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第二部第四章 クーデターイベント(当日)
セッション54 戦法
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冥王ヘル。
悪神ロキの娘。北欧神話における冥界ヘルヘイムの主。北欧神話において死者は、勇敢なる戦士はヴァルハラに辿り着き、病気や寿命で死んだ者はヘルヘイムに流れ着く。ヘルヘイムは氷の国と同一視され、極寒の地とされている。
◇
天空議事堂エントランスホールにて。
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」
三護が片膝を地面に着け、荒く呼吸をしていた。
三護の前には冒険者達が立っていた。いずれも音に聞こえた、三護に勝るとも劣らないランクの持ち主達だ。彼らは魔法使いの三護が安心して詠唱出来るよう壁役を演じていた。だが、
「ワンワン! バウバウバウ!」
ガルムが爪牙を突き立てて猛進する。その度に冒険者達は紙屑を裂く様に蹴散らされ、三護への道を空けてしまう。
「くっ……『初級疾風魔術』!」
折った膝を無理矢理動かして三護が後方に跳ぶ。と同時に風刃を掌からガルムに向けて射出した。ガルムの顔面を狙った風刃はしかし、ガルムの左腕に掻き消された。大したダメージも受けないままガルムは右腕を突き出す。掌底――というより爪が三護の胴体を突き、三護の身体が床面にバウンドした。
「三護!」
「藍兎さん、前!」
三護に思わず目が行ってしまった僕をステファが警告する。彼女の言葉に従って前を見れば、ハクが大口を開けていた。喉奥から何かが競り上がってくる。それを見た途端、本能が「逃げろ」と叫んだ。
咄嗟に『有翼』で急上昇する。直後、ハクが紫色の液体を吐き出した。滝の如き勢いで噴射された液体は先程まで僕が立っていた場所を通過し、その後ろにいた兵士を呑み込んだ。兵士は悲鳴を上げる間もなく、息絶えた。
毒液だ。しかも、即死する程に強力な毒素だ。あれを受けていたら死んでいたのは自分だっただろうと思い、背筋がゾッとする。
「SHa――!」
そんな寒気を感じる暇すらもハクは与えない。巨大化している彼女は易々と僕を間合いに捉え、掌底で僕を引っ叩いた。僕の身体が玩具の様に床面に激突する。体中から感じる激痛に一瞬呼吸が止まり、その後に身悶えした。
「がっ……あぁ……!」
「藍兎さん!」
「あら、私を忘れないで欲しいわね」
僕に注意を奪われたステファにヘルが嘲笑を向ける。ガルムの守護により彼には誰も近付けていなかった。故に彼には上級魔術を詠唱する時間が充分にあった。
「凍れる灰色の炎。極地からの光。解放せよ。報復せよ。徴は我が胸に。遣いには白蛆を。其は劫火より生まれながら反転せし者。大陸を閉ざしたかつての如く、熱ある者共を氷棺に封ぜよ――『上級氷結魔術』!」
極寒の吹雪がホールに吹き荒れる。あまりの強風に前進する事は叶わず、冒険者達はその身で吹雪を受けた。冷気は魔術への抵抗力が低い者を氷漬けにし、氷漬けを免れた者も氷の刃で抉られる。床から身を起こしたばかりの僕も氷で包まれた。
「クソ、『着火』!」
自らを火に包み、氷を溶かす。
先程からずっとこんな有様だ。ガルムに邪魔されて三護は高位の魔術を使えず、ハクにはその巨体と毒液のせいで迂闊に近付けない。そうして僕達がまごついている所をヘルが上級魔術で一掃する。敵のこの戦法からどうしても抜け出せない。
「ステファ! 無事か!?」
「はい、どうにか! ……でも」
ステファが咄嗟に展開した『亀甲一片』によって彼女の盾に守られた者は助かった。だが、盾に後ろに入るのが間に合わなかった者はダメージを避けられなかった。凍り付くか、氷刃で裂かれたかだ。
ここまでの戦いで、もう二十人以上もの仲間が討ち倒されていた。残りは僕達を含めても十人もいない。
