20 / 25
盟友からの報告
しおりを挟む
夜になって執務室には灯りがひとつだけ残っていた。机の上には報告書の束と、ハルベルト商会から届いた封書。
数日に渡るハルベルト商会の調査で判明したのは、問題となった荷の積出地が、やはり北地区第七倉庫群を経由していたこと。そしてその倉庫の使用許可証には、オックスフォード商会の印章が残っていた事だった。
ここまではアナスタシアとの事前調査もあって想定内だったのだが、その後の報告で、より具体的な手口が明らかになった。
オックスフォードは、鉄を規定数を上回る量で港へ持ち込み、そのうち必要分だけを王立工房へ納めていた。余剰分は帳簿上で「石材」と偽り、別の貨物として処理していたのである。
さらに、工房へ納めていた鉄製品の等級にも齟齬があった。
提出記録では「第二級」以下ばかり――つまり、質の低い鉄を工房に納め、本来の「第一級」品は北港第三倉庫で自前で仕上げていたのである。北港は警備が緩く、監査官の巡回も年に数回。目の届かぬその場所で、高品質の禁制品を量産していたのだろう。
だが、彼らの真の悪意は、その後にあった。
出来上がった禁制品を、わざわざ警備の厳しい南門経由で搬出していた。しかも、積荷の名義はリュミエール商会。
摘発されることを前提にした動き。濡れ衣を着せるために、あえて自ら仕掛けた“見せかけの運搬”だった。
あの日、突然降って湧いた禁制品の嫌疑。
それは偶然ではなく、緻密に構築された罠だったのだ。
セリーヌは書類の端を強く握り唇を結んだ。
今すぐにでも逮捕したい気持ちはあった。路頭に迷わせたあの日の憤りが、冷静さを押しのけて前へ出ようとする。だが、それは出来ない。
ハルベルト商会の報告書――確かに強力な書面だ。これを武器に告発すれば、表向きには筋が通るように見えるだろう。だが、もし万一でも相手が言い逃れをし、書類の不備や口裏合わせで牽制して来たら、ここ数週間の努力が一夜にして水の泡となってしまう。曖昧な結末など、セリーヌは望まなかった。
だからこそ、最善は現行犯で捕らえることだった。動かぬ物証を押さえ、誰が命令し、誰が手を動かしたかをその場で問いただすのが最適であると彼女は感じた。そうすれば言い逃れの余地はない。
しかも、ハルベルト側の報告には、リュミエール商会の謹慎処分が明けてから行動を起こすという話になっている。真偽はどうであれ、前回の件では処分が軽く済んだ分、次に動くなら――彼らはより大胆に出るだろう。
その油断と過信こそ、最大の隙になる。
焦りは禁物だ。相手は巧妙で、仕掛けも周到だ。だが、用意周到に構え、動くべき瞬間に的確に動けば、罠は逆に彼らを縛る縄となる。
セリーヌは書類を机に戻し、窓の外の暗闇を見据えた。
すると、扉の向こうから足音が近づき、軽いノック音が響いた。
「入っていいわよ」
扉が開くと、アナスタシアが目を擦りながら顔を覗かせた。
「セリーヌさん、こんな夜遅くまで何なさってるんですか?」
「例のハルベルト商会の調査報告を読んでいたところよ」
その一言で、アナスタシアの眠気は一瞬にして吹き飛んだようだった。
「ちょっと、セリーヌさん!? 何でそれを私に教えてくれなかったんですか。私、かなり気になっていたんですよ!」
「そうだったわね……貴女がぐっすり眠っているのだから、起こさないでいたの」
「ぐっすりって……私だって監査局の方でいろいろ動いてたんです!」
そう言って彼女は腕を組み、わずかにむくれた。
彼女もここ数日、監査局で立て込んでいたらしい。北地区の警備体制の見直しが本格的に始まり、監査官の再配置や新しい巡回経路の整備が進められているという。
北側はもともと人員が少なく、倉庫の多くが実質的に放任状態だった。今回の件を受け、局内では「目の届かぬ場所を無くす」という方針が掲げられ、急ごしらえの対応が続いているらしい。
しかしながら、局内の大型政策もあってか、施行は翌年の夏以降になるとの事だった。
そんなこんなでアナスタシアはその実務に追われ、連日、報告と調整の間を走り回っていた。
セリーヌは頷く。
警備の見直しは好機だった。翌年とはいえ、北地区への監査強化が行われるのなら、オックスフォードのような妨害工作を行う商会に対する牽制にもなる。しかも、それは公式な職務として行えるので、合法的に彼らの出入りを監視できるということだ。
