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しおりを挟むセレンジェールを介抱して疲れたのか、ディオンズは舟を漕いでいた。そして遠い記憶を思い出している。
瞼に浮かんだのは懐かしい庭園だった、広い園内は薔薇の花が咲き乱れており、やや香りがキツイとさえ思えた。少年は追いかけてくる従者を巻いて「クスクス」と笑っていた。
『はぁ、面白い。私の姿が見えないだけであのようにフフフッ』
最初はただ困らせて直ぐに姿を見せるつもりだった、ほんの数分だけ姿を隠し『やぁ!私はここだ、驚いたか!』とやってやろうとした。
だが、皇子は思ったよりも庭園深く潜ってしまい従者らは発見出来なかった。
『可笑しいな……とうにわかっても良さそうなのに』
急に不安を覚えたディオンズはガサリと大きく薔薇の葉を揺らして、ここにいるとアピールした。しかし、従者どころかメイドがパタパタ歩く音すら聞こえない。
『え、どうして?……爺や、レイモン?どこにいるんだ?』
周囲を見渡したが人っ子一人なかった、青褪めた皇子は先ほど来た道を戻る。だがしかし、いけども元来た道は皆同じような垣根ばかりで迷ってしまう。
『ど、どうしよう……道がわからなくなってしまった』
オロオロする皇子は途方に暮れた、真っ直ぐに突っ切れば庭園を抜けられるかも知れないと意を決したが、薔薇の垣根はそう容易く通してくれなかった。
『痛いッ!父上、母上……う、グスッこのまま私はここで朽ちるしかないのか?』
情けなくも泣きそうになった皇子はその場に蹲り動けなくなってしまう。
すると背後から『どうしたの?お腹痛い?』と声を掛けてくる少女の不安気な問いかけが聞こえたではないか。助かったと思った皇子は『ここはどこだ!』とつい声を荒げてしまう。
『ひっ!……何?ここは王宮庭園よ、貴方こそダァレ?』
『あ、……済まない。つい夢中になって』
目の前に現れた少女は儚げで、薄い金髪に白い顔をしており薔薇の中に消えてしましいそうだと思った。少年は『薔薇の妖精かと思った』とつい零した。
『まぁ、薔薇の妖精ですって?まさか!フフフッ面白いことを』
『ははっ……つい愚かな事を言ってしまった』
セレンジェール11歳、ディオンズ12歳の出会いだった。
話を聞いてみればここは庭園の端っこで、手入れ小屋のすぐ側だと聞かされた。
『ここは迷路になっていて余所者を拒むのよ、王宮なのだもの当然よね』
『なるほどそうか、私はバカなことをしたのだな』
後悔と懺悔をする皇子は身分を明かす、ディオンズ・ギガジェント帝国の第二皇子であると……。
すると恐れをなしたのか彼女は数歩下がり『セレンジェール・アルドワン公爵の娘です』と深々とお辞儀をした。だが畏まられると困るとディオンズは言う。
『ですが皇子殿下、私などが直接口を利くなど』
『良いんだ!こうして出会え私は救われたのだ!礼を言いたい!』
『まぁ、お礼だなんて滅相もございません』
彼女は益々畏怖して縮こまってしまう、そこで皇子は『ではこのようにすれば平気だろう?』と言って手を掴み『ニィッ』と笑う。それを唖然としているセレンジェールは何故だか可笑しくて仕方なくなった。
『うふっ!なんてことをなさるの?これでは畏まっている私がマヌケだわ!フフフフッ』
『ハハハッ!そうだろう?身分なんてどうだっていいんだよ!』
それからの二人は時々会うことを約束して、こっそりと薔薇園で会っていた。彼らはしがらみを忘れ、ただの少年少女の顔で語り合う。この僅かな時間がディオンズには宝だった。
『ねぇ、セレン。キミには決まった人がいるのかい?』
『ええ、いますよ。コランタム様です!とっても素敵なのよ!』
『……っ、そうか、そうなのか。幸せになってくれよ、そしてこの国を盛り立ててくれ』
『はい、もちろんです』
それから数週間の滞在を終えてディオンズは遠くギガジェント帝国へ帰って行った。
『さよなら、私の初恋……どうか達者で』
「はっ……あぁ夢か、酷く懐かしい夢だった」
彼は自嘲気味に笑い、傍らで寝息を立てているセレンジェールを見た。
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