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第一章:アーリーンの恋 【第二部】貴族学園で二度目の恋を
6.クラスメイトたちと
しおりを挟む学食事件以来、アーリーンがヤミソンの傍にいても誰からも何も言われることはなくなった。
それはエルドレッドの言葉のお陰だけではなく、ジジ・ウェルマ子爵令嬢が本当に退学になったりジャニー・ワイマン伯爵令嬢が休学することになったりしたということもあるが、なによりもアーリーン゠エバンゲリネ・ペイター侯爵令嬢その人の優秀さが露わになったからと言うことが大きかった。
「僕、第二王子なのに。忖度なしじゃないか。この一年間、一度も君を抜けなかった」
一学年の総括として、二学年度の組み分けテストもすべて終わり、その成績発表があったのだ。
「うふふ。ダンスと美術系は、殿下には敵いませんでしたから。その分、座学は譲りませんわ」
「美術系って。アーリーンは刺繍だって上手じゃないか」
「ジャンルが違うものは比べようがありませんものね」
アーリーンも運動音痴というほどではないのだが、如何せん令嬢の淑女教育では走り込みや筋力トレーニングをすることはない。勿論姿勢を保つ為に必要な筋力はあるがそれだけだ。切れよく動き続ける為の体力はそれほどではない。
「相変わらず仲がいいわね、おふたりさん」
「あら、ナディーン嬢。それほどでもあるわよ」
アーリーンは、ナディーンの揶揄いをこともなげに笑って答えた。
揶揄われたままでいると調子に乗ったナディーンに揶揄われ続けるのだ。
質の悪い冗談はそれより大きな冗談で返すことで断ち切れると知ったのは最近だったが、殊の外使い勝手が良いと知って以来、アーリーンは常用している。
「あらあらご馳走様ですこと。それで、いつご婚約されるのかしら?」
「まだ第一王子殿下も婚約をされていらっしゃらないのに。そのようなデリケートな話題を振るものではありませんわ」
ほほほ、とこれも常套句で切り捨てた。
アーリーンがエルドレッドの口から婚約者を探し始めたことを聞いてからすでに5年以上、6年近くの月日が経っている。
けれど未だにエルドレッド第一王子の婚約は成立していないし、候補者だという令嬢の名前が噂に上ることはあっても、その噂が続くことすらなかった。
何故婚約が成立していないのか。その理由はアーリーンには分からない。それをヤミソンに訊ねたことも無い。
学園でエルドレッドに近付いたこともないアーリーンには知る由もないことだ。
知ろうとも思わなかった。アーリーンには知る必要がないことだからだ。
ナディーンとの初対面は、お互いに最悪なものであったが、あの後それなりに和解できて、今は数少ないA組の女生徒として仲良くしている。
一学年が終わろうとしている今は、こうして冗談を交わすことも増えた。
「そうだよ。兄上の婚約者を決める方が先。僕の婚約は、そのずっとずっと、ずーーーーーーーーーーっと後だなぁ」
息が続くギリギリまで、ずを伸ばして答えるヤミソンに周囲が笑った。
アーリーンも、勿論一緒に笑う。
「あらあらあらあら。けれどそんなことになったら、アーリーンたら行き遅れになってしまうのではなくて? ご家族だって心配になるでしょう。待てなくなって、他の男性と婚約させられてしまうかもしれませんねぇ」
「貴族令嬢の婚姻は、家同士が決めるものですもの。それも仕方がありません」
「あら? アーリーンは恋と結婚は別派なのね。意外だわ」
「婚姻は義務であると、教えられてきましたから」
目を伏せ答える。冷静に言葉を返しながら、アーリーンはこの会話を早く終わらせる方法を懸命に考えていた。
冗談に冗談で返しているつもりだったのに。何故か今日のナディーンの絡み方はしつこかった。
「僕は、婚約相手には特別な存在だと思って欲しい。そう思える相手と結婚はするものだと思っているから」
「ヤミソン様」
「それで、ヤミソン様が考える特別な存在ってどういうものですか? 恋とは、違うものですか」
「……僕には、恋がまだわからないから。でも、その人の為なら、苦手なことでも頑張れたりする。そう思える人の傍にいられたらきっと一生幸せだと思うんだ」
「……すてきです! その考え方、とっても素敵だと思います。ヤミソン様! 私もそんな相手と結婚したいですぅ!」
がしっとヤミソンが座る席の机へとナディーンが取りすがる。
普段なら王族であるヤミソンに対する敬意をもって、決して近づいたりしない距離まで迫るその必死な様子に、アーリーンは目を瞬かせた。