「それで、どうなったんですか? その調査結果は?」
セリーヌはゆっくりと息を吐き、机上の一枚を指で押し出した。薄くまとめられた表である。
「やっぱり、事の発端はオックスフォード商会だったみたい」
アナスタシアは目を見開き、紙を手に取った。
「なるほどですねー……こんなカラクリがあったとは」
アナスタシアは軽く唇を噛み、報告書を机に戻した。
「これ、監査局で預かっても良いですか?」
「ええ、構わないけれど……そんなに早急に動かれても困るわ」
「分かってますって! 三ヶ月後でしょう? それまでに、こっちでも駆け回っておきますから!」
アナスタシアは胸を張って笑った。
「そう、それなら良いんだけど……」
セリーヌは頷き、机の上の書類を整えた。
ランプの灯が静かに揺れ、ふたりの影が壁に重なる。
「三ヶ月。長いようで、きっとあっという間ね」
「はい!お互いに頑張りましょう」
アナスタシアが出ていったのを確認したセリーヌは窓辺に立ち、暗い街を見下ろした。
夜気が冷たく、窓の外には街灯の光がぼんやりと滲んでいた。建物の屋根が並ぶ静かな通り。その奥に、北地区の倉庫群が黒い影となって沈んでいる。
セリーヌは灯を落とし、深く息を吐く。
静寂の中で、胸の奥に残る焦りを押し込める。準備は整いつつある。あとは、時を待つだけだった。
数日に渡るハルベルト商会の調査で判明したのは、問題となった荷の積出地が、やはり北地区第七倉庫群を経由していたこと。そしてその倉庫の使用許可証には、オックスフォード商会の印章が残っていた事だった。
ここまではアナスタシアとの事前調査もあって想定内だったのだが、その後の報告で、より具体的な手口が明らかになった。
オックスフォードは、鉄を規定数を上回る量で港へ持ち込み、そのうち必要分だけを王立工房へ納めていた。余剰分は帳簿上で「石材」と偽り、別の貨物として処理していたのである。
さらに、工房へ納めていた鉄製品の等級にも齟齬があった。
提出記録では「第二級」以下ばかり――つまり、質の低い鉄を工房に納め、本来の「第一級」品は北港第三倉庫で自前で仕上げていたのである。北港は警備が緩く、監査官の巡回も年に数回。目の届かぬその場所で、高品質の禁制品を量産していたのだろう。
だが、彼らの真の悪意は、その後にあった。
出来上がった禁制品を、わざわざ警備の厳しい南門経由で搬出していた。しかも、積荷の名義はリュミエール商会。
摘発されることを前提にした動き。濡れ衣を着せるために、あえて自ら仕掛けた“見せかけの運搬”だった。
あの日、突然降って湧いた禁制品の嫌疑。
それは偶然ではなく、緻密に構築された罠だったのだ。
セリーヌは書類の端を強く握り唇を結んだ。
今すぐにでも逮捕したい気持ちはあった。路頭に迷わせたあの日の憤りが、冷静さを押しのけて前へ出ようとする。だが、それは出来ない。
ハルベルト商会の報告書――確かに強力な書面だ。これを武器に告発すれば、表向きには筋が通るように見えるだろう。だが、もし万一でも相手が言い逃れをし、書類の不備や口裏合わせで牽制して来たら、ここ数週間の努力が一夜にして水の泡となってしまう。曖昧な結末など、セリーヌは望まなかった。
だからこそ、最善は現行犯で捕らえることだった。動かぬ物証を押さえ、誰が命令し、誰が手を動かしたかをその場で問いただすのが最適であると彼女は感じた。そうすれば言い逃れの余地はない。
しかも、ハルベルト側の報告には、リュミエール商会の謹慎処分が明けてから行動を起こすという話になっている。真偽はどうであれ、前回の件では処分が軽く済んだ分、次に動くなら――彼らはより大胆に出るだろう。
その油断と過信こそ、最大の隙になる。
焦りは禁物だ。相手は巧妙で、仕掛けも周到だ。だが、用意周到に構え、動くべき瞬間に的確に動けば、罠は逆に彼らを縛る縄となる。
セリーヌは書類を机に戻し、窓の外の暗闇を見据えた。
すると、扉の向こうから足音が近づき、軽いノック音が響いた。
「入っていいわよ」
扉が開くと、アナスタシアが目を擦りながら顔を覗かせた。
「セリーヌさん、こんな夜遅くまで何なさってるんですか?」
「例のハルベルト商会の調査報告を読んでいたところよ」
その一言で、アナスタシアの眠気は一瞬にして吹き飛んだようだった。
