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自分の赤い糸が見えません
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社交界は夜会シーズン真っただ中である。
アリシアの憂鬱な気分などおかまいなしに、今夜もとある公爵家では夜会が催されていた。
仕方なく出席しているアリシアは、見るからに幸せ一杯なジェシカとミシェルを見て、溜息を吐いた。
ミシェルまで婚約者ができるなんて。
しかも相手はお兄様!
二人が両片思いだったなんて、全く気付かなかったわ……。
ミシェルはシルヴァンに妹扱いされるのが嫌で、一生懸命大人っぽく見せていたことが判明。
一方、シルヴァンも妹のように思っていたミシェルが日に日に美しく、自分好みの女性に成長していくことに困惑し、まともに顔を合わせられなくなっていたそうだ。
だからお兄様は夜会の度にどこかへ行ってしまっていたのね。
——って、中坊か!
ミシェルがやたら大人びたドレスやメイクばかり選ぶのも、お兄様と釣り合いたいからだったなんて思いもしなかったわ。
いじらしいじゃないの。
二組のカップルが放つハッピーオーラに当てられたアリシアは、今日も美味しそうな料理が盛られた皿を手にしているが、全く食欲が湧かなかった。
顔見知りになっている給仕の男性が、気を利かせて彼女の好物を盛り付けてくれたのだが、フォークで突くだけで食べる気力がまるで出ない。
華やかな会場に一人ポツンと立っているのだから、心細く感じても無理はなかった。
シルヴァンとミシェルの婚約も、先日つつがなく結ばれた。
よって、今夜のアリシアをエスコートしているのは兄ではなく、父である。
いつまでもフラフラしていた長男が、ミシェルというしっかり者の伯爵令嬢を射止めたことで、父が大喜びで周囲に報告をしているのが見える。
一人で立ちすくむアリシアに、声をかけてくる令嬢がいた。
振り返れば、金色に輝く巻き毛が今日も派手派手しい、侯爵令嬢のクロエだった。
「あら、ご友人たちが婚約されて寂しそうね。だからいつも私が言っているでしょう? 食べてばかりいないで、お相手を探しなさいと」
「クロエ様……」
確かにクロエは、いつもモグモグしている「食道楽トリオ」のアリシアたちに、もっと積極的に令息に関わるようにと叱咤激励していた。
おせっかいだと感じ、いつも三人で適当にあしらっていたが、今思うと彼女の言い分は正しかったのだろう。
「いつも三人だけで固まって、他の方と交流をもたないからこういうことになるのです。だいたいアリシアさまは……」
「ううっ、クロエ様はいつだって正しいですよ。どうせ私は食い意地の張った、ダメな女なんです……」
世界に一人取り残されたような、心許ない気がしていたアリシアに、クロエの指摘は効き過ぎた。
普段なら聞き流せるような言葉にも涙がこみ上げ、俯いてしまうアリシア。
そんな彼女の様子に、慌てたのはクロエのほうだった。
「ちょっと、そんなに落ち込むことはないでしょう! 今からだって遅くはないのだから。ほら、涙を拭いて。せっかくの可愛い顔が台無しじゃない」
「ふええ……」
『困った子ね』と言わんばかりに、クロエがアリシアの涙をハンカチで拭ってくれる。
以前は、同い年だというのに世話焼き気質のクロエに、アリシアは若干の苦手意識を持っていた。
正論ばかり言う彼女に、つい反抗したくなってしまったのだ。
しかし、今夜ばかりはクロエのおせっかいもありがたく感じられる。
「いつも能天気なあなたが、こんなに落ち込むなんてね。二人の婚約がそんなにショックだったの?」
クロエが首を傾げているが、アリシアの元気がない理由は、寂しさだけが原因ではなかった。
実は、ミシェルの赤い糸が見えた後、アリシアは自分の指にも赤い糸が見えるのではないかと考えたのだ。
もし見えたなら、糸を辿って相手の人に話しかけてみるのもいいかもしれない。
恋が芽生えちゃったりして——!?
そんなことを考え、ドキドキしながら自分の右手の小指を見たら——赤い糸なんて影も形も無かったのである。
そこには、ただ普通に小指があるだけだった。
どうして?
あ、二人の糸が見えた時は、確か触れながら恋の応援をしようと思っていたのよね。
よし、左手で右手を握りながら、『私の恋が叶いますように!』って祈ってみるのはどうかしら。
ギュッと目を瞑って祈り、うっすらと目を開きながら小指を見たが、やっぱり赤い糸は見えない。
小指を動かしてみたり、強く念じても糸は現れなかった。
ええっ、自分の糸は見えないものなのかしら?
それとも、好きな人がいないと力が発揮されないとか?
結果、赤い糸の力で婚約者を見つけようとしていたアリシアは、あっさりと失敗したのだった。
再び意気消沈してしまったアリシアの前で、焦ったクロエが誰かを呼び始めた。
こんなに落ち込んでいるアリシアを見たことがなかった彼女は、とうとう自分の手に負えないと判断したらしい。
「クロエ、呼んだかい?」
「ああ、お兄様。アリシア様のお相手をお願いしても?」
「それはもちろん構わないが……アリシア嬢? どうしたんだ? 何か辛いことでも?」
金髪のイケメンがアリシアの顔を覗き込んでいる。
クロエが呼んだのは、彼女の兄のエリオットだった。
アリシアの憂鬱な気分などおかまいなしに、今夜もとある公爵家では夜会が催されていた。
仕方なく出席しているアリシアは、見るからに幸せ一杯なジェシカとミシェルを見て、溜息を吐いた。
ミシェルまで婚約者ができるなんて。
しかも相手はお兄様!
