彼女の表情が崩れた。
だが、馬車が走り出すと同時に顔を顰める。
いくら彼女が強いからといって、痛みがないわけではない。
それに、いくら強いからといって、シビルは19才の令嬢だ。軍人ではない。
「痛むんだな」
「まあね。まあ……少しすれば、慣れるから」
目を閉じて、深呼吸。
その精神力には感服せざるを得ない。
手紙をくれれば、こちらから出向いたのに。
厳しい冬に辛い旅をさせてしまった。だがいい面もある。彼女は私の管理下に来た。このまま帰さず、目の届く場所に置きさえすれば、もう誰にも傷つけさせずに済むのだ。
忌々しいソーンダイク。
薄情な妹となにを画策したか、すぐに暴いてやる。
逃がすものか。
「んん……」
シビルが呻いた。
気を紛らわせるために歌や詩の暗唱でもしてやりたいが、得意ではない。
結局、兵士と同じ扱いになってしまう。
「部下は、君を〈ニザルデルンの英雄〉と呼んでいる」
「え? そうなの?」
目を閉じたまま、シビルが笑みを浮かべた。
満更ではない様子に、こちらも少し嬉しくなる。
「英雄はあなたでしょう」
「ああ、いずれはね」
「誰が言い出したの?」
「私だ」
瞼を開け、咎めるような上目遣いで睨んでくる。その口元は笑みを刻んだままなので、よしとする。
「……」
同じ表情を返しながら、この強い眼差しに射られた瞬間を、思い出す。
ずっと思い返していた。だが実物の威力は桁違いだった。
ニザルデルンの駐屯地に蛮族が奇襲をかけて来たのは、昼だった。寝込みを襲って来なかった理由は知る由もない。天幕と貯蔵庫が焼かれ、晴れた空に黒煙が立ち昇り、松明と斧と槍と弓矢が怒声と共に押し寄せた。武器庫や火薬庫ではなかった事も、不幸中の幸だった。
まず従軍看護婦たちに動ける兵士をつけて逃がし、蛮族どもを陣地におびき寄せ、火薬庫を爆発させ一網打尽にすべく指示を出していた私は、あと一息というところで跳んできた斧の柄を左眼窩に受け昏倒した。
動ける部下たちは各所で蛮族と戦闘中だった。
黒煙の舞う空が回り、喧噪が歪む。
その時だ。
助け起こす腕が、体の下に捻じ込まれた。
「立って……っ、立ちなさい! モーリス・ヨーク!!」
看護婦のシビル・ラヴィルニーだった。
少し背が高く、精力的に働く彼女は目立ち、人気があった。
逃げろと言いたかったが、すぐには自分の足で立つ事ができず、見事に引き摺られ、細い肩を梃子にして右腕を担がれた。後から聞いた話では、彼女は蛮族との戦闘で負傷した兵士をほかに8人、あの細腕で運んだらしい。
「あなたはこんな所で死ぬわけにはいかないでしょう!? 帰って、お父様を継いで、国軍を統べる大元帥になるのよ! しっかりして!!」
厳しかった。
だが確かに、鼓舞された。
そして、私は……天使だと思ったし、見惚れていた。
見惚れながらなんとか足を動かそうと努め、歩く真似事がやっとできた頃。
追撃の手斧が、シビルの背中に刺さった。
その瞬間に、覚醒した。
「ラヴィルニー!」
やった蛮族の腹を蹴ると、重さに従い斧が落ち、シビルの体も崩れ落ちた。
部下たちが数人駆けつけたので、シビルを衛生兵の元へ運んだ。だが既に手が埋まっていた。私はシビルの服を破り、応急手当を施した。
それから戦場に戻り、予定通り蛮族をおびき寄せると同時に部隊全員を引き上げさせ、火薬庫に手投げ弾を投下するよう指示を出した。
走り去る戦車の中で、私は、彼女を励まし続けた。
時折、虚ろに目を開けてこちらを見ているようではあったが、意識が混濁しているのは承知していた。
その彼女が、今、小生意気にこちらを睨んでいる。
揶揄うように。挑発するように。
そして、安らぐように。
私の手の内に舞い降りた、天使。
彼女の願いを、叶えないでいられようか。
一度諦めた恋は、確かに、燻り続けていたのだ。
だが。
悟られてはならない。
私たちは友人同士。
私は、彼女を裏切りはしない。
ほっとしたように彼女の表情が崩れた。
だが、馬車が走り出すと同時に顔を顰める。
