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欲の街に飲まれた人々 (ざまぁ)
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俯瞰視点
南方の貿易街は真冬に入っても穏やかな気候だった。
行き交う人々も富裕層がほとんどなので、警備兵も多く常駐しており治安はかなり良い。
しかし、それでも隙をついて悪事を働くネズミはどこにでも湧いてくる。
きょうも街角でひったくりが捕まったと、ちょっとした騒ぎがあった。
懲りないヤツがいるものだと捕り物劇を傍観する人々が囁き合っては散る。
活気に溢れる街であったが、懐事情が寂しい者が皆無なわけでもない。
運悪く荷馬車が盗賊に襲われ交易に失敗したり、商談が遅々として進まない者は路頭に迷うこともある。
商人につきまとうリスクは少なくないのだ。もちろん、大成すれば一財産稼げるが保障はない。
そして、金が集まる所には様々な誘惑が発生する。
違法ギリギリに営業する怪しい店も多い、その中にはカジノ店も含まれた。
調子に乗ってカモにされた輩が、素寒貧にされて肩を落として歩いているのも珍しくはない。
それでもこの街に居つくのは巻き返す一攫千金のチャンスが転がっているからだ。
野望を抱く男達にとって、交易街は良くも悪くも夢の街なのである。
欲が渦巻くその街で、自堕落な生活に溺れたらしいアフォが朝焼けの空を恨めしそうに睨んでいた。
当主の責務を放棄したイーライだった。
この街に逗留してすぐに散財した彼は、数日もせずに文無しになるところまで追い詰められていた。
落ちたきっかけは女絡みだ、ポリーに愛想を尽かした彼が求めたのは現実を忘れさせてくれる可憐な花たち。
仮初の恋とわかっていても、甘く優しく誘惑してくる彼女たちに魅入られて抜け出せなくなっていた。
もとより世間知らずの彼が欲の街に飲まれたのは当然だったのだろう。
貴族は裕福で当然、優遇されて当然、護られて当然と。ぬるま湯に浸かった育て方をされたイーライは不幸だったのかもしれない。
生活費が底を突きかけた彼は、ガバイカ家の留守を守る家令に金の無心をした。
しかし、待てど暮らせど返事は来なかった。
とうとう手紙を出す金もなくなって途方に暮れた。
近いうちにポリー達も安宿からも追い出されるだろう。
出来損ないの主を持った侍女と護衛は日雇いの仕事をして小銭を稼いだが、すべてポリーに巻き上げられるので仕える義理はないと判断して逃げて行った。
***
戻らないイーライと侍従たちに、苛立つ日々を過ごすポリーは後払いと称して宿に寄生していた。
だが金が払えないとバレる日がやってきた。宿の主人に宿泊料の代わりに装飾品を奪われてポリーは叩きだされた。
貴族の暮らしに慣れてしまったポリーは働いて稼ぐということを嫌がった。
仕方なく、行方の知れないイーライを探して歩き回った。
腹が空くと繁華街に立ち寄っては金持ちそうな男に媚を売り奢らせた。
だが、薄汚くなっていくと話しかけるのもままならない。
欲の街にはいくらでも美女がいるからだ、中の下程度の容姿では相手にされないのだ。
終いには街で一番俗悪な娼館の下働きにまで落ちた。
「どうして私が下働きなの!?私くらい可愛かったら上客がつくわよ!」
雇われてすぐに廓主に詰め寄ったが相手にされなかった。
「てめぇは鏡を見たことがないのか?干乾びたミミズの分際で客が取れるものか」
「ミ、ミミズ!?酷い!あんまりだわ!」
「ギャーギャーうるせぇな逆らうならクビだ、代わりならいくらでもいるぞ」
「そ、そんな……それだけは嫌よぉ!」
けんもほろろな態度をされて愕然としたが、寝泊まる場所を失うのは避けたいポリーは渋々引き下がった。
あまりに悔しくて、いつも下唇を噛んで掃除していた彼女は娼婦たちに出っ歯ミミズと揶揄された。
矜持をとことん潰された彼女は悪態を返す気概も失せた。
下品な化粧の娼婦さえポリーの目には羨ましく映る。
絶望の日々を暮らすポリーだったが、時間があくとイーライを探して回った。
恋心はほとんどないが唯一の金蔓だった彼を探すしかないのだ。
かつての恋人が浮浪者同然になったとは知らないポリーは諦めなかった。
ワガママばかりで彼に捨てられたと思っていた彼女は今更に後悔していた。
「ほんの二月前は豪華なホテルでご馳走を食べていたのに……」
北の避暑地で過ごした幸せな記憶を、藁ゴザの上で思い出しては涙を流した。
食事も残飯ばかりでみじめなものだ、木の皿には食べかけの黴パン、そこに集る蠅がブンブン煩い。
「私は蠅以下になったのかもしれない」
痩せこけた体を摩って、ポリーは漸く身の程を知った。
ただの平民だった娘が本来いるべきところに戻っただけなのだが、甘い汁を吸ってきた彼女は諦めきれない。
「どこにいるのよイーライ!貴方は言ったわ、私の笑顔があれば何も要らないって!戻ってきてよ、迎えに来なさいよ!これは悪い夢なんだって言いなさいよ!私が笑えるようにしなさいよ!うわああああぁああ!」
薄汚い地下の洗濯部屋でポリーの泣き声は一晩中続いた。