二人が両片思いだったなんて、全く気付かなかったわ……。
ミシェルはシルヴァンに妹扱いされるのが嫌で、一生懸命大人っぽく見せていたことが判明。
一方、シルヴァンも妹のように思っていたミシェルが日に日に美しく、自分好みの女性に成長していくことに困惑し、まともに顔を合わせられなくなっていたそうだ。
だからお兄様は夜会の度にどこかへ行ってしまっていたのね。
——って、中坊か!
ミシェルがやたら大人びたドレスやメイクばかり選ぶのも、お兄様と釣り合いたいからだったなんて思いもしなかったわ。
いじらしいじゃないの。
二組のカップルが放つハッピーオーラに当てられたアリシアは、今日も美味しそうな料理が盛られた皿を手にしているが、全く食欲が湧かなかった。
顔見知りになっている給仕の男性が、気を利かせて彼女の好物を盛り付けてくれたのだが、フォークで突くだけで食べる気力がまるで出ない。
華やかな会場に一人ポツンと立っているのだから、心細く感じても無理はなかった。
シルヴァンとミシェルの婚約も、先日つつがなく結ばれた。
よって、今夜のアリシアをエスコートしているのは兄ではなく、父である。
いつまでもフラフラしていた長男が、ミシェルというしっかり者の伯爵令嬢を射止めたことで、父が大喜びで周囲に報告をしているのが見える。
一人で立ちすくむアリシアに、声をかけてくる令嬢がいた。
振り返れば、金色に輝く巻き毛が今日も派手派手しい、侯爵令嬢のクロエだった。
「あら、ご友人たちが婚約されて寂しそうね。だからいつも私が言っているでしょう? 食べてばかりいないで、お相手を探しなさいと」
「クロエ様……」
確かにクロエは、いつもモグモグしている「食道楽トリオ」のアリシアたちに、もっと積極的に令息に関わるようにと叱咤激励していた。
おせっかいだと感じ、いつも三人で適当にあしらっていたが、今思うと彼女の言い分は正しかったのだろう。
「いつも三人だけで固まって、他の方と交流をもたないからこういうことになるのです。だいたいアリシアさまは……」
「ううっ、クロエ様はいつだって正しいですよ。どうせ私は食い意地の張った、ダメな女なんです……」
世界に一人取り残されたような、心許ない気がしていたアリシアに、クロエの指摘は効き過ぎた。
普段なら聞き流せるような言葉にも涙がこみ上げ、俯いてしまうアリシア。
そんな彼女の様子に、慌てたのはクロエのほうだった。
「ちょっと、そんなに落ち込むことはないでしょう! 今からだって遅くはないのだから。ほら、涙を拭いて。せっかくの可愛い顔が台無しじゃない」
「ふええ……」
『困った子ね』と言わんばかりに、クロエがアリシアの涙をハンカチで拭ってくれる。
以前は、同い年だというのに世話焼き気質のクロエに、アリシアは若干の苦手意識を持っていた。
正論ばかり言う彼女に、つい反抗したくなってしまったのだ。
しかし、今夜ばかりはクロエのおせっかいもありがたく感じられる。
「いつも能天気なあなたが、こんなに落ち込むなんてね。二人の婚約がそんなにショックだったの?」
クロエが首を傾げているが、アリシアの元気がない理由は、寂しさだけが原因ではなかった。
実は、ミシェルの赤い糸が見えた後、アリシアは自分の指にも赤い糸が見えるのではないかと考えたのだ。
もし見えたなら、糸を辿って相手の人に話しかけてみるのもいいかもしれない。
恋が芽生えちゃったりして——!?
そんなことを考え、ドキドキしながら自分の右手の小指を見たら——赤い糸なんて影も形も無かったのである。
そこには、ただ普通に小指があるだけだった。
どうして?
あ、二人の糸が見えた時は、確か触れながら恋の応援をしようと思っていたのよね。
よし、左手で右手を握りながら、『私の恋が叶いますように!』って祈ってみるのはどうかしら。
ギュッと目を瞑って祈り、うっすらと目を開きながら小指を見たが、やっぱり赤い糸は見えない。
小指を動かしてみたり、強く念じても糸は現れなかった。
ええっ、自分の糸は見えないものなのかしら?
それとも、好きな人がいないと力が発揮されないとか?
結果、赤い糸の力で婚約者を見つけようとしていたアリシアは、あっさりと失敗したのだった。
再び意気消沈してしまったアリシアの前で、焦ったクロエが誰かを呼び始めた。
こんなに落ち込んでいるアリシアを見たことがなかった彼女は、とうとう自分の手に負えないと判断したらしい。
「クロエ、呼んだかい?」
「ああ、お兄様。アリシア様のお相手をお願いしても?」
「それはもちろん構わないが……アリシア嬢? どうしたんだ? 何か辛いことでも?」
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クロエが呼んだのは、彼女の兄のエリオットだった。
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