公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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55. 頑固者

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 二人は睨み合ったまま動かない。静寂を破ったのはイリスだった。

「こうしている間にも時は進みますが、よろしいのですか?」

「私は構わないわ」

「………………よろしいわけないだろう」

 険しい目つきのままため息をつく伯爵。

「助けると言っているのに、なぜ私をそのように睨みつけるのか理解に苦しみます」

「一人の人生と引き換えにです。卑怯だとは思わないのですか?」

「見返りなしに何かを得ようとは……厚かましいとは思わないのですか?あなたは伯爵であると同時に商人です。あなただって利益を得るために様々なことをやってきたでしょう?自分に有利になるように話しを進めるのは当たり前のことです。綺麗事ばかりでは生きていけません。あなたの選択により潰れた商会や店だってあるはず」

「………………」

「強者が多くのものを得、弱者は少し得るだけ……又は差し出すしかないのが世の常です。今回私が得られるものは些細なもの、それに比べてあなたが得られるものはとても大きいではないですか。破格の取引ですよ」

「ザラが王宮でどんな目にあっているかわかっていてキャリーを差し出せと言っているのですよね?」

「そもそもザラ様を差し出したのは伯爵です。ザラ様が王宮に馴染めないような方なのはおわかりだったはずなのに」

 伯爵の顔がカッと羞恥に赤く染まる。

「後悔しているのです!ですから、キャリーは妃にはしないと決めたのです」

「おかしな話しですね。ザラ様とキャリー様は性格が違います。なぜ同じ結果になると思うのですか?もちろん苦労はすると思いますが彼女は王宮をうまく渡ってゆくでしょう。使用人に侮られる?そんな大人しいタイプではないでしょう?それにキャリー様自身も王家も妃になることを望んでおります。反対しているのは伯爵と次期伯爵だけです。頑固なのも大概になさいませ」

「が……がんこ……」

 頑固と言われてショックを受けるのはいつの間にか伯爵の執務室に来ていた次期伯爵だ。

「そうです、頑固です。あとじじ馬鹿とちち馬鹿の我儘としか思えません」

「なっ!失礼な」

 言葉に詰まりながらも尚噛みつこうとする次期伯爵を手で制するアリス。

「そもそもドラゴンを倒すことは非常に難しいのですよ」

「もちろん存じております」

「当たり前のように私達が倒せる前提で話しをされておりますが、そんなに簡単なことだと思っているのですか?あなた方はできるのですか?」

「私達にはできません。ですが、あなたならできるはずです」

「できるできると。あなたたちだってキャリー様を妃にする許可くらい簡単に出せるでしょう?なぜ自分たちはやらないのに私にはやれやれと言うのですか?」

「可愛い孫の人生がかかっているのです。躊躇うのも当然でしょう」

「あなたの選択にはあなたの孫とひ孫と、辺境伯領の民の命がかかっているのですよ。キャリー様と同じく身内の命です」

「わかっております。あなたが即座に動いてくだされば助かる命です」

「あなたがキャリー様を妃にすると言えば救える命です」

「ザラに続きキャリーの人生まで悲惨なものにするわけには参りません。あなたが動けば全て解決するではありませんか!王家の者は民を守る義務があります。なぜ自分の要求を押し通す手段に魔物を利用するのですか!?それでもあなたは人間ですか?」

 伯爵の叫びにアリスの表情が一瞬無になる。そして伯爵は躰を震わせた。アリスの顔にゾッとするほど冷たい笑みが浮かんだから。
 
「人とは勝手なものです。自分の大切な孫には苦労させたくないと言い、自分と関係のない私には死地へ行けと言う。自分の大切な者の為に誰かを犠牲にする……それが人間でしょう?あなたのように……」

「あなたには皆を守れる力があります。だから……!」

「王妃様がお認めになっているキャリー様だって王宮でやっていく力はあるはずです」

「それとこれとは……あの子はあなたみたいな力はありません。何かあったときに自分の身を守ることはできないでしょう。身体も心も……」

「私が簡単に魔物を倒していると思っているのですか?ここまで力をつけるのにどれだけの努力をしてきたかわかりますか?私がやられた場合の被害を想像できますか?それに伴うプレッシャーは?ドラゴンを倒すのに怪我を絶対にしないと?手足がなくなる可能性はないと?最悪の場合が起こらないとでも?私が助かってもここにいるフランク、イリスの身体は?命は?絶対に安全だと言えますか?何があるかわからないと思いませんか?」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉、アリスの気迫に次期伯爵の顔から血の気が引く。言葉も出てこない。そんな彼の横から……伯爵が話し出す。

「キャリーを妃に致します」

 アリスの視線が伯爵に向く。アリスの口元は笑みの形を彩っているのに、その瞳は何を思うのか……全くわからない。

「確かになんの代償もなしに何かを助けようなどと厚かましい以外なんでもないでしょう。それに我らが仕えるべき王家の方に命を差し出せというようなことを申しまして大変申し訳ございませんでした。身内可愛さに目も心も曇っていたようです。人間と思えぬ言動をしたのは我々でした。お許しいただけたら幸いです」

 伯爵はアリスに頭を下げたまま動かない。

「頭を上げてください」

 アリスは伯爵が頭を上げるのを確認すると再び声を発する。

「人間とはまず第一に自分の利益を考えるもの。自分の都合の良いように考えるもの。私は伯爵をとても人間らしいと思います。私も王妃の命とはいえ年輩者に無礼なことばかり申しまして失礼いたしました」

 軽く頭を下げる。頭をお上げくださいという伯爵の呟き。そのまま口を開きかけ、大きな声に遮られる。

「アリス様お願いです!!!早く辺境伯領へ!!!娘が……孫が…………!!!」

 跪きアリスの膝辺りにしがみついたのは次期伯爵だ。ずっと我慢していた感情が溢れ出したよう。父親の気持ち、ザラへの思い、色々なことで我慢していたのだろうが、辺境伯領にいる娘と孫のことが心配だったのだ。命がかかっているのだから当然のこと。

「これ……不敬な」

 慌てて引き剥がそうと次期伯爵を掴む伯爵。

「それでは参りますよ。そのまま掴んでいてください」

「…………どこに?」

「決まっております。辺境伯領です」


 そうして執務室から5 人の姿が消えた。






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