公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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157.アリスとエリアス②

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「私は人肉は食べないわよ」

「それはわかっております」

 ウロウロと目線が動く伯爵にアリスは言う。

「……愛人にもしないわよ?」

「それもわかっております!」

「ふふっ。と~~~~~~っても懐かしいルビー臭がするわ。うざいけれど可愛がってやりたくなる感じね」

 ルビー臭?

 その場にいたものが疑問符を浮かべた。

 アリスはニンマリと笑うと言い放った。

「脳内お花畑」

 ぶふっ……騎士たちが小さく吹き出した。

「自分が一番強い、だから偉い。過剰な自尊心……どうしてそんなふうに思えるのか不思議だわ。若いときって自分最強って思う時期あるわよね」

 伯爵もラシアもうんうんと頷く。

 そう。そうなのだ。確かに強いし自分たちでは歯が立たない。

 だがアリスやイリス、フランクの強さを知った今ではあーまあ強いな程度なのだ。それなのにいつも自信満々に勘違いしているので一言言ってやりたかったが自分たちでは勝てないのも事実。

「う……うるさい」

 周囲の者がニヤニヤしているのを見て、顔が赤くなるエリアス。身体を動かそうとしても動かせない。見えざる力に身体を押さえつけられている。

 先程の自分と同じ魔法だが、レベルが違う。


「坊や。上には上がいるのよ。その程度の魔法も解けないくせに生意気な口をきくのは少々……恥ずかしくてよ?」

 ゆったりとした憐れみを帯びたアリスの見下す目にますます顔が赤くなるエリアス。

「ちょっと調子が悪いだけだ!おい、お前たちなんて俺に傷一つつけられないくせに何笑ってんだよ!?価値のないお前らが価値のある俺を笑うなんて許されねえんだよ!ていうか早くこの魔法解けよ!クソババア!!!」

 何が坊やだ。俺はもう14歳だ。俺が坊やならお前はババアだ。

 少しでもダメージを与えたくて口にしたら空気が凍った。

「「「…………………………」」」

 さ……寒い。

 冷気の原因であるアリスに皆の視線が恐る恐る向かう。

 そしてゆっくりと皆視線を逸らした。

 アリスの顔には冷たく妖しい笑みが浮かんでいた。

「ぼ・う・や?よく聞きなさい」


 いつもより低いがよく通る声に皆がアリスから距離を取った。

 触らぬ神に祟りなし、だ。
 

「現時点でこの場にいる中で一番役立たずなのは坊やよ」

「俺は親父より強いんだぞ!」

 ビシッと人差し指を突きつけられ、カッとなるエリアス。

「私は彼の足を凍らせて折ったわよ」

「あ……あんたは王子妃だから親父も手加減しただけだ」

「あなたファザコン?父親より強いから何よ。ハーゲ伯爵はちょい強くらいでしょ?あっ!父ラブだからラシア様を敵視しているのね!?」

「んなわけないだろ!」

 激昂するエリアスをおちょくるように彼の顔をまじまじと見るアリス。
 
「ハーゲ伯爵は魔法使いとしても政治家としても国に貢献、陛下だって彼の言葉は無視できない。それくらいこの国に必要ということね」

 ま、まあ親父は……俺だってそれなりに認めている。

「騎士たちはあなたより魔力が低いから何よ?実際に魔物と戦い多くの国民を救っているわ。あなたは誰かを救ったことがあるの?」

 それはまだない。でもそれはまだ自分の力を発揮するに相応しい場がないだけだ。……騎士たちにもそこそこの価値があることは認めよう。

 だがあの女は―――――

 彼の視線を受け、彼女は身体をビクつかせた。

 見ろ、視線一つでビクつきやがって。なんの取り柄もないくせに女というだけで親父から高待遇を受け、親父の策で王子妃になって、自分の力で何かをなし得ていないこの女はどんな価値があるっていうんだ?

 エリアスは静かに視線をラシアからアリスに移した。

 こいつの価値とは?言えるものなら言ってみろ。そんな気持ちでアリスをじっと見つめる。

 アリスの口が開いた。

「なんかダサイ」

 ダサイ???は?俺のことか!?

 驚きのあまり口がポカーンと開くエリアス。

「姉君より自分の方が優秀だと自負しているなら彼女を守るくらいの男気はないの?跡継ぎである兄君はラシア様に対して慈愛あふれる様子だというのに」

 ハーゲ伯爵の長男は魔力量はそこまで多くはないが、賢く、人を引き付けるカリスマ性がある男性だった。ラシアのことも気にかけており、二人は仲が良い。

「女だから女だからって。仕方ないじゃない。王の子供が全員男の子だったんだから。そりゃあ王子たちと釣り合う年で顔も可愛ければお嫁さんになれるかも、って価値が出るってものよ。君等男の子の象徴ちゃんを切り落として女の子にするわけにもいかないし。切り落として子供ができるわけでもないんだから」

 ……チラリと下半身に視線を移すのをやめてほしい。

「ハーゲ伯爵にとってだけじゃないわよ?私だってラシア義姉様がいるから政務だって助かっているし、王家だって婚姻によるハーゲ伯爵からの支援金でウハウハよ?彼女のおかげで沢山の人がハッピーになっているんだから。あなたのこじらせファザコンに義姉様を巻き込まないでちょうだい」

「そのうち離縁だろ!王子に相手にされてないくせに!俺はこれからなんだよ!これから俺に相応しい戦場に出て、活躍していくんだよ!俺の魔力量なら……魔法の腕ならそんなこと簡単なんだよ!」

 ………こう、なんというのか――――――だな。

 この場にいる者は思った。だが口にしなかった。

 一人を除いて。

「なんだか……自信がありすぎて気持ち悪いわね。どこからそんな自信が湧くのかしら?」

 ねえ、そう思わない?と視線で訴えてくるのはやめて欲しい。皆がアリスから視線を逸らす。

 き……気持ち悪い?

 エリアスは周囲の気まずげな様子に気づかず、ガーンとひたすらショックを受けていた。そんな彼に構うことなくアリスはビシッと人差し指を突きつける。

「身の程知らずで、魔力を使いこなせていない坊や!その腐った性根と無駄に高い自尊心を私がぽっきりと折ってやるわ!そして……価値のある人間に変えてあげましょう!」

「!!!?」

 身体にかかっていた力が解かれた。

 だがそのかわりガシッと後ろから両腕が掴まれた。

 そこにいたのはアリスの筆頭侍女イリスだった。

 身体を揺らすが振りほどけない。魔法……跳ね返された……いてぇ。なんだこの女。主人といい、召使といいどうなってんだ。

「……怪力ゴリラかよ」

 ぼそりと呟くと腕が更に悲鳴を上げた。耳まで人外とかまじでなんなんだよ。

「ラシア義姉様、伯爵。彼を頂いても宜しいですよね?」

「「ああ、はい。どうぞ」」

 思わずそう返していた二人。

 どうぞってなんだ。こら。

 俺はものじゃない。

 というか自分はどうなるんだ。

 何やらよくわからないまま、イリスに引き摺られるエリアスだった。



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