旧支配者のカプリチオ ~日本×1000年後×異世界化×TS×クトゥルフ神話~

ナイカナ・S・ガシャンナ

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第二部第四章 クーデターイベント(当日)

セッション55 羽化

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 蛇王ヨルムンガンド。
 悪神ロキの息子。海原を一周して、なお自分の尾を嚙める程に長大な肉体を持つ。毒蛇であり、吐いた毒液は神をも殺すとされる。





 気が付いたらどこかの部屋の中にいた。

「うっ……!」

 頬や前身に硬いものを感じる。少し時間を要してから、床だと判明した。うつ伏せになって倒れていたのだ。
 窓外の景色から察するに、どうやらここは二階の様だ。何故二階にいるのか……と疑問に思い、『有翼』で飛んできたのだろうと推察した。僕の背中に翼が出しっ放しだ。恐らくはハクの吐息ブレスから逃れる為に咄嗟に飛翔し、そのまま勢い余って二階に突っ込んで、どこかの一室に入り込んだのだろう。近くの壁に人一人通れる程度の穴が空いている。

「痛っつ……」

 全身から激痛を感じる。眉間に力が入るものの、どうにか身を起こす。
 ステファや三護はどうなったのだろうか。他の冒険者や傭兵達は無事だろうか。生きていると信じたいが、あの『紫竜の吐息パープルドラゴンブレス』を前に気休めは口に出来ない。

「いっけない、いけない。パパに言われていたんだっけ。『古堅藍兎を殺すと女神シュブ=ニグラスが出てくるから殺すな』って」

 廊下からヘルの声が聞こえた。
 直後、壁の穴を更に壊してガルムが突っ込んできた。突然のガルムに対応出来ず、逃げ遅れる。ガルムは僕の首根っこを掴むとそのまま持ち上げた。

「ああ、良かった。生きてたわ」
「ヘル……!」

 僕が身動きが取れなくなった所で、ヘルが悠々と扉を開けて姿を現した。

「ふふ、即死しない方が困るだなんて、奇妙な人ね、貴女」
「困ってねーよ。死なずに済むんならそれに越した事はねー」
「でも、戦況的には不利じゃないの、貴女」

 ヘルが嘲笑を浮かべて僕の顔を覗き込む。

「貴女の自動蘇生スキルは確かに強力だけど……無敵でも最強でもないわよね。どうやっても殺し切れないのは凄いけど、別に殺すだけが戦いじゃないし。拘束するとか催眠術を使うとか、無力化する方法は幾らでもあるものね」

 あの悪趣味な『膨れ女』なら手足を切り落として達磨にして飼い殺すのでしょうけど、とヘルは物騒な想像を付け加える。

「安心しなさい、私に猟奇趣味はないから。美しく氷像にしてあげるわ」

 ヘルの手から強烈な冷気が放たれる。ガルムが僕を手放し、代わりに冷気が僕の四肢を包み込む。冷気は氷となり、拘束具を形成した。冷たさが刺す様な痛みとなって僕の四肢を苛む。

「おっと、呼吸は出来る様に顔は出しておかないとね。窒息死されたらたまったものじゃないわ」

 氷の形成が僕の顎の所で止まる。呼吸は確かに問題ないが、先程ガルムに拘束された時よりも身動きが取れない。

「さて、この後はどうしようかしら。とりあえずお父様の所に行こうかしらね。ガルム、彼を持っていきなさい!」
「ワン!」

 ガルムが左肩に僕を、右肩にヘルを担ぐ。氷漬けの僕は為すがまま彼に運ばれた。





 階下ではステファが蹲っていた。

「くっ……うう、うぁあああああっ!」

 ステファの嘆く声が崩れかけたホールに響く。
 彼女の背後には傭兵達が死屍累々となっていた。盾の直近にいた上に『弱体回復聖術リカバー』を習得していた事でステファはどうにか生き残れたが、彼らはそうはいかなかった。盾に陰に入れなかった者は竜の吐息ドラゴンブレスの威力で死に、盾に守られた者であっても毒を浴びて死んだ。聖術を習得しているステファしか――聖術の管理者ノーデンスを信仰していたステファだけしか助からなかった。

「救えなかった……守れなかった……!」

 悲しみと悔しさが混同した声を絞り出すステファ。だが、どんなに嘆いた所で死人が蘇らない。そんな特権は僕しか持っていない。

「ハクさん……どうして……!?」

 ステファが若干の非難を込めてハクを見上げる。が、ハクが動じる筈もない。当然だ。今の彼女はヨルムンガンドだ。神話に登場する蛇の怪物なのだ。誰かを殺す事に躊躇する所以はない。

「あらあら、今日はなんて日なのかしら。ヨルムンガンドの吐息ブレスを受けて二人も生きているなんて」

 階段を降りながらヘルがステファを見下して嗤う。彼の後にガルムと僕も続く。僕はガルムに担がれているだけだが。

「藍兎さん! 貴様、藍兎さんを放せ!」
「それは出来ない相談ね。放して欲しかったら奪ってみせないな。ただし……」

 ステファに影が被さる。ハクがその身を起こしたのだ。巨体を動かして、ステファを爪牙が届く間合いに入れたのだ。

「ヨルムンガンドが黙っていないでしょうけど」
「…………っ!」

 ハクが唸り、今にもステファに飛び掛からんとする。一方のステファは生き残りはしたものの竜の吐息ドラゴンブレスのダメージは大きい。全身が軋み、戦うどころではない。ハクの接近に歯噛みする事しか出来ない。
 とその時、ホールの隅の瓦礫が動いた。

「…………? 三護?」

 そちらを見ると、三護がいた。今まで瓦礫の下敷きになっていた様だ。三護は聖術を習得していなかった筈だが、ゴーレムの肉体に耐毒機能でも仕込んでいたのだろうか。ミ=ゴの技術力ならそれもありえる。しかし、何か問題でもあったのか、身を起こした後も三護は俯いたままだった。

「あら? ドクター・三護も? なんて事、三人目の生存者なんて! しかも、悉くイタチ一派の人間だなんて。これはイタチに見る目があった――……」

 ヘルが言葉を区切る。三護からただならぬ空気を感じた為だ。皆の視線が三護へと集まり、一時の沈黙が下りる。

「ゴ、アァァ……ミ……MMMGGG――――!」

 最中、三護の上着が唐突に千切れ飛んだ。
 否、上着だけではない。血肉も弾けて宙に舞っていた。胸部を裂きながら三護の背中より展開したのは甲殻類の脚だ。薄赤色の八本脚であり、節で分かれている。その足先は上一対が鋏、下三対が鉤爪となっていた。
 脚だけではない。膜状の一対の翼と胴体、そして頭部らしきものも三護の背中より出てきていた。「頭部らしき」と言葉を濁したのは、それには目も鼻も口も耳もなかったからだ。非常に短い触手が生えた渦巻状の楕円形。それが頭部の位置にあった。

 全体として蟹――否、ザリガニを連想させる容貌だ。全長は一・五メートル程度で三護の身長よりも大きかった。そんな異形が三護の体内から現出していた。

 一連の挙動は羽化する様に似ていた。
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