圧倒的な戦力差。僕達のパーティーから死人が出ていないのは、完全に運が良かっただけだ。しかし、その幸運もいつまで続くか。
「そろそろとどめを刺そうかしら。こっちとしてもパパと合流したい所だしね。パパが誰かに負けるとは思わないけど、あの『東国最強の生物』と二人きり、となると不安は否めないのよね」
降り注いだ声に顔を上げる。気付けば、ヘルとガルムがハクの傍に立っていた。何故そんな所に移動しているのか。
「だから、一撃で沈めてあげる。ヨルムンガンド!」
ヨルムンガンドと呼ばれたハクが首を仰け反らせる。口を大きく開きながら首を戻した時には、口腔内に膨大量の魔力が溜まっていた。
あの動き、あの魔力の集まり方は見覚えがある。あれは先日、秩父山地の竜が使ってみせた――
「まさか……ハクも竜の吐息も使えるのか!?」
不味い。ただでさえ苦戦しているというのに、ここで大技を来るのは不味い。直撃を受ければ全滅しかねない。
「ステファ! もう一度『亀甲一片』を!」
「はい! 皆さん、私の後ろに!」
『亀甲一片』の結界なら完璧でなくとも凌ぐ事は出来る筈だ。吐息を防ぐには彼女の盾しかない。そう考えている僕達にヘルは嘲笑を深めた。
「ふふ、馬鹿ね。その防御術はもう何度も見せて貰ったっていうのに。ヨルムンガンド!」
ハクが魔力を口腔内に留めたまま毒液を吐き出す。毒液は魔力と混ざり合い、毒々しい紫色を見せた。
何つー発想しやがんだ、あいつ。あれが吐息として放たれれば、直接的なダメージは避けられても猛毒で死んでしまう。ステファの結界は物理的な威力しか防げないのだ。
「これでその結界も無意味と化したわね。さあ、撃ちなさい! ――『紫竜の吐息』!」
ハクが吐息を放つ。迫る紫色に僕達は為す術がなかった。破壊と猛毒を伴った魔力の奔流がホールを貫き、その先にあった一棟をも粉砕した。壁も天井も瓦礫と化して吹き飛ぶ中、毒液が滴る。
ホールが死の沈黙に包まれた。
悪神ロキの娘。北欧神話における冥界ヘルヘイムの主。北欧神話において死者は、勇敢なる戦士はヴァルハラに辿り着き、病気や寿命で死んだ者はヘルヘイムに流れ着く。ヘルヘイムは氷の国と同一視され、極寒の地とされている。
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天空議事堂エントランスホールにて。
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」
三護が片膝を地面に着け、荒く呼吸をしていた。
三護の前には冒険者達が立っていた。いずれも音に聞こえた、三護に勝るとも劣らないランクの持ち主達だ。彼らは魔法使いの三護が安心して詠唱出来るよう壁役を演じていた。だが、
「ワンワン! バウバウバウ!」
ガルムが爪牙を突き立てて猛進する。その度に冒険者達は紙屑を裂く様に蹴散らされ、三護への道を空けてしまう。
「くっ……『初級疾風魔術』!」
折った膝を無理矢理動かして三護が後方に跳ぶ。と同時に風刃を掌からガルムに向けて射出した。ガルムの顔面を狙った風刃はしかし、ガルムの左腕に掻き消された。大したダメージも受けないままガルムは右腕を突き出す。掌底――というより爪が三護の胴体を突き、三護の身体が床面にバウンドした。
「三護!」
「藍兎さん、前!」
三護に思わず目が行ってしまった僕をステファが警告する。彼女の言葉に従って前を見れば、ハクが大口を開けていた。喉奥から何かが競り上がってくる。それを見た途端、本能が「逃げろ」と叫んだ。
咄嗟に『有翼』で急上昇する。直後、ハクが紫色の液体を吐き出した。滝の如き勢いで噴射された液体は先程まで僕が立っていた場所を通過し、その後ろにいた兵士を呑み込んだ。兵士は悲鳴を上げる間もなく、息絶えた。
