7 / 10
SIDE:レオン
3.諦め
■
もう無理だ。婚約者の地位にしがみついていることすら、辛い。
初めての長期休み。
夏の空は高く晴れていて、ローラと同じ長距離乗合馬車に一緒に乗っているだけで胸のつかえが消えていった。
「あとでまた会いにくるよ」
先に着いたレオンの領地からローラの家まで、伯爵家の馬車で送っていき、確かに落ち着いたら一緒に会おうと約束して別れたというのに。
親族ともひと通り挨拶回りを終わらせて領地も廻り終えたので、そろそろ会いたいと先触れの手紙を出そうとした時に届いたのは、彼女からの誘いの手紙などでは勿論なく、断りの短い手紙だった。
『ごめんなさい。父がぎっくり腰になってしまったので、王都に向かうことになりました。新学期には、あちらで会いましょうね。 ローラ』
短いメッセージは、文字の綺麗なローラにしては焦った様子の崩れた文字で書かれていた。
「どういうことなんだ?」
レオンやローラのような田舎貴族家には王都にタウンハウスなどない。
王都に戻ったとしても、学園が休暇に入ってしまっているので、今からでは寮に泊ることもできない筈なのに。
嫌な想像が頭を過ぎる。
「王都って。一体どこへ行ったんだ、ローラ」
***
「はぁ……」
新学期に合わせて王都へと戻ってきたレオンの顔色は冴えないままだった。
ローラに手紙を書こうにも何処にいるのかも分からないのだ。
ならば、ローラの家へ問い合わせるべきなのだろうが、婚約者なのに何も教えてもらえなかったなどとどう切り出したらいいのかも分からず、結局何でもできないまま休みは終わってしまった。
「学園辞めたくなってきた」
学園に一番近い乗合馬車乗り場から、とぼとぼとひとり荷物を抱えて寮に向かって歩いた。
長期休暇が始まって、ローラと一緒に領地へ向かった時は目に入るすべてが嬉しくて楽しかったというのに。
まだ入学して半年。そんな弱音を吐く自分が情けなくて仕方がなかった。
まずは男子寮に向かい、受付を済ませて、荷物を置いたら、女子寮へでも向かってみようか。
「いや、まずどこかで腹ごしらえしよう」
寮の食事は朝と晩のみ提供される。これは学園が休みの間も適応される。
昼食は途中で止まった宿で作って貰ったサンドイッチを馬車の中で食べはしたが、夕食の時間まで持たない気がした。
「屋台で買い食いだと、手荷物から目を離すことになるしなぁ」
一度寮に荷物を置いてから食べに出かけるのはさすがに億劫だった。
女子寮にローラを探しに行って、彼女がいなかったら更に気が滅入ることになるだろう。
腹が減った状態でそんなことにでもなったら、立ち直れる気がしなかった。
「仕方がない。ランチタイムを過ぎてしまったこの時間に開いている、ある程度のランクの店といえば……そうだ、一度ローラと来たカフェがあるな」
記憶を頼りに鞄を抱えて歩くと、記憶の通りの場所に、そのカフェはあった。
ただし、ローラと一緒ならともかくレオンひとりで入るには少し勇気が必要な愛らしい造りの店ではある。
「端っこの席にして貰って、ささっと食べて帰ろう」
席に案内されて、コールドミートを使ったボリュームのあるサンドイッチとミルクたっぷりの珈琲を注文すると、すぐにそれは運ばれてきた。
パンの表面はカリッと焼いてあって香ばしい。
そして、かぶり付くとすぐに口の中に肉の旨味と酸味のある複雑な味わいのソース、そして新鮮な野菜の味が広がる。
「さすがに旨いな。けど、俺はどっちかというと昼に食べたサンドイッチの方が好きだな」
何肉か分からない夕食メニューに出たグリル肉の残りをこそげたものに、たっぷりのマスタード。そして茹でて潰したじゃが芋が挟まれている。
シンプルに、腹が膨れることだけを考えたサンドイッチ。働く人の為の食べ物だ。
比較をしてはみたものの、どちらも美味しく食べて貰う為に料理人が真面目に作ったものであることに違いはない。
欠片ひとつ残さぬよう、レオンはゆっくり味わって食べた。
「ミルクたっぷり入れた珈琲も、元の珈琲が違い過ぎるのか領地で飲むのと全然違うな」
乳脂肪に負けないふくよかな珈琲を飲んでひと息ついたところで、そろそろ寮に向かおうかと席を立とうとした。
そこへ、どこかで聞いた事のある声が耳に届いた。