いくら彼女が強いからといって、痛みがないわけではない。
それに、いくら強いからといって、シビルは19才の令嬢だ。軍人ではない。
「痛むんだな」
「まあね。まあ……少しすれば、慣れるから」
目を閉じて、深呼吸。
その精神力には感服せざるを得ない。
手紙をくれれば、こちらから出向いたのに。
厳しい冬に辛い旅をさせてしまった。だがいい面もある。彼女は私の管理下に来た。このまま帰さず、目の届く場所に置きさえすれば、もう誰にも傷つけさせずに済むのだ。
忌々しいソーンダイク。
薄情な妹となにを画策したか、すぐに暴いてやる。
逃がすものか。
「んん……」
シビルが呻いた。
気を紛らわせるために歌や詩の暗唱でもしてやりたいが、得意ではない。
結局、兵士と同じ扱いになってしまう。
「部下は、君を〈ニザルデルンの英雄〉と呼んでいる」
「え? そうなの?」
目を閉じたまま、シビルが笑みを浮かべた。
満更ではない様子に、こちらも少し嬉しくなる。
「英雄はあなたでしょう」
「ああ、いずれはね」
「誰が言い出したの?」
「私だ」
瞼を開け、咎めるような上目遣いで睨んでくる。その口元は笑みを刻んだままなので、よしとする。
「……」
同じ表情を返しながら、この強い眼差しに射られた瞬間を、思い出す。
ずっと思い返していた。だが実物の威力は桁違いだった。
ニザルデルンの駐屯地に蛮族が奇襲をかけて来たのは、昼だった。寝込みを襲って来なかった理由は知る由もない。天幕と貯蔵庫が焼かれ、晴れた空に黒煙が立ち昇り、松明と斧と槍と弓矢が怒声と共に押し寄せた。武器庫や火薬庫ではなかった事も、不幸中の幸だった。
まず従軍看護婦たちに動ける兵士をつけて逃がし、蛮族どもを陣地におびき寄せ、火薬庫を爆発させ一網打尽にすべく指示を出していた私は、あと一息というところで跳んできた斧の柄を左眼窩に受け昏倒した。
動ける部下たちは各所で蛮族と戦闘中だった。
黒煙の舞う空が回り、喧噪が歪む。
その時だ。
助け起こす腕が、体の下に捻じ込まれた。
「立って……っ、立ちなさい! モーリス・ヨーク!!」
看護婦のシビル・ラヴィルニーだった。
少し背が高く、精力的に働く彼女は目立ち、人気があった。
逃げろと言いたかったが、すぐには自分の足で立つ事ができず、見事に引き摺られ、細い肩を梃子にして右腕を担がれた。後から聞いた話では、彼女は蛮族との戦闘で負傷した兵士をほかに8人、あの細腕で運んだらしい。
「あなたはこんな所で死ぬわけにはいかないでしょう!? 帰って、お父様を継いで、国軍を統べる大元帥になるのよ! しっかりして!!」
厳しかった。
だが確かに、鼓舞された。
そして、私は……天使だと思ったし、見惚れていた。
見惚れながらなんとか足を動かそうと努め、歩く真似事がやっとできた頃。
追撃の手斧が、シビルの背中に刺さった。
その瞬間に、覚醒した。
「ラヴィルニー!」
やった蛮族の腹を蹴ると、重さに従い斧が落ち、シビルの体も崩れ落ちた。
部下たちが数人駆けつけたので、シビルを衛生兵の元へ運んだ。だが既に手が埋まっていた。私はシビルの服を破り、応急手当を施した。
それから戦場に戻り、予定通り蛮族をおびき寄せると同時に部隊全員を引き上げさせ、火薬庫に手投げ弾を投下するよう指示を出した。
走り去る戦車の中で、私は、彼女を励まし続けた。
時折、虚ろに目を開けてこちらを見ているようではあったが、意識が混濁しているのは承知していた。
その彼女が、今、小生意気にこちらを睨んでいる。
揶揄うように。挑発するように。
そして、安らぐように。
私の手の内に舞い降りた、天使。
彼女の願いを、叶えないでいられようか。
一度諦めた恋は、確かに、燻り続けていたのだ。
だが。
悟られてはならない。
私たちは友人同士。
私は、彼女を裏切りはしない。
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