【完結】運命の赤い糸が見えるようになりまして。

櫻野くるみ

文字の大きさ
8 / 10

糸の導く先には……

しおりを挟む
赤い糸は、道路に寝そべるように続いている。
御者にゆっくりと馬車を走らせるように頼んだアリシアは、窓から身を乗り出すようにして糸を眺めていた。
本当は、糸の先が辿りやすい御者席の隣に座らせて欲しいと頼んだのだが、却下されてしまったのだ。

どこまで続いているのかしら?
ニコラスがどこの家の侍従なのか、聞き忘れたのは失敗だったわね。

そう、アリシアは気持ちが急いていたせいで、ニコラスがどこの家に雇われているのかすら確認せずに出てきてしまったのである。
仮にサリーの赤い糸が想い人のニコラスに繋がっていたとして、もし全く面識のない貴族や、自分より高位の貴族だったらどうするのかも考えてはいなかった。
つまり、アリシアはノープラン、まさに見切り発車でここまで来てしまったというわけだ。

こういう猪突猛進なところ、お兄様みたいで嫌だから直す必要があるわね。
とりあえず今日のところは、サリーの運命の相手の居場所だけでもわかれば上々かしら。

兄のシルヴァンは、ミシェルと気持ちが通じ合った途端、愛が重い厄介な男へと変貌していた。
周りが見えていないのか、ところ構わず愛を囁いているが、ミシェルが幸せそうだからいいとしよう。

アリシアが前向きに、本日の目標を低めに設定して頷いていると、糸はある大きな屋敷の門の中へと続いていた。

ここね!
この屋敷にサリーの運命の相手がいるのだわ。

門から少し離れた場所に馬車を停めてもらい、改めてその屋敷を観察すると——。

ここって、カーティス侯爵家よね?
エリオット様とクロエ様の……。

いくら呑気なアリシアでも、国有数の高位貴族の屋敷くらいは覚えている。
この豪奢な屋敷は、紛れもなくカーティス侯爵の住まいだ。

「どうしようかしら……。クロエ様なら、アポなしでも喜んで屋敷に通してくれそうだけれど、別の意味で面倒なことになりそうだし」

などと、ブツブツと呟きながら門の周囲を徘徊していると。

「もしかしてアリシア嬢? そんなところで何をしているんだい?」

門を出てきた馬車の中から声をかけたのは、昨夜ダンスを踊ったエリオットだった。

「エリオット様!」

エリオットの家なのだから、彼が現れても不思議なことなど何もない。
だというのに、アリシアはやけに動揺してしまい、あたふたとしてしまった。

私、勢いで出てきてしまったからこんな格好で……。
髪型はどうしていたっけ?
サリーのことばかりで、自分の見た目のことは頭から抜けていたわ。

アリシアは飾り気のない水色のワンピースを見下ろし、溜息を吐いた。
軽くうねったネイビーブルーの長い髪は、結われていないまま腰まで広がっている。

思わず隠れたくなったが、エリオットは馬車を降りてアリシアに近付いてきた。
しかもなんだかとても嬉しそうに、口角が上がっている。

「まさかアリシア嬢に会えるとは思っていなかったな。もしかして私に会いにきてくれたの?」
「えっ? いえ、あの……」
「ははっ、冗談だよ。そうだったら嬉しかったけど。クロエに用事かな? 呼ぼうか?」

それは困る。
アリシアがブンブンと首を振っていると、そのクロエの声が聞こえてきた。
まずい。

「お兄様、まだいらっしゃったの? 何かありまして?」

近付いてきそうな雰囲気にアリシアが慌てると、エリオットはグイっと彼女の手を引き、自分の馬車へと導いた。

「何でもないよ、クロエ。では行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」

馬車が動き始めるが、アリシアは戸惑ったようにエリオットを見つめるしかなかった。
いつの間にか、侯爵家の馬車に乗せられているのだから当然である。

「エリオット様、どうして私を馬車に乗せたのですか?」
「うーん、クロエに見つかりたくなさそうだったから? アリシア嬢、せっかくだから、私とカフェでもどうだい?」
「カフェ? エリオット様はこれから用事があるのではないのですか?」
「急ぎではないから平気さ。朝食は摂っているだろうから、何か甘いものでも……」
「朝食! そういえばまだでした!」

アリシアは急ぐあまり、朝食を摂るのも忘れて屋敷を飛び出していた。
いまだかつて朝食を忘れたことなどなかったというのに……。
お腹が減っていたことに気付かされてしまう。

ぎゅるる~~~

途端に鳴り出したお腹に、二人分の笑い声がした。

……二人分?
エリオット様はいいとして、あと一人って?

なんと、馬車には侍従らしき男性も乗っていた。
今まで気付かなかったほど、物静かで影が薄い。

お腹の音を聞かれた恥ずかしさで目線を下げようとして——。

「ああっ!!」

アリシアは叫んでいた。
侍従の男性の小指に、赤い糸が結ばれているのが見えたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

ヒロインが私の婚約者を攻略しようと狙ってきますが、彼は私を溺愛しているためフラグをことごとく叩き破ります

奏音 美都
恋愛
 ナルノニア公爵の爵士であるライアン様は、幼い頃に契りを交わした私のご婚約者です。整った容姿で、利発で、勇ましくありながらもお優しいライアン様を、私はご婚約者として紹介されたその日から好きになり、ずっとお慕いし、彼の妻として恥ずかしくないよう精進してまいりました。  そんなライアン様に大切にされ、お隣を歩き、会話を交わす幸せに満ちた日々。  それが、転入生の登場により、嵐の予感がしたのでした。

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

忘れるにも程がある

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。 本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。 ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。 そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。 えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。 でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。 小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。 筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

処理中です...