それから、憔悴して相貌がすっかり変わり果てたイーライと再会したのは春先のことだった。
南方の貿易街は真冬に入っても穏やかな気候だった。
行き交う人々も富裕層がほとんどなので、警備兵も多く常駐しており治安はかなり良い。
しかし、それでも隙をついて悪事を働くネズミはどこにでも湧いてくる。
きょうも街角でひったくりが捕まったと、ちょっとした騒ぎがあった。
懲りないヤツがいるものだと捕り物劇を傍観する人々が囁き合っては散る。
活気に溢れる街であったが、懐事情が寂しい者が皆無なわけでもない。
運悪く荷馬車が盗賊に襲われ交易に失敗したり、商談が遅々として進まない者は路頭に迷うこともある。
商人につきまとうリスクは少なくないのだ。もちろん、大成すれば一財産稼げるが保障はない。
そして、金が集まる所には様々な誘惑が発生する。
違法ギリギリに営業する怪しい店も多い、その中にはカジノ店も含まれた。
調子に乗ってカモにされた輩が、素寒貧にされて肩を落として歩いているのも珍しくはない。
それでもこの街に居つくのは巻き返す一攫千金のチャンスが転がっているからだ。
野望を抱く男達にとって、交易街は良くも悪くも夢の街なのである。
欲が渦巻くその街で、自堕落な生活に溺れたらしいアフォが朝焼けの空を恨めしそうに睨んでいた。
当主の責務を放棄したイーライだった。
この街に逗留してすぐに散財した彼は、数日もせずに文無しになるところまで追い詰められていた。
落ちたきっかけは女絡みだ、ポリーに愛想を尽かした彼が求めたのは現実を忘れさせてくれる可憐な花たち。
仮初の恋とわかっていても、甘く優しく誘惑してくる彼女たちに魅入られて抜け出せなくなっていた。
もとより世間知らずの彼が欲の街に飲まれたのは当然だったのだろう。
貴族は裕福で当然、優遇されて当然、護られて当然と。ぬるま湯に浸かった育て方をされたイーライは不幸だったのかもしれない。
生活費が底を突きかけた彼は、ガバイカ家の留守を守る家令に金の無心をした。
しかし、待てど暮らせど返事は来なかった。
とうとう手紙を出す金もなくなって途方に暮れた。
近いうちにポリー達も安宿からも追い出されるだろう。
出来損ないの主を持った侍女と護衛は日雇いの仕事をして小銭を稼いだが、すべてポリーに巻き上げられるので仕える義理はないと判断して逃げて行った。
***
戻らないイーライと侍従たちに、苛立つ日々を過ごすポリーは後払いと称して宿に寄生していた。
だが金が払えないとバレる日がやってきた。宿の主人に宿泊料の代わりに装飾品を奪われてポリーは叩きだされた。
貴族の暮らしに慣れてしまったポリーは働いて稼ぐということを嫌がった。
仕方なく、行方の知れないイーライを探して歩き回った。
腹が空くと繁華街に立ち寄っては金持ちそうな男に媚を売り奢らせた。
だが、薄汚くなっていくと話しかけるのもままならない。
欲の街にはいくらでも美女がいるからだ、中の下程度の容姿では相手にされないのだ。
終いには街で一番俗悪な娼館の下働きにまで落ちた。
「どうして私が下働きなの!?私くらい可愛かったら上客がつくわよ!」
雇われてすぐに廓主に詰め寄ったが相手にされなかった。
「てめぇは鏡を見たことがないのか?干乾びたミミズの分際で客が取れるものか」
「ミ、ミミズ!?酷い!あんまりだわ!」
「ギャーギャーうるせぇな逆らうならクビだ、代わりならいくらでもいるぞ」
「そ、そんな……それだけは嫌よぉ!」
けんもほろろな態度をされて愕然としたが、寝泊まる場所を失うのは避けたいポリーは渋々引き下がった。
あまりに悔しくて、いつも下唇を噛んで掃除していた彼女は娼婦たちに出っ歯ミミズと揶揄された。
矜持をとことん潰された彼女は悪態を返す気概も失せた。
下品な化粧の娼婦さえポリーの目には羨ましく映る。
絶望の日々を暮らすポリーだったが、時間があくとイーライを探して回った。
恋心はほとんどないが唯一の金蔓だった彼を探すしかないのだ。
かつての恋人が浮浪者同然になったとは知らないポリーは諦めなかった。
ワガママばかりで彼に捨てられたと思っていた彼女は今更に後悔していた。
「ほんの二月前は豪華なホテルでご馳走を食べていたのに……」
北の避暑地で過ごした幸せな記憶を、藁ゴザの上で思い出しては涙を流した。
食事も残飯ばかりでみじめなものだ、木の皿には食べかけの黴パン、そこに集る蠅がブンブン煩い。
「私は蠅以下になったのかもしれない」
痩せこけた体を摩って、ポリーは漸く身の程を知った。
ただの平民だった娘が本来いるべきところに戻っただけなのだが、甘い汁を吸ってきた彼女は諦めきれない。
「どこにいるのよイーライ!貴方は言ったわ、私の笑顔があれば何も要らないって!戻ってきてよ、迎えに来なさいよ!これは悪い夢なんだって言いなさいよ!私が笑えるようにしなさいよ!うわああああぁああ!」
薄汚い地下の洗濯部屋でポリーの泣き声は一晩中続いた。
それから、憔悴して相貌がすっかり変わり果てたイーライと再会したのは春先のことだった。
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