とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜

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今回の処遇

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 数日が経った。
 
 あの騒がしい日が、遠い出来事のように思える。
 
 詰所の地下は静まり返り、代わりに治安局の執務室には紙の擦れる音だけが響いていた。

 セリーヌは机の前に立ち、封を切られていない報告書の束を見つめていた。
 それは事件の最終報告書――商会への処分内容が正式に記されたものだ。

「――以上をもちまして、事件の処理は一旦終了となります」
 
 淡々とした声で、グレイ分隊長が読み上げた。
 彼の背後には書記官が二人控えている。

 結論は、驚くほどあっさりしていた。
 
 “リュミエール商会”に下された処分は、三ヶ月の営業停止。
 
 嫌疑とはいえ重罪にしては軽すぎる――そう思ったのは、セリーヌだけではないはずだ。
 
  押収された荷はすでに治安局から監査局へと引き継がれ、調査権限もそちらに移っている。
 
 法に則った手続きではある。
  
 だが、あの尋問で垣間見たものの重さを思えば、あまりに軽い幕引きだった。

 グレイが書類を閉じる音が、部屋の中に乾いて響く。

「……以上が、正式な決定です」

 セリーヌは沈黙のまま頷いた。
 自分の意見を差し挟む余地など、最初からないとわかっていた。

「はい。……とはいえ、今回の件では決定的な証拠が上がりませんでした。治安局としては、これ以上踏み込むことができません。監査局が後を引き継ぐことになります」

「つまり、“白とは言い切れないが、黒とも言わない”ってわけね」

 セリーヌの言葉に、グレイはわずかに沈黙した。
 肯定もせず、否定もせず。

 その曖昧さこそが、今回の幕引きの本質だった。

 法に従えば、こうなるのはわかっている。
 だが、あの尋問で垣間見た内容を思えば、納得できるものではなかった。
 他の誰かが関与していた――そう考えるのが自然だ。
 それでも、決定的な証拠が出なければ、すべては“憶測”として片づけられる。
 結局のところ、あの男の証言は虚偽という扱いになったのだろう。

「押収品の扱いは?」

「昨日のうちに監査局が受領しました。再検分に入っているそうです」

「……そう」

 物申したいことはいくつもあった。
 だが、この場で口を開けば、余計な摩擦を生むだけだ。

 事件の処理が軽い――その一点を指摘したところで、決定が覆ることはない。
 むしろ、治安局全体の面子を傷つけかねない。
 それがわかっているからこそ、何も言わなかった。

 グレイが書類を一枚めくる音が響く。
 
「これは監査局からのご達しではありますが、再発防止のため、監査局から一名を商会に駐在させることが決まりました。非公式の決定ではありますが、アナスタシア・ルーベルが担当になったとの事です」

 グレイは続けて話す。

「彼女には監視と報告の任が与えられていますが、あくまで“駐在員”として扱います。商会の業務を妨げる意図はないとのことです」   

「そうしてもらえると助かります」
 
 セリーヌは書類に署名を入れ、押印を済ませる。

 ――コン、コン。

 扉を叩く軽い音。
 返事をする間もなく、勢いよく扉が開いた。

「という訳で、暫くの間よろしくお願いします!」

 明るい声とともに、アナスタシア・ルーベルが顔を出した。
 監査局の紋章が刻まれた新しい袖章を、これ見よがしに掲げている。

「随分、楽しそうにしているわね」

 セリーヌが眉をわずかに上げて言うと、アナスタシアは胸を張って笑った。

「ええ!当然じゃないですか!!リュミエール商会ですよ!そんな所に堂々と足を踏み入れられるんです! 監査局に入ってよかったと心から思いました!」

「……任務だというの分かっているのかしら?」

「もちろんですとも!」
 
 アナスタシアは力強く頷いた――が、目の輝きは完全に好奇心で満ちていた。 

「それじゃあ、商会に向かおうかしら」

「行きましょう行きましょう!」

 アナスタシアは勢いよく立ち上がり、書類を抱えて扉へ駆け寄った。
 袖章を直しながら振り向くその顔は、完全に遠足前の子どもそのものだった。

「……あなた、ほんとに監査局員なのよね」

 セリーヌが呆れたように言うと、アナスタシアは胸を張って笑う。

「当然です! きっちり仕事しますとも!」

「……そう、頼りにしてるわ」

 半ば諦めたようにそう返して、セリーヌも後を追った。
 
 開かれた扉の向こうから、外のざわめきと日差しが差し込む。

 ――その光の下で、二人はまだ知らなかった。

 次の事件が、すぐそこまで迫っていることを。
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