幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人

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SIDE:レオン

2.君の為にできること

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 ──また、だ。

「レオン様、音楽室へ移動されるところですか? 次の授業でしょうか」

 綺麗に巻きつけられるようになったローラの色の薄い金色の髪。
 後ろで束ねているだけでは、細い髪はすぐに縺れてしまう。
 けれど、その縺れた髪が太陽の光を浴びて光るところを見るのが、レオンはとても好きだった。
 それが観たい為だけに、幼い頃は本ばかり読んで部屋から出てこようとしない婚約者を外遊びへと連れ出していた。
 けれど、いつの頃からかレオンの好きなやわらかな金髪はきっちりと纏め上げられるようになった。丁寧に香油を使って手入れをされるようになった髪は艶やかで、おくれ毛すらない。
 隙のない髪型に、レオン以外の男から贈られた飾りピンが華やぎを添えている。

 レオンが、王都に来て初めてひとりで買い物をして贈った髪飾りは、いまだに一度も着けてみせてはくれないのに。

 ローラの髪を飾るそのピンを見る度に、胸の中で黒い滓のようなものが渦巻く。
 レオンはそれに耐えて、いつもじっと見ている事しかできなくなっていた。


『これ? イザベル様が下さったの。あの方の瞳の色の石なんて恥ずかしいのだけれど、どうしてもって言われて』

 初めてローラの髪にそれが飾られていることに気が付いた日。つい見つめてしまったレオンに、はにかんで笑ったローラの顔。あれは、嘘をつく後ろめたさを隠す笑いだったのかもしれないと考えるだけで、苦しい。
 俺の好きなローラはそんな子じゃないと思う。
 思いたいけれど、今となっては、違うと否定しきることもできなくなっていた。

 そんな自分がただ情けなかった。


『拾って下さったのね、ありがとう。大切な物なの』

 廊下に落ちていた、婚約者の髪に着けられていたモノにそっくりで石の色だけが違う飾りピンを拾った所で、ローラを勉強会に誘ったというあの侯爵令嬢から声を掛けられた。

 差し出したピンを受け取る指は白くて人の手と思えないほど細かった。
 多分、我が領地で農作業なんか絶対に手伝えない。あっさりぽっきりといってしまうだろう。

 そう思って見ていただけなのに、ご令嬢は飾りピンを手に嫣然と笑って言った。

『これ? おにいさまが、贈って下さったモノなの。もしかしたら、未来の義姉になって下さるかもしれない方とのお揃いが欲しくって。無理を言って強請ってしまったの』

 視線を勘違いしたらしいご令嬢の無邪気な言葉は、レオンの心を木っ端みじんに破壊した。

 あの後、どうやって寮の自室へ帰って来たのか分からなかった。

 いつも一緒に寮に帰る為にローラを図書室まで迎えに行っていたのだが、それすらしたのかさえ思い出せない体たらくだった。
 だが、翌朝ローラから責められたりすることもなかったので、ちゃんと寮まで送り届けることはしたのだと思う。多分。

 それ以来、愛しい婚約者の髪を飾るそれが視界に入る度に、レオンの腹の奥へと黒い滓が溜まっていくようになった。

 侯爵令嬢の兄が誰なのかは簡単に知ることができた。
 一学年上の先輩で、入学以来学年一位を取り続けている麗しの侯爵令息。
 恋愛結婚をした両親の方針で、いまだに婚約者も持っていないというのは有名だ。
 だからたくさんの令嬢たちから狙われているけれど、彼の開いている勉強会には優秀で将来有望な生徒しか呼ばれないという。そんな勉強会に、ローラは誘われて席を得ている。
 それだけではない。個人的に邸宅に呼ばれるなど交流を深めている。兄妹どちらからも特別扱いされている。

 それが意味するところを理解できないほど、レオンは愚鈍ではない。

 唯一、レオンに勝ち目があるとしたら、ただ隣の領地に生まれたというだけ。
 幼馴染みでなければきっと、ふたりは婚約することもなかった。

 子犬のようにじゃれ合って育った。
 泣いても泣かされても、喧嘩をしてもすぐに仲直りできた。
 会えると思うと嬉しくて、構い過ぎて泣かれて、悲しくなって喧嘩した。
 それでも、別れ際には仲直りして、また会おうねって約束した。

 ずっとずっと。そんな風に傍にいられるのだと、信じていた。
 そんな一番近くにいる少女に、恋をしていると自覚したのはいつだっただろう。
 それすらはっきりと思い出せない。それほどずっと傍にいた。

 その内に、親同士が話し合って、婚約することになったのだ。
 だから、そう。ふたりの仲を繋いでいるのは、親が決めた婚約。ただそれだけだ。

 太陽の下よりも家の中で本を読んでいる方が好きで、成績だってとても優秀なローラは、多分きっと、あの麗しの侯爵令息の手を取りさえすれば、あの侯爵令嬢みたいな細くて白い指にだってなれるのだろう。

 幼馴染みというだけで婚約者となったレオンが、この恋を手放すだけで、それは叶うのだ──


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