「うふふ。あの時のローラったら緊張しちゃって、可愛らしかったわ」
「もう。そんなに揶揄わないでください、イザベル様」
「あら、いいじゃないの。おにいさまともとても仲がよろしくて。ずっと傍から離れようとされないんですもの。ふふ。あまりに愛らしいおふたりの様子に、わたくし、思い出すだけで笑顔になってしまうわ」
この会話をしているのが、誰と誰なのか。
レオンには、顔を見て確かめるまでもなかった。
ふたりの令嬢たちが甘いケーキと香り高い紅茶、そして会話をたっぷりと楽しみ、帰っていってからも、レオンは壁際の席から立つことはできなかった。
もう無理だ。婚約者の地位にしがみついていることすら、辛い。
初めての長期休み。
夏の空は高く晴れていて、ローラと同じ長距離乗合馬車に一緒に乗っているだけで胸のつかえが消えていった。
「あとでまた会いにくるよ」
先に着いたレオンの領地からローラの家まで、伯爵家の馬車で送っていき、確かに落ち着いたら一緒に会おうと約束して別れたというのに。
親族ともひと通り挨拶回りを終わらせて領地も廻り終えたので、そろそろ会いたいと先触れの手紙を出そうとした時に届いたのは、彼女からの誘いの手紙などでは勿論なく、断りの短い手紙だった。
『ごめんなさい。父がぎっくり腰になってしまったので、王都に向かうことになりました。新学期には、あちらで会いましょうね。 ローラ』
短いメッセージは、文字の綺麗なローラにしては焦った様子の崩れた文字で書かれていた。
「どういうことなんだ?」
レオンやローラのような田舎貴族家には王都にタウンハウスなどない。
王都に戻ったとしても、学園が休暇に入ってしまっているので、今からでは寮に泊ることもできない筈なのに。
嫌な想像が頭を過ぎる。
「王都って。一体どこへ行ったんだ、ローラ」
***
「はぁ……」
新学期に合わせて王都へと戻ってきたレオンの顔色は冴えないままだった。
ローラに手紙を書こうにも何処にいるのかも分からないのだ。
ならば、ローラの家へ問い合わせるべきなのだろうが、婚約者なのに何も教えてもらえなかったなどとどう切り出したらいいのかも分からず、結局何でもできないまま休みは終わってしまった。
「学園辞めたくなってきた」
学園に一番近い乗合馬車乗り場から、とぼとぼとひとり荷物を抱えて寮に向かって歩いた。
長期休暇が始まって、ローラと一緒に領地へ向かった時は目に入るすべてが嬉しくて楽しかったというのに。
まだ入学して半年。そんな弱音を吐く自分が情けなくて仕方がなかった。
まずは男子寮に向かい、受付を済ませて、荷物を置いたら、女子寮へでも向かってみようか。
「いや、まずどこかで腹ごしらえしよう」
寮の食事は朝と晩のみ提供される。これは学園が休みの間も適応される。
昼食は途中で止まった宿で作って貰ったサンドイッチを馬車の中で食べはしたが、夕食の時間まで持たない気がした。
「屋台で買い食いだと、手荷物から目を離すことになるしなぁ」
一度寮に荷物を置いてから食べに出かけるのはさすがに億劫だった。
女子寮にローラを探しに行って、彼女がいなかったら更に気が滅入ることになるだろう。
腹が減った状態でそんなことにでもなったら、立ち直れる気がしなかった。
「仕方がない。ランチタイムを過ぎてしまったこの時間に開いている、ある程度のランクの店といえば……そうだ、一度ローラと来たカフェがあるな」
記憶を頼りに鞄を抱えて歩くと、記憶の通りの場所に、そのカフェはあった。
ただし、ローラと一緒ならともかくレオンひとりで入るには少し勇気が必要な愛らしい造りの店ではある。
「端っこの席にして貰って、ささっと食べて帰ろう」
席に案内されて、コールドミートを使ったボリュームのあるサンドイッチとミルクたっぷりの珈琲を注文すると、すぐにそれは運ばれてきた。
パンの表面はカリッと焼いてあって香ばしい。
そして、かぶり付くとすぐに口の中に肉の旨味と酸味のある複雑な味わいのソース、そして新鮮な野菜の味が広がる。
「さすがに旨いな。けど、俺はどっちかというと昼に食べたサンドイッチの方が好きだな」
何肉か分からない夕食メニューに出たグリル肉の残りをこそげたものに、たっぷりのマスタード。そして茹でて潰したじゃが芋が挟まれている。
