とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜

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三ヶ月で出来る事を

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 リュミエール商会の看板からは、ついに灯りが消えた。
 
 重厚な木の扉には「営業停止中」の札が掛けられ、人気もなく、ただ風が吹き抜けるだけだった。

 あれから数日。治安局の方でも、関連書類の処理がようやく終わり、形の上では「事件の終結」を迎えた。
 
 だが、セリーヌの胸の奥にある疑念は未だに晴れなかった。

 机の上に積まれた書類の束を見つめる。
 押収品の目録、供述調書、監査局との往復文書。どれを見ても、決定的なものは何ひとつない。

「……やっぱり、気になってるんですね」

 顔を上げると、ドアのそばにアナスタシアが立っていた。

「仕事の確認をしていただけよ」
 
 セリーヌがそう言うと、アナスタシアは小さく肩をすくめて笑った。

  「そう言う割に、ずいぶん難しい顔してましたよ?」

 アナスタシアは部屋に入ってくるなり、机の端に手をついて身を乗り出した。

「気のせいよ。……それより、監査局の方は?」

「順調です!――と言いたいところですけど、正直、退屈ですね!」
 
 彼女は勢いよく報告書の束を机の上に置いた。
 
「商会は完全に閉まってるし、出入りしている人たちもピリピリしてて、誰も口を開いてくれません。おかげで雑務ばっかりですよ!」

「営業停止期間中だもの。動きがないのは当然でしょう」
  
「そうなんですけど……。こう、なんというか、静かすぎて逆に落ち着かないんですよ。そわそわしちゃうというか……」

 セリーヌは視線を机に戻し、短く頷いた。

「……私も同じ意見よ」

 その一言に、アナスタシアの顔がぱっと明るくなる。

「ですよね! やっぱり変ですよね!よーし、じゃあこの三ヶ月、徹底的に調べましょう!」 

「とは言っても……どこから調べたらいいのかしら」

 セリーヌが呟くと、アナスタシアは「うーん」と腕を組み、考える。
 だが、数秒後にはあっけらかんとした声が返ってくる。

「そんなの簡単ですよ! 片っ端から当たってみればいいんです!」
 
「じゃあ、どこからやるのかしら?」

 セリーヌが少し呆れたように尋ねると、アナスタシアはぱっと顔を上げ、目を輝かせた。

「うーん……そうですねぇ……」
 
 腕を組んで考えるふりをしたのも束の間、彼女は勢いよく手を打った。

「――じゃあ、外へ出てみませんか?」

「外?」

「ええ! ずっと詰所にこもってても、何も見えてこないですし!」

 その提案に、セリーヌはわずかに目を細めた。
 彼女が誰かと一緒に外に出ることは、ほとんどなかった。
 用件があっても単独行動を好み、必要以上に人と足並みを揃えることはしなかった。
  
「……あなたらしい提案ね、いいわ。行きましょう」

 セリーヌが椅子から立ち上がると、アナスタシアの顔がぱっと輝いた。

「ほんとですか!? じゃあ、今すぐ行きましょう!」
 
 その無邪気な言葉に、セリーヌの表情がわずかに和らぐ。 
 
 彼女のそういう明るさが、沈んだ空気を少しだけ動かしてくれる。

 机の上の書類をまとめながら、セリーヌはふと窓の外へ目を向けた。 

「……三ヶ月。長いようで、短いわね」

  「だからこそ、有効に使いましょう! それに私、監査官ですから――できるんです、色んな事を!」

 胸を張るアナスタシアに、セリーヌは思わず小さく笑った。

「ありがとう、頼りにしているわ」 

「任せて下さい!リュミエール商会に居候している以上、役に立って見せます!」

 セリーヌは小さく頷く。

 こうして、二人の長い三ヶ月が始まった。
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