「ナディーン様、どうかなされたのですか?」
宥めるように声を掛けると、ナディーンは恥ずかしげに「あの、えっと。失礼しました」と謝罪して、姿勢を正した。
「実は、二学年へと進級する前の長期休みに、あの……お、お見合いをすることに、なりまして」
「お見合いですか」
「はい。それが十も歳上で、辺境伯領所属の軍で大隊長を勤める方なのです」
「えぇと、わたくし達が今13歳ですから、23歳でしょうか。少し歳上ですが、貴族の婚姻としてはない訳ではありませんね」
「現在は24歳だそうです。私は二学年になってすぐの誕生日ですので」
「あぁなるほど」
「それにしても、その年齢でケイフォード辺境伯領軍の大隊長ですか。優秀な軍人なのですね」
「はい、とてもお強くて。領内の剣術大会で一昨年からずっと優勝されている方です」
「連続優勝。それは凄い!」
ヤミソンが目を瞠って褒めると、ナディーンは頬を染めて自分が褒められたかのように喜んだ。
「えぇ! それはもう見事な剣技でございました。今年は、学園に入学してしまいましたので観戦できませんでしたが、去年一昨年と、一番傍で応援しておりましたのよ」
頬を染め語る姿はどう見ても恋する乙女そのものだった。
「ねぇ、ナディーン様、それってもう恋……」
「い、いやですわ。ああああアーリーン様ったら、何を仰るのですか。私ごとき小娘が、マルティス様のような素晴らしい騎士さまに対してそのような大それた想いを抱くなんて」
「恋する気持ちに、資格なんていらないんじゃないかしら」
「アーリーンさま……でも」
「想いは止められないもの」
「アーリーン様も、そんな恋をされたことが?」
不安げに瞳を揺らしながら、ナディーンが問い掛ける。
だから、残念ながらと笑って、茶目っ気たっぷりに答えた。
「恋は堕ちるものだって、本にそう書いてありましたもの」
「あぁ、なんだ。さすが本の虫ですね。座学には自信ありのアーリーン様らしいです」
「ふふ。でしょう? でも、多分きっとそれは真実、なのよね」
「そう、かもしれません。私のこの気持ちを、彼に告げてもいいと、思いますか?」
「あら。それを恋愛経験ゼロのわたくしに問おうというの? ナディーン様ったら、チャレンジャーね」
「でもだって。他に相談できそうな方はいないのですもの」
見る間に肩を落として、ナディーンがしょんぼりとする。
常にはないその様子がおかしくて、アーリーンはヤミソンと目を合わせて共に笑顔になった。
「あなたの気持ちをきちんと伝えて、その上で大人なお相手に判断して戴けばいいと思うわ。どうせあなたのことだから、領主の娘である自分から見合いの席で告白されたら断れなくなるだろうって心配しているのでしょう」
「なんで分かるんですか」
「その程度には、ナディーン様とのお付き合いも長くなっているからですわ。あぁ、もしかして、仲良くしていると思っているのはわたくしだけだったかしら」
「そんなことないです! アーリーン様は、あれだけ悪態をついた私を優しく受け入れて下さって感謝しています。そ、尊敬も」
「まぁ。べた褒めね。ありがとうございます、ナディーン様。でも、そんなわたくしとより、お相手のマルティス様と知り合ってからの方が長いのでしょう? だったらきっと大丈夫ですわ。きちんとお伝えされることを、お勧めしますわ」
「はい。あの、振られたら、一緒にケーキをやけ食いするのに付き合って頂けますか? 王都のお店で、おいしいって評判のカフェがあるのです」
ナディーンが王都の中央通りに最近できたばかりのカフェの名前を挙げる。
名前だけはアーリーンも聞いたことのある店だ。
「振られる覚悟なのか。まぁいいだろう、その時は僕が奢ってあげるよ。好きなだけ食べればいい」
「ヤミソン様は誘ってません!」
「おい!」
仲が良さそうなふたりの会話に、何故かアーリーンは一瞬声が出せなくなった。
「?」
首を傾げるが、思い当たる節はない。
だが、多分きっと今の会話が、お見合いが不成立になること前提で話が続いているからだと納得する。
「えぇ。是非ご一緒しましょうね。けれど、わたくしとしては婚約が決まったお祝いをさせて欲しいわ」
「アーリーンさまぁ!」
わぁっと抱き着かれた。その背中を優しく撫でる。
「応援していますね、ナディーン様」
「安心して玉砕してくるといいぞ、ケイフォード辺境伯令嬢」
「もう! ヤミソン様とはご一緒しませんからねーっ!」
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