妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ

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4 天使に会いたくて

「いやはや、まさに。驚異的な柔らかい関節ですな。肩」

「どうも」


 再会した翌朝、早速モーリスの手配で軍医が往診してくれた。
 上半身裸なので、モーリスは扉の外の死角で壁に張り付いている。その肩をずっと鏡越しに見ていた。


「しかし話を頂き驚きました。実は、私はあなたの亡きお祖父様の弟子というか、助手のひとりだったのです」

「えっ!?」


 軍医であるダルコ医師は、父より一回り上ほどの白髭が微笑ましい人物だ。
 ありえない話ではない。


「では……母の事も?」

「いや。イネスの悲しい出来事があった時は、別の戦地に赴いていて葬儀にすら参列できなかった。だから、あなたが遺志を継いで戦地で活躍されているという事も知らなかったのです。不覚でした」


 母は従軍先で熱病に冒され死んだ。
 ダルコ医師はその事を言っているのだけれど、私が尋ねたのは、単純に母と会った事があるのかどうかという意味だった。 


「遺志というより、遺伝です」


 背中の処置に優しさを感じ取っていたのは、気のせいではなかったのだ。


「あまり話した事がないので」

「では、あなたは……戦場に舞い降りた天使だ」

「……」


 とても返答に困る。
 可愛い髭面でなにを言い出すのか。


「ほらね」

「?」


 廊下で聞き慣れない声がした。
 男にしては高く、女にしては低い、どっちつかずの声。


「うるさい」

「?」


 モーリスが窘めている。
 その口調から、比較的交流のある仲だと推察できる。


「聞いてくださいよレディ・シビル」

「???」


 その声はついに私に話しかけてきた。
 処置を受けながら鏡を凝視するけれど、その姿は映らない。


「閣下ったら行く先々であなたの事を『英雄だ、英雄だ』って言うもんだから、みんな〈ニザルデルンの英雄〉なんて呼び出ぶようになっちゃって、よく知らない奴なんかあなたを男だと思ってるんですよ。この閣下を担いだわけですからまあ誤解されてもしょうがないけど。だから僕、ある時ついに言ってやったんです。『っていうか、天使ですよね』って」

「……」


 誰。


「覚えてますか?」


 いいえ。


「僕もあなたに担がれた兵士のひとりです」

「……」


 男だった。
 しかも、兵士だった。

 嘘……。

 いくら切羽詰まった状況だったからって、あんな声の出そうな顔の兵士なら恐らく少年兵なのだから、担いでいたら記憶に残りそうなものだ。


「ニザルデルンでは婦長補佐を務めました」

「???」


 え?
 なに?

 ちょっと意味がわからない。

 あの使えない無口な婦長補佐……という名の雑用……。
 無能なわりに最年少の看護婦を庇って投石で失神したから、最初に担いで運んだ。


「僕はティエリー・ボージョン。閣下直属の諜報員です」


 ああ、なるほど。

 ……いやいや、納得していいところ?


「今回、君の妹の結婚について実地調査に当たる」


 あ、なるほどなるほど。
 モーリスがそう言うなら、実力は確かなのだろう。


「よろしくお願いします」


 肩越しに振り向いて直に扉を見遣ると、ティエリーらしき童顔で女顔でお調子者にしか見えない顔がにこやかに現れ、モーリスに髪を鷲掴みにされて消えた。


「この顔ですよ! 覚えてくださいね!」

「……」


 なんと答えるべきか迷っていたら、ダルコ医師がぽつんと、


「賑やかですな」


 と、気もそぞろに呟いた。

 大隊長と軍医に同席を許されているのだから、諜報員として優秀なはず。
 私も、ただの無能の婦長補佐だと思っていたのだし。顔も違うし。考えてみれば凄い変装能力だ。

 私は小さく頷いて、それから、はいと声をかけた。


「やったー! 僕の天使とついに素顔で仲良──ガハッ!」

「!?」


 なに!?
 廊下でなにが起きているの!?


「顔は免除した」

「ありがとうございます……ッ、閣下……!」

「……」


 思いがけず、本当に賑やかだ。
 嫌な事も、背中の痛みも、一瞬でも、忘れるくらい。

 私は思わず微笑み、ダルコ医師に肩を叩かれた。


「さあ。これでもう大丈夫」

「──」

 
 そうだ。
 玄人の処置を受けたのだから、痛みが和らいで当然だった。
 見事に欺かれた。ティエリー・ボージョン。本当に油断ならない男。


「……」


 男、よね?


「明朝また参ります。寒く殺風景な街ですが、ゆっくりお休みなさい」

「……ありがとうございます」


 ダルコ医師と微笑みを交わす。
 私はほっとして、ドレスを引き上げた。
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