6 / 10
SIDE:レオン
2.君の為にできること
しおりを挟む
■
──また、だ。
「レオン様、音楽室へ移動されるところですか? 次の授業でしょうか」
綺麗に巻きつけられるようになったローラの色の薄い金色の髪。
後ろで束ねているだけでは、細い髪はすぐに縺れてしまう。
けれど、その縺れた髪が太陽の光を浴びて光るところを見るのが、レオンはとても好きだった。
それが観たい為だけに、幼い頃は本ばかり読んで部屋から出てこようとしない婚約者を外遊びへと連れ出していた。
けれど、いつの頃からかレオンの好きなやわらかな金髪はきっちりと纏め上げられるようになった。丁寧に香油を使って手入れをされるようになった髪は艶やかで、おくれ毛すらない。
隙のない髪型に、レオン以外の男から贈られた飾りピンが華やぎを添えている。
レオンが、王都に来て初めてひとりで買い物をして贈った髪飾りは、いまだに一度も着けてみせてはくれないのに。
ローラの髪を飾るそのピンを見る度に、胸の中で黒い滓のようなものが渦巻く。
レオンはそれに耐えて、いつもじっと見ている事しかできなくなっていた。
『これ? イザベル様が下さったの。あの方の瞳の色の石なんて恥ずかしいのだけれど、どうしてもって言われて』
初めてローラの髪にそれが飾られていることに気が付いた日。つい見つめてしまったレオンに、はにかんで笑ったローラの顔。あれは、嘘をつく後ろめたさを隠す笑いだったのかもしれないと考えるだけで、苦しい。
俺の好きなローラはそんな子じゃないと思う。
思いたいけれど、今となっては、違うと否定しきることもできなくなっていた。
そんな自分がただ情けなかった。
『拾って下さったのね、ありがとう。大切な物なの』
廊下に落ちていた、婚約者の髪に着けられていたモノにそっくりで石の色だけが違う飾りピンを拾った所で、ローラを勉強会に誘ったというあの侯爵令嬢から声を掛けられた。
差し出したピンを受け取る指は白くて人の手と思えないほど細かった。
多分、我が領地で農作業なんか絶対に手伝えない。あっさりぽっきりといってしまうだろう。
そう思って見ていただけなのに、ご令嬢は飾りピンを手に嫣然と笑って言った。
『これ? おにいさまが、贈って下さったモノなの。もしかしたら、未来の義姉になって下さるかもしれない方とのお揃いが欲しくって。無理を言って強請ってしまったの』
視線を勘違いしたらしいご令嬢の無邪気な言葉は、レオンの心を木っ端みじんに破壊した。
あの後、どうやって寮の自室へ帰って来たのか分からなかった。
いつも一緒に寮に帰る為にローラを図書室まで迎えに行っていたのだが、それすらしたのかさえ思い出せない体たらくだった。
だが、翌朝ローラから責められたりすることもなかったので、ちゃんと寮まで送り届けることはしたのだと思う。多分。
それ以来、愛しい婚約者の髪を飾るそれが視界に入る度に、レオンの腹の奥へと黒い滓が溜まっていくようになった。
侯爵令嬢の兄が誰なのかは簡単に知ることができた。
一学年上の先輩で、入学以来学年一位を取り続けている麗しの侯爵令息。
恋愛結婚をした両親の方針で、いまだに婚約者も持っていないというのは有名だ。
だからたくさんの令嬢たちから狙われているけれど、彼の開いている勉強会には優秀で将来有望な生徒しか呼ばれないという。そんな勉強会に、ローラは誘われて席を得ている。
それだけではない。個人的に邸宅に呼ばれるなど交流を深めている。兄妹どちらからも特別扱いされている。
それが意味するところを理解できないほど、レオンは愚鈍ではない。
唯一、レオンに勝ち目があるとしたら、ただ隣の領地に生まれたというだけ。
幼馴染みでなければきっと、ふたりは婚約することもなかった。
子犬のようにじゃれ合って育った。
泣いても泣かされても、喧嘩をしてもすぐに仲直りできた。
会えると思うと嬉しくて、構い過ぎて泣かれて、悲しくなって喧嘩した。
それでも、別れ際には仲直りして、また会おうねって約束した。
ずっとずっと。そんな風に傍にいられるのだと、信じていた。
そんな一番近くにいる少女に、恋をしていると自覚したのはいつだっただろう。
それすらはっきりと思い出せない。それほどずっと傍にいた。
その内に、親同士が話し合って、婚約することになったのだ。
だから、そう。ふたりの仲を繋いでいるのは、親が決めた婚約。ただそれだけだ。
太陽の下よりも家の中で本を読んでいる方が好きで、成績だってとても優秀なローラは、多分きっと、あの麗しの侯爵令息の手を取りさえすれば、あの侯爵令嬢みたいな細くて白い指にだってなれるのだろう。
幼馴染みというだけで婚約者となったレオンが、この恋を手放すだけで、それは叶うのだ──
──また、だ。
「レオン様、音楽室へ移動されるところですか? 次の授業でしょうか」
綺麗に巻きつけられるようになったローラの色の薄い金色の髪。
後ろで束ねているだけでは、細い髪はすぐに縺れてしまう。
けれど、その縺れた髪が太陽の光を浴びて光るところを見るのが、レオンはとても好きだった。
それが観たい為だけに、幼い頃は本ばかり読んで部屋から出てこようとしない婚約者を外遊びへと連れ出していた。
けれど、いつの頃からかレオンの好きなやわらかな金髪はきっちりと纏め上げられるようになった。丁寧に香油を使って手入れをされるようになった髪は艶やかで、おくれ毛すらない。
隙のない髪型に、レオン以外の男から贈られた飾りピンが華やぎを添えている。
レオンが、王都に来て初めてひとりで買い物をして贈った髪飾りは、いまだに一度も着けてみせてはくれないのに。
ローラの髪を飾るそのピンを見る度に、胸の中で黒い滓のようなものが渦巻く。
