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しおりを挟む秋の深まった湖畔は黄金色で水面に移る彩までも黄金に輝いていた。さすがに黄色一色の景色にニーナは目がしばしばした。それでも秋晴れの空は蒼く美しいと思う、アキアカネの群れが飛んいてその風物詩に感嘆する。
「どうかな、ちょっとばかり寒いが中々だろう?」
「え、あぁはい。そうですね、素晴らしい景色ですわ」
アルベルト・サルバティーニの問にそう答えるニーナはやはりぎこちなく笑う。彼の事が気に入らないわけではないのだが、大失恋したばかりのニーナは居心地が悪い。
それでも彼は気にせずに彼女をボートに誘う、常に紳士的に振る舞う仕草は洗練されていてスマートだ。
今まではニーナがアルミロを気遣い、どこに行くにも彼女が率先して動いていたのだ。そんな当たり前が崩れて彼女は驚くのだった。
「どうかしたかい?」
「え、あの……これがレディファーストかと驚いてまして、ちょっと擽ったいです」
「うん、なるほど。キミは元婚約者にあまり大事にされてなかったようだね」
「あ、ははは……」
ボートに乗るにも手を取られフワリと軽く抱きしめられた、それだけで”女の子”扱いされることの心地良さにドキドキする。つい、アルミロとの差をどうしても比べてしまう。
『凄いわ、これが当たり前なのね。アルミロだったらきっとボートに乗る時すら”手を貸せ”と言ったに違いないわ』
目から鱗の彼女は終始吃驚していた。そして心の平静さを失ってドギマギしてばかりだ。
「良い天気だなぁ。ほらごらんよ、水面が凪いで鏡のようだよ」
「ええ、そうですね!とっても綺麗だわ、なんて美しい」
うっとり水面を見つめる彼女は自然に笑うことが出来た、そこに映る細面の顔に見とれていた彼が「キミは本当に美しいよ、その水面すら私は切り取り欲しくなる」と言った。
「えぇ!?そんな事……」
いきなりそう言われて彼女は一気に顔を赤くする、まるで紅葉のようだ。
「ほんとうだよ、キミはとても美しい。あの会合の後、私はずっとキミを思っているんだ。一目惚れというやつかな」
「ま、まぁ……そんな事を言われたのは……」
ニーナは彼の顔を正面から見据えたのはこの時が初めてだった。それほどに余裕が無かったのである。ふふっと笑う彼はとても穏やかで鼻梁もツンと尖り美しく整っていた。薄浅葱色の瞳と白い顔、そして青みがった銀髪が微かに揺れている。
彼はそのまま湖に溶け消えてしまいそうなほど蒼く美しい男性だった。ニーナはしばし見惚れている自分に再び驚く、なんてはしたないと視線を湖に落とした。
「ん、少し寒いね岸へ戻ろうか?」
「いいえ、このままどうか。もう少しだけここにいたいです」
「そう、無理はしないでね」
彼女は心臓が跳ねるような動悸と戦い『あぁどうかこのまま時が止まらないかしら』と思っている。その感情は恋なのだと自覚するにはあまりに早かった。
***
「どうだった紅葉の美しい湖は、あそこは有名なスポットなんだよ」
「え、ええ。そうね素晴らしかったわ。あはは」
何処か狼狽えているニーナに従兄は「おや?」と気が付いた。そしてにんまりと笑うと「次も何処かへ連れて行って貰えよ」と揶揄う。
「次!?つぎなんてあるの?ど、どうしよう……」
「そりゃああるさ、わからないなら相当鈍感だと思うよ、きっと彼は攫ってしまいたいと思っていると思うね」
「んまぁ、なんてこと……」
顔を真っ赤にしたニーナは「嫌、嫌恥ずかしい」と顔を両手で隠した。
「あぁニーナ、あのまま攫ってしまいたかった!赤く染めた顔がとても可愛い」
サルバティーニ公爵家の一室でそう溜息を吐く彼は次は薔薇園にでも誘おうと想っていた。
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