幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人

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SIDE:レオン

3.諦め




 もう無理だ。婚約者の地位にしがみついていることすら、辛い。

 初めての長期休み。
 夏の空は高く晴れていて、ローラと同じ長距離乗合馬車に一緒に乗っているだけで胸のつかえが消えていった。

「あとでまた会いにくるよ」

 先に着いたレオンの領地からローラの家まで、伯爵家の馬車で送っていき、確かに落ち着いたら一緒に会おうと約束して別れたというのに。

 親族ともひと通り挨拶回りを終わらせて領地も廻り終えたので、そろそろ会いたいと先触れの手紙を出そうとした時に届いたのは、彼女からの誘いの手紙などでは勿論なく、断りの短い手紙だった。

『ごめんなさい。父がぎっくり腰になってしまったので、王都に向かうことになりました。新学期には、あちらで会いましょうね。 ローラ』

 短いメッセージは、文字の綺麗なローラにしては焦った様子の崩れた文字で書かれていた。

「どういうことなんだ?」

 レオンやローラのような田舎貴族家には王都にタウンハウスなどない。
 王都に戻ったとしても、学園が休暇に入ってしまっているので、今からでは寮に泊ることもできない筈なのに。

 嫌な想像が頭をぎる。

「王都って。一体どこへ行ったんだ、ローラ」


***


「はぁ……」

 新学期に合わせて王都へと戻ってきたレオンの顔色は冴えないままだった。
 ローラに手紙を書こうにも何処にいるのかも分からないのだ。
 ならば、ローラの家へ問い合わせるべきなのだろうが、婚約者なのに何も教えてもらえなかったなどとどう切り出したらいいのかも分からず、結局何でもできないまま休みは終わってしまった。

「学園辞めたくなってきた」

 学園に一番近い乗合馬車乗り場から、とぼとぼとひとり荷物を抱えて寮に向かって歩いた。
 長期休暇が始まって、ローラと一緒に領地へ向かった時は目に入るすべてが嬉しくて楽しかったというのに。

 まだ入学して半年。そんな弱音を吐く自分が情けなくて仕方がなかった。

 まずは男子寮に向かい、受付を済ませて、荷物を置いたら、女子寮へでも向かってみようか。

「いや、まずどこかで腹ごしらえしよう」

 寮の食事は朝と晩のみ提供される。これは学園が休みの間も適応される。
 昼食は途中で止まった宿で作って貰ったサンドイッチを馬車の中で食べはしたが、夕食の時間まで持たない気がした。

「屋台で買い食いだと、手荷物から目を離すことになるしなぁ」

 一度寮に荷物を置いてから食べに出かけるのはさすがに億劫だった。
 女子寮にローラを探しに行って、彼女がいなかったら更に気が滅入ることになるだろう。
 腹が減った状態でそんなことにでもなったら、立ち直れる気がしなかった。

「仕方がない。ランチタイムを過ぎてしまったこの時間に開いている、ある程度のランクの店といえば……そうだ、一度ローラと来たカフェがあるな」

 記憶を頼りに鞄を抱えて歩くと、記憶の通りの場所に、そのカフェはあった。

 ただし、ローラと一緒ならともかくレオンひとりで入るには少し勇気が必要な愛らしい造りの店ではある。

「端っこの席にして貰って、ささっと食べて帰ろう」

 席に案内されて、コールドミートを使ったボリュームのあるサンドイッチとミルクたっぷりの珈琲を注文すると、すぐにそれは運ばれてきた。

 パンの表面はカリッと焼いてあって香ばしい。
 そして、かぶり付くとすぐに口の中に肉の旨味と酸味のある複雑な味わいのソース、そして新鮮な野菜の味が広がる。

「さすがに旨いな。けど、俺はどっちかというと昼に食べたサンドイッチの方が好きだな」

 何肉か分からない夕食メニューに出たグリル肉の残りをこそげたものに、たっぷりのマスタード。そして茹でて潰したじゃが芋が挟まれている。
 シンプルに、腹が膨れることだけを考えたサンドイッチ。働く人の為の食べ物だ。

 比較をしてはみたものの、どちらも美味しく食べて貰う為に料理人が真面目に作ったものであることに違いはない。
 欠片ひとつ残さぬよう、レオンはゆっくり味わって食べた。

「ミルクたっぷり入れた珈琲も、元の珈琲が違い過ぎるのか領地で飲むのと全然違うな」

 乳脂肪に負けないふくよかな珈琲を飲んでひと息ついたところで、そろそろ寮に向かおうかと席を立とうとした。

 そこへ、どこかで聞いた事のある声が耳に届いた。

「うふふ。あの時のローラったら緊張しちゃって、可愛らしかったわ」
「もう。そんなに揶揄わないでください、イザベル様」
「あら、いいじゃないの。おにいさまともとても仲がよろしくて。ずっと傍から離れようとされないんですもの。ふふ。あまりに愛らしいおふたりの様子に、わたくし、思い出すだけで笑顔になってしまうわ」

 この会話をしているのが、誰と誰なのか。

 レオンには、顔を見て確かめるまでもなかった。

 ふたりの令嬢たちが甘いケーキと香り高い紅茶、そして会話をたっぷりと楽しみ、帰っていってからも、レオンは壁際の席から立つことはできなかった。





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