レオンはそれに耐えて、いつもじっと見ている事しかできなくなっていた。
『これ? イザベル様が下さったの。あの方の瞳の色の石なんて恥ずかしいのだけれど、どうしてもって言われて』
初めてローラの髪にそれが飾られていることに気が付いた日。つい見つめてしまったレオンに、はにかんで笑ったローラの顔。あれは、嘘をつく後ろめたさを隠す笑いだったのかもしれないと考えるだけで、苦しい。
俺の好きなローラはそんな子じゃないと思う。
思いたいけれど、今となっては、違うと否定しきることもできなくなっていた。
そんな自分がただ情けなかった。
『拾って下さったのね、ありがとう。大切な物なの』
廊下に落ちていた、婚約者の髪に着けられていたモノにそっくりで石の色だけが違う飾りピンを拾った所で、ローラを勉強会に誘ったというあの侯爵令嬢から声を掛けられた。
差し出したピンを受け取る指は白くて人の手と思えないほど細かった。
多分、我が領地で農作業なんか絶対に手伝えない。あっさりぽっきりといってしまうだろう。
そう思って見ていただけなのに、ご令嬢は飾りピンを手に嫣然と笑って言った。
『これ? おにいさまが、贈って下さったモノなの。もしかしたら、未来の義姉になって下さるかもしれない方とのお揃いが欲しくって。無理を言って強請ってしまったの』
視線を勘違いしたらしいご令嬢の無邪気な言葉は、レオンの心を木っ端みじんに破壊した。
あの後、どうやって寮の自室へ帰って来たのか分からなかった。
いつも一緒に寮に帰る為にローラを図書室まで迎えに行っていたのだが、それすらしたのかさえ思い出せない体たらくだった。
だが、翌朝ローラから責められたりすることもなかったので、ちゃんと寮まで送り届けることはしたのだと思う。多分。
それ以来、愛しい婚約者の髪を飾るそれが視界に入る度に、レオンの腹の奥へと黒い滓が溜まっていくようになった。
侯爵令嬢の兄が誰なのかは簡単に知ることができた。
一学年上の先輩で、入学以来学年一位を取り続けている麗しの侯爵令息。
恋愛結婚をした両親の方針で、いまだに婚約者も持っていないというのは有名だ。
だからたくさんの令嬢たちから狙われているけれど、彼の開いている勉強会には優秀で将来有望な生徒しか呼ばれないという。そんな勉強会に、ローラは誘われて席を得ている。
それだけではない。個人的に邸宅に呼ばれるなど交流を深めている。兄妹どちらからも特別扱いされている。
それが意味するところを理解できないほど、レオンは愚鈍ではない。
唯一、レオンに勝ち目があるとしたら、ただ隣の領地に生まれたというだけ。
幼馴染みでなければきっと、ふたりは婚約することもなかった。
子犬のようにじゃれ合って育った。
泣いても泣かされても、喧嘩をしてもすぐに仲直りできた。
会えると思うと嬉しくて、構い過ぎて泣かれて、悲しくなって喧嘩した。
それでも、別れ際には仲直りして、また会おうねって約束した。
ずっとずっと。そんな風に傍にいられるのだと、信じていた。
そんな一番近くにいる少女に、恋をしていると自覚したのはいつだっただろう。
それすらはっきりと思い出せない。それほどずっと傍にいた。
その内に、親同士が話し合って、婚約することになったのだ。
だから、そう。ふたりの仲を繋いでいるのは、親が決めた婚約。ただそれだけだ。
太陽の下よりも家の中で本を読んでいる方が好きで、成績だってとても優秀なローラは、多分きっと、あの麗しの侯爵令息の手を取りさえすれば、あの侯爵令嬢みたいな細くて白い指にだってなれるのだろう。
幼馴染みというだけで婚約者となったレオンが、この恋を手放すだけで、それは叶うのだ──
169
あなたにおすすめの小説
【完結】前世の恋人達〜貴方は私を選ばない〜
乙
恋愛
前世の記憶を持つマリア
愛し合い生涯を共にしたロバート
生まれ変わってもお互いを愛すと誓った二人
それなのに貴方が選んだのは彼女だった...
▶︎2話完結◀︎
婚約者が一目惚れをしたそうです
クロユキ
恋愛
親同士が親友で幼い頃から一緒にいたアリスとルイスは同じ学園に通い婚約者でもあった。
学園を卒業後に式を挙げる約束をしていた。
第一王子の誕生日と婚約披露宴に行く事になり、迎えに来たルイスの馬車に知らない女性を乗せてからアリスの運命は変わった…
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
性格が嫌いだと言われ婚約破棄をしました
クロユキ
恋愛
エリック・フィゼリ子息子爵とキャロル・ラシリア令嬢子爵は親同士で決めた婚約で、エリックは不満があった。
十五歳になって突然婚約者を決められエリックは不満だった。婚約者のキャロルは大人しい性格で目立たない彼女がイヤだった。十六歳になったエリックには付き合っている彼女が出来た。
我慢の限界に来たエリックはキャロルと婚約破棄をする事に決めた。
誤字脱字があります不定期ですがよろしくお願いします。
優柔不断な公爵子息の後悔
有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。
いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。
後味悪かったら申し訳ないです。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
嘘だったなんてそんな嘘は信じません
ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする?
ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる