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キミのことが忘れられない【隼人side】
しおりを挟む退屈な講義を終え、俺はいつものようにバイト先に向かった。
大学に入学して1カ月が経った。
ちょっと前までは大学生活が未知のように感じていたのに、案外過ごしてみると高校時代と大きく変わるわけじゃない。
クラスみたいなのはないけれど、決まった講義を受けてサークルに入って、バイトもそれなりに大きな役割を任されるようになった。
順調にいってるんだと思う。
何も問題はない。
でもずっと……俺の中には常に埋まらない穴が空いていている。
『……なあ、陽。……俺たち、もう無理かもね』
高校二年の冬。
俺の恋は終わった。
今でもあの時のことを思い出す。
あの時から時計の針が止まってしまったみたいにそこから動き出すことが出来ない。
「……陽」
彼の名前をぽつりとつぶやいては俺は、打ち消すことしか出来なかった。
そんなある時。
「三上くーん。新人さん、連れてきたよー」
アルバイト中、ストックルームの奥で在庫の整理をしていると店長に呼び出された。
そういえば、今日から入る新しいバイトの教育係を任されていたな。
俺は作業の手を止め、短く返事をした。
バイトをはじめて結構な時間が経った。
最近は、新人教育を任されることが多く、人と関わるのはあまり好きではないけれど、この仕事は嫌いではない。
自分の教えた仕事で周りの人が成長していく様子を見るのが案外好きだった。
ストックルームを出て、店長たちがいるバックヤードへと足を向ける。
ドアをくぐり、いつものように中に入る。
するとそこには店長と、緊張した面持ちで立っている新しいバイトの姿があった。
なにげなく視線を向けた瞬間。
「……っ」
その顔を見た瞬間、心臓がドキっと音を立てた。
なん、で……。
どうしてここに……。
そこに立っていたのは、俺がずっと忘れられずにいた陽だった。
陽だ……陽がここにいる。
俺は落ちつくために深く息を吸った。
少しだけ茶色く染められた髪。
高校の時より少し大人びた雰囲気。
でも、その驚いたように見開かれた大きな瞳は、あの時から全然変わっていない。
ウソだ。
そんなことあるわけないって思ってた。
もうきっと高校を卒業したら会うこともなくなるんだろうって。
忘れられていくような恋なんだろうって。
なのに、会えた。
全身の血が沸騰するみたいに熱くなる。
こんな感情になるのはいつも陽だけ。
名前を呼びたい。
陽と話したい。
そんな衝動を俺はギリギリの理性でねじ伏せた。
「……教育係を担当する三上隼人です」
ちゃんと抑えられただろうか。
嬉しそうな顔はしてなかったか?
声が震えなかったか?
考えるのはそんなことばかり。
どうしよう……嬉しい。
バイトが終わりの帰り道。
俺は陽の後を追いかけた。
そして会話をする。
久しぶりで妙に緊張した。
「……隼人は大学、どこ通ってんだ?」
「……秀堂大学だけど」
「はあ!? 俺と同じ大学じゃねぇか!」
会話が弾むにつれ、陽の警戒心が少しずつ解けていくのが分かる。
普通にしゃべってる。
このまま、普通に話せる関係になれたら、昔のように戻れるかもしれない。
また友達として陽と……。
友達と、して?
そう思った矢先、俺は切なくなった。
普通に話せる関係というのは、友達になるということ。
陽の中の友達の1人になるということだ。
あの時の思い出は、全部なかったことにして、ただの友達に?
「まぁ大学一緒だってことも発覚したし、また会う機会もあると思うけど、友達としてまたよろしくな?」
そんなの嫌だ。
「……じゃ、俺こっちだから」
俺は陽と友達に戻りたいんじゃない。
俺は、立ち去ろうとする陽の腕を、衝動的に掴んでいた。
「え……?」
振り返る陽の瞳が揺れている。
ダメだ。放せ。
そんなことしたらまた嫌われるに決まってる。
そもそも陽は俺を恨んでいるかもしれない。
俺とは関わりたくないかもしれない。
しかし、気持ちは止められなかった。
「友達として、じゃなかっただろ」
あの日のことをなかったことにしたくなくて、忘れていてほしくなくて強制的に思い出させるようなことを言った。
しらしめたかったんだと思う。
俺たちの過去は、忘れられるようなそんな軽いものじゃないはずだと。
陽の手が俺を振り払う。
「な、なんだよ……急に」
やってしまった。
焦りすぎた。
落ち着け……。
もう同じ過ちは繰り返さない。
もう陽に嫌われたくない。
でも、まだチャンスがあるというのなら……。
「ごめん……会えて良かったよ、それじゃあ」
俺は、頑張りたい。
俺は逃げるようにその場を去った。
「はぁ……っ」
心臓が痛いくらいに脈打っている。
路地裏を早足で歩きながら、俺は空を仰いだ。
(……また会えた)
ずっと想っていた陽が、すぐ手の届く場所に来てくれた。
それだけで、灰色だった世界が一気に色づいていくのが分かった。
「……陽、俺もう一度陽に好きになってもらえるように頑張るから」
夜風に溶けるように俺は小さく誓った。
俺の止まっていた時計の針が、今ようやく動き出した気がした──。
END
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