毒液だ。しかも、即死する程に強力な毒素だ。あれを受けていたら死んでいたのは自分だっただろうと思い、背筋がゾッとする。
「SHa――!」
そんな寒気を感じる暇すらもハクは与えない。巨大化している彼女は易々と僕を間合いに捉え、掌底で僕を引っ叩いた。僕の身体が玩具の様に床面に激突する。体中から感じる激痛に一瞬呼吸が止まり、その後に身悶えした。
「がっ……あぁ……!」
「藍兎さん!」
「あら、私を忘れないで欲しいわね」
僕に注意を奪われたステファにヘルが嘲笑を向ける。ガルムの守護により彼には誰も近付けていなかった。故に彼には上級魔術を詠唱する時間が充分にあった。
「凍れる灰色の炎。極地からの光。解放せよ。報復せよ。徴は我が胸に。遣いには白蛆を。其は劫火より生まれながら反転せし者。大陸を閉ざしたかつての如く、熱ある者共を氷棺に封ぜよ――『上級氷結魔術』!」
極寒の吹雪がホールに吹き荒れる。あまりの強風に前進する事は叶わず、冒険者達はその身で吹雪を受けた。冷気は魔術への抵抗力が低い者を氷漬けにし、氷漬けを免れた者も氷の刃で抉られる。床から身を起こしたばかりの僕も氷で包まれた。
「クソ、『着火』!」
自らを火に包み、氷を溶かす。
先程からずっとこんな有様だ。ガルムに邪魔されて三護は高位の魔術を使えず、ハクにはその巨体と毒液のせいで迂闊に近付けない。そうして僕達がまごついている所をヘルが上級魔術で一掃する。敵のこの戦法からどうしても抜け出せない。
「ステファ! 無事か!?」
「はい、どうにか! ……でも」
ステファが咄嗟に展開した『亀甲一片』によって彼女の盾に守られた者は助かった。だが、盾に後ろに入るのが間に合わなかった者はダメージを避けられなかった。凍り付くか、氷刃で裂かれたかだ。
ここまでの戦いで、もう二十人以上もの仲間が討ち倒されていた。残りは僕達を含めても十人もいない。
圧倒的な戦力差。僕達のパーティーから死人が出ていないのは、完全に運が良かっただけだ。しかし、その幸運もいつまで続くか。
「そろそろとどめを刺そうかしら。こっちとしてもパパと合流したい所だしね。パパが誰かに負けるとは思わないけど、あの『東国最強の生物』と二人きり、となると不安は否めないのよね」
降り注いだ声に顔を上げる。気付けば、ヘルとガルムがハクの傍に立っていた。何故そんな所に移動しているのか。
「だから、一撃で沈めてあげる。ヨルムンガンド!」
ヨルムンガンドと呼ばれたハクが首を仰け反らせる。口を大きく開きながら首を戻した時には、口腔内に膨大量の魔力が溜まっていた。
あの動き、あの魔力の集まり方は見覚えがある。あれは先日、秩父山地の竜が使ってみせた――
「まさか……ハクも竜の吐息も使えるのか!?」
不味い。ただでさえ苦戦しているというのに、ここで大技を来るのは不味い。直撃を受ければ全滅しかねない。
「ステファ! もう一度『亀甲一片』を!」
「はい! 皆さん、私の後ろに!」
『亀甲一片』の結界なら完璧でなくとも凌ぐ事は出来る筈だ。吐息を防ぐには彼女の盾しかない。そう考えている僕達にヘルは嘲笑を深めた。
「ふふ、馬鹿ね。その防御術はもう何度も見せて貰ったっていうのに。ヨルムンガンド!」
ハクが魔力を口腔内に留めたまま毒液を吐き出す。毒液は魔力と混ざり合い、毒々しい紫色を見せた。
何つー発想しやがんだ、あいつ。あれが吐息として放たれれば、直接的なダメージは避けられても猛毒で死んでしまう。ステファの結界は物理的な威力しか防げないのだ。
「これでその結界も無意味と化したわね。さあ、撃ちなさい! ――『紫竜の吐息』!」
ハクが吐息を放つ。迫る紫色に僕達は為す術がなかった。破壊と猛毒を伴った魔力の奔流がホールを貫き、その先にあった一棟をも粉砕した。壁も天井も瓦礫と化して吹き飛ぶ中、毒液が滴る。
ホールが死の沈黙に包まれた。
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