(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)

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閑話 苦くて苦くて、甘い

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「――新店舗でございますか?」
いつものように押しかけてきた王子に辟易しつつ、再現した大福とどら焼きを頬張る。
うん、甘くて美味しいわ。この餡子のまったりした味わいは日本人にしかわからないでしょう。

と、思っていたのだけど餡子の美味さを王都の人々は受け入れてしまったわ。
小豆を仕入れてくれたのは王子なの、もっと早く強請れば良かった。

はしたなくがっつく私に負けじと、王子も再現された郷土の甘味に夢中だ。
ちなみに冬の間は、ドーナツ店でお汁粉を提供していたわ。


「うん、どら焼きが美味い。ところで例の定食屋が盛況過ぎて店舗を広く改装しようにも土地が狭いからね。だから二号店を作ろうと思ったんだ」

王子はお茶を啜りながら勝手に話を進めている。
新店は良いけれど、私は些か不満を持っていた。
乗り気でない様子の私に気が付いて、王子が怪訝な顔を向けて「どうしたの?」と聞く。

「……殿下、私との約束を忘れてしまわれたのですね。ガッカリですわ、私はこのままでは辛くて儚くなりそう」
大袈裟に嘆くものだから、王子はギョッとして対面に座る私の方へ駆け寄る。

「アリス!?どうしたの、仕事をし過ぎたのかな過労は良くないぞ!すぐに医者を呼ぼう」
「んもう!そうではありませんわ、殿下が反故にされるから悲しいのです!」

なんの事だったかと王子は頭を捻るばかりだった。
仕方なく、とある書面を私はテーブルに叩きつけた。

少々、不敬な態度かと思ったが約束を忘れる方が悪いですのよ。

菓子を食べる手を止めて王子が羊皮紙に目を通す。
すると「しまった、迂闊だったよ」と呟き、早急に手配しようと詫びてきた。

「で、では仕入先が発見できたのですね!素晴らしいわ!それはいつ届きますの!?楽しみ過ぎて鼻血が噴き出そう!きゃー!うきゃー!」
「あ……あぁ、ちょっと落ち着いて?アリスの気持ちはわかるけれどね」

ちょっと引き気味の王子、しまった素が出ていたわ。
我を忘れて後半の私の言葉は完全に前世のものだった、いけないいけない!


仕入れ先の国は特定できたが、希少なうえに輸送コストがかなりかかるそうだ。
でも、和食を再現した私へのご褒美ですから奮発してくださる。

味噌はほんとうに骨が折れたわ、油断するとすぐに黴てしまったり、でも納豆は割と簡単にできたのよね。
蒸した大豆を藁で包み、保温して発酵させれば独特のあの粘りと風味が再現できた。

藁には納豆菌が棲んでいるの、不思議よね。
煮沸しても在来の納豆菌だけが死滅しないのよ。どれほど強いのかと呆れるわ。

酒造元が嫌うはずだと改めて納得した。

この納豆は食堂では賛否両論があって、客同士で論争が勃発したほどよ。
匂いが強烈だから仕方ないのだけど、王子のゴリ押しで常備しているの。栄養があって美味しいけれど浸透は難しいかもしれない。


***

2号店の開店話から半月のある日。

屋敷の研究室兼キッチンで餡子炊きをしていると廊下がバタバタと騒がしくなった。
いつもの事だと理解した私は気にせず作業する。
しかし、侍女が交代しますと強引に大きなシャモジを取り上げる。

む~。この作業好きなんだけどな。

「お嬢様は殿下を迎える仕度をしてくださいませ」
「はぁーい」

額に滲んだ汗を拭い、応接室へと急いだ。
そうよ、頻繁に訪問するものだから王子の足音をおぼえてしまったの。
侍従達もしかり。


応接室のドアを開ければ王子が待ってましたとばかりに立ち上がった。
主人の帰宅を待つ犬みたい……断頭台行きになりそうな不敬なことを腹内で呟き丁寧に挨拶する。

「アリス!そういうのは省いていいから、早くこっちへ!」
はいはい、今度はなにを作ったんですか?
新型の炊飯器だと嬉しいな。


王子の後ろに控える侍従が丁寧に包まれたそれを私の侍女へ手渡した。
毎度、もどかしい作業だわね。

「拝見しますわ」
私はテーブルについて、侍女からそれを受け取った。
布を除けるとゴロリとした膨らみが現れた、やや長めの卵型をしたそれが神々しく見えたわ。

「カカオ豆!わーーー!前世でも本物を触ったことがないわ!凄いスゴイ!」
ハイテンションの私に周囲がびっくりしていたが、そんなのどうでも宜しい。


さっそくローストしてすり潰してそれから……。
あぁ、早く食べたい。いや、最初は飲むべき?
そういえばココアは薬としても重宝されてたわね。

ポリフェノールとカフェインと……それから。

あまりに夢中で王子の言葉が耳に入ってこない、ちょっと煩いなとさえ思ってしまった。
「アリス!アリス、アリスったら!落ち着いて!ちゃんと焙煎した実も仕入れているからね、それから職人も呼んでいる」
「え?あぁ……そうでしたの、嫌だ私ったらつい」


どうやら生の状態の物はこれだけみたい。
そうよね、原産地は遠いもの焙煎して持ってこなければ保存状態が悪くなりそうね。

アーモンドによく似たそれが袋いっぱいに詰められて目の前に現れた。
香ばしいカカオの風味にうっとりしちゃう。


私がお願いしたご褒美はチョコレートよ。
あぁ、叶う日がやってくるなんて!信じられない。


それからすぐに南国から呼び寄せた職人さんがショコラという飲み物を作ってくれた。
原液が物凄く苦いことを知っている私は先ずは香を楽しんだわ。

それを知らないらしい王子は出されたまま飲んでしまい「ふぎゃー!」と悲鳴を上げていた。
ぷっ……ごめんなさい。

「に、にがー!!!なんだこれはチョコは甘いんじゃないのか!?ぺっぺ!」
あまりの不快な苦みに吐きそうだと王子が涙目になった。

「殿下、カカオ豆は砂糖を入れて加工しないと甘くないんですよ?それからミルクも淹れた方が良いかと」

王子はカカオの真実に動転したのか、チョコが嫌いになりそうだと嘆く。
ほんと私達は知識に偏りがあり過ぎね。


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