シンプルに、腹が膨れることだけを考えたサンドイッチ。働く人の為の食べ物だ。
比較をしてはみたものの、どちらも美味しく食べて貰う為に料理人が真面目に作ったものであることに違いはない。
欠片ひとつ残さぬよう、レオンはゆっくり味わって食べた。
「ミルクたっぷり入れた珈琲も、元の珈琲が違い過ぎるのか領地で飲むのと全然違うな」
乳脂肪に負けないふくよかな珈琲を飲んでひと息ついたところで、そろそろ寮に向かおうかと席を立とうとした。
そこへ、どこかで聞いた事のある声が耳に届いた。
「うふふ。あの時のローラったら緊張しちゃって、可愛らしかったわ」
「もう。そんなに揶揄わないでください、イザベル様」
「あら、いいじゃないの。おにいさまともとても仲がよろしくて。ずっと傍から離れようとされないんですもの。ふふ。あまりに愛らしいおふたりの様子に、わたくし、思い出すだけで笑顔になってしまうわ」
この会話をしているのが、誰と誰なのか。
レオンには、顔を見て確かめるまでもなかった。
ふたりの令嬢たちが甘いケーキと香り高い紅茶、そして会話をたっぷりと楽しみ、帰っていってからも、レオンは壁際の席から立つことはできなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
【完結】前世の恋人達〜貴方は私を選ばない〜
乙
恋愛
前世の記憶を持つマリア
愛し合い生涯を共にしたロバート
生まれ変わってもお互いを愛すと誓った二人
それなのに貴方が選んだのは彼女だった...
▶︎2話完結◀︎
待っていた大好きな彼が婚約者を連れて来た
クロユキ
恋愛
平民育ちのジョエルとエリスは同じ村で生まれた幼なじみでいつも遊んでいた。
仲が良いジョエルとエリスを見ていた同じ村の1つ下のアランは面白くなく二人を困らせていた。
15歳になったジョエルに街で商売をしている親戚のおじさんからジョエルを養子にと家族に話があった。
跡取りがいないおじさんの所へジョエルが養子になってくれる条件に毎月家族に仕送りの約束をした。
ジョエルは、おじさんの養子になり村を離れまた村にエリスに会いに行くとエリスに約束をして村を出た。
更新が不定期ですが、読んでもらえたらうれしいです。
誤字、脱字にすみません、よろしくお願いします。
この二人の政略結婚に異議ある者は、今すぐ申し出よ。さもなくば永遠に沈黙せよ。
待鳥園子
恋愛
ルーシャン公爵令嬢シェリルはウェイン伯爵令息ノアに一目惚れし、宰相を務める祖父に彼との政略結婚を頼み込んだ。
政略結婚を理由に大好きな人と結婚する直前の公爵令嬢が、あまりの罪悪感に耐えかねていたところに、まさかの出来事が起こって!?
王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。
佐藤 美奈
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。
「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」
もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。
先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。
結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。
するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。
ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
性格が嫌いだと言われ婚約破棄をしました
クロユキ
恋愛
エリック・フィゼリ子息子爵とキャロル・ラシリア令嬢子爵は親同士で決めた婚約で、エリックは不満があった。
十五歳になって突然婚約者を決められエリックは不満だった。婚約者のキャロルは大人しい性格で目立たない彼女がイヤだった。十六歳になったエリックには付き合っている彼女が出来た。
我慢の限界に来たエリックはキャロルと婚約破棄をする事に決めた。
誤字脱字があります不定期ですがよろしくお願いします。