とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜

文字の大きさ
19 / 25

彼らの慢心

しおりを挟む
 新設されたオックスフォード商会の執務室は、半年も経たぬうちに王国でも指折りの商家のような風格を備えていた。

 白い壁、黒檀の机、余裕を誇示する広すぎる空間。
 
 そしてその中心に、監査局から届いた一通の封書が置かれていた。

「――決まったそうよ。リュミエール商会、営業停止三ヶ月」

 リリア・バートンが書類を差し出す。
 薄い笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には隠しきれぬ優越感があった。

 アルフレッドは文面を読む。

 “武器の密輸の疑いにより、一部業務の停止を命ずる”

「……実に見事だ。これで完全に詰んだな」

 リリアは満足げに頷いた。
 窓辺の陽光を受けて、彼女の金の髪がきらりと光る。

「兄さまもそう言ってたわ。あの商会、もう立ち直れないって」

「当然だ。『武器の密輸』なんて嫌疑がかかれば、誰も取引を続けようとはしない。治安局も、監査局も、あの娘を庇う理由などない」

 アルフレッドは封書を机に放り、ワイングラスを手に取った。

「結局のところ、噂さえあれば、真実などどうでもいい。 証拠なんてなくても、人なんてのは信じるより疑う方が得意だからな」

「あなたって、本当に冷たい人ね」
 
 リリアは楽しげに言う。
 
「でも、そういうところが好きよ。情けをかける人間ほど、最終的に損をするもの」

「セリーヌ・リュミエールがその典型だな」

  アルフレッドは鼻で笑った。
 
「正義だの誠実だの、そんな綺麗事で商売ができると思っていた。現実も見ずに、理想だけ掲げて――まったく、滑稽にもほどがある」

「ほんとうに。貴族相手に“誠実さ”で売ろうなんて、滑稽よね」

「ふっ、笑える話だな。商売が何たるかを理解できない時点で、あの女の負けだ」
 
 アルフレッドが言い終えると、部屋に一瞬だけ静まりかえる。
 
 暖炉の火がぱち、と小さく弾ける音だけが響く。

 リリアはグラスの縁を指先でなぞりながら、ゆるく笑った。
 
「ねぇ、アルフレッド。次はどうするのかしら?」

 アルフレッドはワインを一口含み、ゆっくりと視線を返した。 
 
「もう一度、仕掛けを掛ける。今回は“偶然”では済まさない位にはな」 

「そう……全てはあの鉱山の事業凍結の仕返しのために、ね」
 
 リリアが囁くように言った。

 アルフレッドが瞳をら細め、唇の端がわずかに歪む。

「忘れたとは言わせん。あの時、俺たちが投じた資金はいくらだった?」

「三万ルクス。――全て無駄になったわね」
 
「そうだ。セリーヌ・リュミエールが“安全基準”だの“倫理”だのと抜かして、契約を破棄したせいでな」
  
 アルフレッドは鼻で笑う。

「まったく……あのとき奴の“持参金”がなければ、オックスフォード商会も立ち上がれなかっただろうな。まさに天の恵みってやつだ。自分の金で、俺たちの礎を築いてくれたんだからな」

 リリアはくすくすと笑い声を漏らす。
 
「ふふ……皮肉な話ね。彼女が“誠実な取引”のために貯めていた資金が、今こうして私達の商会を支えているなんて」

「利用できるものは利用する。それが商人ってもんだ」
 
 アルフレッドは肩をすくめ、無造作に言い放つ。

「そういえば、アレスはどうしているんだ?」

「兄さまは、次の準備をしているわ。例の“アレ”よ」

「ほう……あいつのことだ、抜け目はないな」
  
「ええ、今回は一台の馬車だけしか工作はしなかったけど、次はもっとみたい」
 
 リリアが愉快そうに言い終えたそのとき、重厚な扉が音を立てて開いた。

 入ってきたのはアレス・バートンだった。

 真昼の陽射しに焼けた空気を背負い、淡い麻のシャツの袖を無造作にまくり上げた姿。外回り帰りなのか、襟元にはうっすらと汗がにじんでいた。

「ずいぶんと涼しい顔をしているな、二人とも。こっちは汗を流して仕込みに走っていたというのに」
 
「――あら、何を言っているのかしら? 今回の件で一番の旨みがあるのは、あなたでしょう?」

 リリアの挑発めいた声に、アレスは目を細めた。

「旨み、ね。……確かに否定はしない。だがな、妹よ」

 アレスは軽く手袋を外し、机の上に置いた。

「俺が動かなければ、そもそもこの話は始まりもしなかった。お前たちが紅茶を飲んで笑っていられるのも、俺が裏で汗を流しているからだ」

 リリアがすぐに肩をすくめる。
 
「もちろん、兄さまよ。――けれど、その分きっちり結果を見せてもらわないとね」

「褒め言葉として受け取っておこう」
 
 アレスの声は軽いが、その眼差しには冷たい光が宿っていた。
 
「――だが、次はもう少し“派手”にいく。今度こそ、リュミエールを完全に地に落とす」

 リリアは楽しげに頬杖をつき、唇を歪めた。
 
「ふふ……そうでなくちゃ、兄さまらしくないわ」

 三人の間に流れるのは満足にも似た沈黙。
 彼らにとって、正義よりも結果のほうがよほど甘い報酬なのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

〖完結〗お飾り王妃は追放されて国を創る~最強聖女を追放したバカ王~

藍川みいな
恋愛
「セリシア、お前はこの国の王妃に相応しくない。この国から追放する!」 王妃として聖女として国を守って来たセリシアを、ジオン王はいきなり追放し、聖女でもない侯爵令嬢のモニカを王妃にした。 この大陸では聖女の力が全てで、聖女協会が国の順位を決めていた。何十年も一位だったスベマナ王国は、優秀な聖女を失い破滅する。 設定ゆるゆるの架空のお話です。 本編17話で完結になります。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」  王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。  そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。  周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。 「理由は……何でしょうか?」  私は静かに問う。

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

処理中です...