「ちょっと、セリーヌさん!? 何でそれを私に教えてくれなかったんですか。私、かなり気になっていたんですよ!」
「そうだったわね……貴女がぐっすり眠っているのだから、起こさないでいたの」
「ぐっすりって……私だって監査局の方でいろいろ動いてたんです!」
そう言って彼女は腕を組み、わずかにむくれた。
彼女もここ数日、監査局で立て込んでいたらしい。北地区の警備体制の見直しが本格的に始まり、監査官の再配置や新しい巡回経路の整備が進められているという。
北側はもともと人員が少なく、倉庫の多くが実質的に放任状態だった。今回の件を受け、局内では「目の届かぬ場所を無くす」という方針が掲げられ、急ごしらえの対応が続いているらしい。
しかしながら、局内の大型政策もあってか、施行は翌年の夏以降になるとの事だった。
そんなこんなでアナスタシアはその実務に追われ、連日、報告と調整の間を走り回っていた。
セリーヌは頷く。
警備の見直しは好機だった。翌年とはいえ、北地区への監査強化が行われるのなら、オックスフォードのような妨害工作を行う商会に対する牽制にもなる。しかも、それは公式な職務として行えるので、合法的に彼らの出入りを監視できるということだ。
「それで、どうなったんですか? その調査結果は?」
セリーヌはゆっくりと息を吐き、机上の一枚を指で押し出した。薄くまとめられた表である。
「やっぱり、事の発端はオックスフォード商会だったみたい」
アナスタシアは目を見開き、紙を手に取った。
「なるほどですねー……こんなカラクリがあったとは」
アナスタシアは軽く唇を噛み、報告書を机に戻した。
「これ、監査局で預かっても良いですか?」
「ええ、構わないけれど……そんなに早急に動かれても困るわ」
「分かってますって! 三ヶ月後でしょう? それまでに、こっちでも駆け回っておきますから!」
アナスタシアは胸を張って笑った。
「そう、それなら良いんだけど……」
セリーヌは頷き、机の上の書類を整えた。
ランプの灯が静かに揺れ、ふたりの影が壁に重なる。
「三ヶ月。長いようで、きっとあっという間ね」
「はい!お互いに頑張りましょう」
アナスタシアが出ていったのを確認したセリーヌは窓辺に立ち、暗い街を見下ろした。
夜気が冷たく、窓の外には街灯の光がぼんやりと滲んでいた。建物の屋根が並ぶ静かな通り。その奥に、北地区の倉庫群が黒い影となって沈んでいる。
セリーヌは灯を落とし、深く息を吐く。
静寂の中で、胸の奥に残る焦りを押し込める。準備は整いつつある。あとは、時を待つだけだった。
92
あなたにおすすめの小説
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
〖完結〗お飾り王妃は追放されて国を創る~最強聖女を追放したバカ王~
藍川みいな
恋愛
「セリシア、お前はこの国の王妃に相応しくない。この国から追放する!」
王妃として聖女として国を守って来たセリシアを、ジオン王はいきなり追放し、聖女でもない侯爵令嬢のモニカを王妃にした。
この大陸では聖女の力が全てで、聖女協会が国の順位を決めていた。何十年も一位だったスベマナ王国は、優秀な聖女を失い破滅する。
設定ゆるゆるの架空のお話です。
本編17話で完結になります。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?
ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」
王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。
そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。
周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。
「理由は……何でしょうか?」
私は静かに問う。
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
八雲
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる