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春遠からじ、そして相反する二人(ざまぁ)
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年が明けて初春、風はまだまだ冷たく私の頬を叩いてくる。
外套の襟を立てて馬車から降り2号店へと急ぐ、私の主な仕事は料理人の指導よ。
今回は王子も同行して店を訪ねることになったわ。
エスコートしようと手を差し出すがやんわり断る。
私達は共同経営者であっても、男女の仲ではないのだからね。
「つれないなぁ、もう少し心を開いてくれても良いのでは?」
「いいえ、けじめは必要でございます、殿下に醜聞がたったら困りますもの」
理由あり女の私は公衆の場で気やすく王子と接するのを避けている、好奇の目を向けられるのは遠慮したい。
互いの侍従を連れているので妙な噂は立たないと思うが用心した方が良いわ。
人々は常に面白おかしい噂話に飢えていることを知っているから。
特に貴族という生き物は揚げ足を取り合う厄介な存在だもの。
「やはり私が身分を捨てれば良いのかな、陛下が中々承諾してくれないのが困るよ」
「有能なディミアン殿下を手放すわけがないでしょう?貴方が持つ頭脳と技術が他国に流れたら甚大な損失ですわ」
彼の造るオーバーテクノロジーの品々に思う所はあるけど、便利だし重宝している。それに軍事国家にとられ悪用でもされたら世界が荒れる。
それだけは一国民として避けたいわ。
店の手前にきて、王子が歩を止めて言う。
「アリスは意地悪だ、私がなにも知らないとでも思ってるのかな、それとも私の気持ちを見ないふり?」
「え?なんの事でしょうか」
彼の美しい瞳に悲しみの色が見えた気がする。
私はなにか傷つけるようなことをしただろうか?これまでの事を必死に思い返すがわからない。
キラキラと眩しい美形が苦手な私だが、いまではすっかり見慣れてしまい、友人のように接触してきたつもりよ。
それとも、その気安い態度が良くなかったかしら。
不敬なことをしたのなら詫びますと頭を下げたが、王子は余計に不機嫌になられた。
どうして?言ってくれなきゃわからないわ。
すると王子が長身を折り曲げて私の耳元で囁いた。
それを聞いた私は一瞬耳を疑ったが、すぐに理解して顔を赤く染めた。
「で、殿下……私は」
***
俯瞰視点
一方、心躍る新年とはいかない二人がいた。
王都の西はずれに居を構えていた人物は、苦々しい表情でかつての我が家を見上げた。
その男の傍らで今後の生活に絶望した女が頽れて泣いている。
「こんなはずではなかったわ!どうして、あぁ……ここを失って私達はどうすれば良いの?」
グズグズと泣いてばかりの妻を忌々し気に見下ろすのはガバイカ前当主だ。
アフォ息子を好き勝手させてきたツケが回って来たところだ。
生活に困窮して、いよいよタウンハウスまで手放すことになった。
それなりの金額で売れたが、大半が借金返済で消えてしまった。
羽振りが良かった時代の生活レベルが下げられずにいた結果である。
年明けというのに前途多難になった老夫婦は途方に暮れた。
雇っていた使用人はすでに全員消えていたので、身支度は必要最低限に済ませる他なかった。
幾ばくかの小銭をかき集めて懐にしまう。じつに心許無い。
「あなたぁ!なんとか言ってくださいまし!」
金切声を上げて足元に縋る妻に、夫は乱暴に払い除けて離れた。
全てを失い、打ちひしがれているのはこちらも同じだと怒鳴るとその場から歩き出した。
妻は慌ててその背を追うが、歩幅を合わせてくれるほど夫は優しくなかった。
30年近くも連れ添ったというのに冷たいと後方から妻が煩く責めてくる。
だが、夫にはそれが耳障りな騒音にしか聞こえない。
夫婦仲はとっくに冷めていたのだろう。
「ねぇ!貴方ったら!こうなれば本邸に戻る他ないわね、恥を承知で帰るしかないわ。ねぇ、馬車は?馭者はどこよ使えないったらないわ、ねぇったら!」
未だ事態を把握しようとしない愚妻に、夫は本気で切れた。
「いい加減に目を覚ませ!馬車などとっくに売っただろうが、我らには帰る場所などないわ!半年前にスペンサー家と交わした契約を忘れたのか!?」
だが、お恍け顔の妻が頬に手を当ててこう言う。
「え?な、なんのことよ。あ、思い出したわ融資のことでしょう?スゴイ金額だったわね、アリスの為ならばと奮発したのでしょうけど、それがなんだと言うの?婚家に融資するのは当然でなくって?」
そう言いながらトランクが重いからどうにかしろと癇癪を起す始末だ。
融資と引き換えに差し出した代償の重さを、妻は端から欠如していたことに夫は呆れた。
都合の悪い事は素通りして、金のことしか興味がないのだろう。
「やっぱり契約の事を何も理解していなかったのだな」とうとう夫は匙を投げた。
「おい、ここで今生の別れだ。達者でな、言っておくが付きまとっても無駄だぞ。離縁状は俺が出しておくからな、さらばだ」
夫は三行半を突きつける宣言をして、スタスタと辻馬車を探しに街の中に消えて行った。
わけのわからない妻は必死に追ったが、すぐに見失った。
「あの人が私を裏切った……?なぜ、どうして。従順な妻でいたじゃない!貴方の言うがまま生きてきたじゃないの!」
女は地団駄を踏んで暫く佇んでいたが名案が閃いたとばかりに笑みを浮かべると、とある家へと歩きだした。
「金が無いなら、あるところから毟り取れば済むことだわ!」
女は意気揚々とトランクを引き摺り歩き出した。
行き先は高級住宅街の大邸宅だった。
外套の襟を立てて馬車から降り2号店へと急ぐ、私の主な仕事は料理人の指導よ。
今回は王子も同行して店を訪ねることになったわ。
エスコートしようと手を差し出すがやんわり断る。
私達は共同経営者であっても、男女の仲ではないのだからね。
「つれないなぁ、もう少し心を開いてくれても良いのでは?」
「いいえ、けじめは必要でございます、殿下に醜聞がたったら困りますもの」
理由あり女の私は公衆の場で気やすく王子と接するのを避けている、好奇の目を向けられるのは遠慮したい。
互いの侍従を連れているので妙な噂は立たないと思うが用心した方が良いわ。
人々は常に面白おかしい噂話に飢えていることを知っているから。
特に貴族という生き物は揚げ足を取り合う厄介な存在だもの。
「やはり私が身分を捨てれば良いのかな、陛下が中々承諾してくれないのが困るよ」
「有能なディミアン殿下を手放すわけがないでしょう?貴方が持つ頭脳と技術が他国に流れたら甚大な損失ですわ」
彼の造るオーバーテクノロジーの品々に思う所はあるけど、便利だし重宝している。それに軍事国家にとられ悪用でもされたら世界が荒れる。
それだけは一国民として避けたいわ。
店の手前にきて、王子が歩を止めて言う。
「アリスは意地悪だ、私がなにも知らないとでも思ってるのかな、それとも私の気持ちを見ないふり?」
「え?なんの事でしょうか」
彼の美しい瞳に悲しみの色が見えた気がする。
私はなにか傷つけるようなことをしただろうか?これまでの事を必死に思い返すがわからない。
キラキラと眩しい美形が苦手な私だが、いまではすっかり見慣れてしまい、友人のように接触してきたつもりよ。
それとも、その気安い態度が良くなかったかしら。
不敬なことをしたのなら詫びますと頭を下げたが、王子は余計に不機嫌になられた。
どうして?言ってくれなきゃわからないわ。
すると王子が長身を折り曲げて私の耳元で囁いた。
それを聞いた私は一瞬耳を疑ったが、すぐに理解して顔を赤く染めた。
「で、殿下……私は」
***
俯瞰視点
一方、心躍る新年とはいかない二人がいた。
王都の西はずれに居を構えていた人物は、苦々しい表情でかつての我が家を見上げた。
その男の傍らで今後の生活に絶望した女が頽れて泣いている。
「こんなはずではなかったわ!どうして、あぁ……ここを失って私達はどうすれば良いの?」
グズグズと泣いてばかりの妻を忌々し気に見下ろすのはガバイカ前当主だ。
アフォ息子を好き勝手させてきたツケが回って来たところだ。
生活に困窮して、いよいよタウンハウスまで手放すことになった。
それなりの金額で売れたが、大半が借金返済で消えてしまった。
羽振りが良かった時代の生活レベルが下げられずにいた結果である。
年明けというのに前途多難になった老夫婦は途方に暮れた。
雇っていた使用人はすでに全員消えていたので、身支度は必要最低限に済ませる他なかった。
幾ばくかの小銭をかき集めて懐にしまう。じつに心許無い。
「あなたぁ!なんとか言ってくださいまし!」
金切声を上げて足元に縋る妻に、夫は乱暴に払い除けて離れた。
全てを失い、打ちひしがれているのはこちらも同じだと怒鳴るとその場から歩き出した。
妻は慌ててその背を追うが、歩幅を合わせてくれるほど夫は優しくなかった。
30年近くも連れ添ったというのに冷たいと後方から妻が煩く責めてくる。
だが、夫にはそれが耳障りな騒音にしか聞こえない。
夫婦仲はとっくに冷めていたのだろう。
「ねぇ!貴方ったら!こうなれば本邸に戻る他ないわね、恥を承知で帰るしかないわ。ねぇ、馬車は?馭者はどこよ使えないったらないわ、ねぇったら!」
未だ事態を把握しようとしない愚妻に、夫は本気で切れた。
「いい加減に目を覚ませ!馬車などとっくに売っただろうが、我らには帰る場所などないわ!半年前にスペンサー家と交わした契約を忘れたのか!?」
だが、お恍け顔の妻が頬に手を当ててこう言う。
「え?な、なんのことよ。あ、思い出したわ融資のことでしょう?スゴイ金額だったわね、アリスの為ならばと奮発したのでしょうけど、それがなんだと言うの?婚家に融資するのは当然でなくって?」
そう言いながらトランクが重いからどうにかしろと癇癪を起す始末だ。
融資と引き換えに差し出した代償の重さを、妻は端から欠如していたことに夫は呆れた。
都合の悪い事は素通りして、金のことしか興味がないのだろう。
「やっぱり契約の事を何も理解していなかったのだな」とうとう夫は匙を投げた。
「おい、ここで今生の別れだ。達者でな、言っておくが付きまとっても無駄だぞ。離縁状は俺が出しておくからな、さらばだ」
夫は三行半を突きつける宣言をして、スタスタと辻馬車を探しに街の中に消えて行った。
わけのわからない妻は必死に追ったが、すぐに見失った。
「あの人が私を裏切った……?なぜ、どうして。従順な妻でいたじゃない!貴方の言うがまま生きてきたじゃないの!」
女は地団駄を踏んで暫く佇んでいたが名案が閃いたとばかりに笑みを浮かべると、とある家へと歩きだした。
「金が無いなら、あるところから毟り取れば済むことだわ!」
女は意気揚々とトランクを引き摺り歩き出した。
行き先は高級住宅街の大邸宅だった。
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