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3守り
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サキが魔力の少ない人間でも結界を張れるようにしたかったのは、きちんとした理由がある。それは母親である魔族のラミの容姿に関係する。ラミは夢魔なので美しい、十代の少年か少女のような容姿である。高位魔法師である父親が様々な魔法を重ね掛けし守ってはいるのだが、いかんせん本人の自覚がない、ラミの頭の中は常にお花畑なのである。
ただ見た目だけは中性的な美人のため、どうやらラミのファンがおり、屋敷の近辺をうろついている様子なのである。ラミが自分の身を守るために魔族であることが知られれば厄介なことになる。魔族が全て討伐対象というわけではないが、人間というものは有象無象の集まり、何の拍子に手のひらを反すかわからない。
屋敷の人間ということで育ての親である執事と乳母が狙われるかもしれない、何もなければそれにこしたことはないが、身分や力の差で不遇な目にだけは合わせたくなかった。
サキは姿鏡を覗き込み、うーんと唸っていた。父親マティアスに感化されたか完全な魔法研究馬鹿の道を突き進んでいるが、顔はもしかして母親ラミに似ているかもしれない。髪は父親そっくりの艶のある黒髪である。同じく黒い瞳は大きいが目つきは三白眼気味で、これも父親に似ていると思う。顔形は母親似、なのか?見慣れた自分ではわからないものである。
(この目つきのせいで、可愛いはないと思うんだけどな)
育ての親二人は手放しで可愛いと言うに決まっているし、母親はきっと、さあどうかな?と首を傾げておしまいだろう。父親は何と言うだろうか、たぶん尋ねたところで鼻を鳴らすだけだろう。
(困った、客観的に自分が見られない)
自分自身にも守りを施しておくべきか悩み、とりあえず家族全員同じものを作って身につければ済むことと納得することにした。まずはお札で試したのだが、お札自体を発動時手にして魔力を流すことが必要なため却下。ただ魔方陣より小さく仕上がるお札の発想は残しておくべきだ。
そこで魔力を流す代わりに、小さな魔石を仕込んで着火剤代わりに発動させようと思いついた。ただし魔石を入れて作るならば、指輪やピアスなど身につけて高価に見えるアクセサリー類は、逆に危険であろう。ブレスレットも袖からチラリと見えれば金目の物に見えてしまうかもしれない。取捨選択により見えない場所につけられる、ネックレスかアンクレットが妥当と検討をつけた。
サキには貴金属を5人分準備する支度金がないので、父親であるマティアスに相談することにする。おそらく魔導具として作ることになるので、魔石と金属加工費も必要となる。マティアスを納得させるためには目に見える形で数値化した、具体的に理解できる資料が欠かせない。
必要分の貴金属の量を割り出し、どのような加工が必要かを書き出した上で、着火剤代わりに埋め込む予定のいくつかの魔石にどのような特性を持たせるか記したデザイン画を4枚起こした。ネックレスとアンクレットそれぞれの華奢なデザインと実用的なデザインである。
夕食後に魔法研究室と化した執務室でデザイン画を見せれば、マティアスはしばらく無言で資料を眺めていた。一通り目を通したあとで細かい部分の質問をされる。いくつかの問題点を指摘され手直しが終われば、すぐ取り掛かるようマティアスから伝えられた。
空間魔法で『空間』からザラリと取り出された魔石を、必要なだけ持っていけと言われて軽く引く。出された大小様々色とりどりの魔石はマティアスの執務室の机から山となり、パラパラと音を立てて零れ落ちていた。
礼を言って必要予定量よりも少し多めに預かっておく。まずは魔石の色の違いで発動に差が出るか、試してみなくてはならない。余った魔石は後で返す、と話しているとマティアスがひとつのブローチをサキに差し出した。
「守りのアクセサリーが仕上がるまでは、これを服の見えないところへと付けておくように」
差し出されたブローチを受け取って見れば、大きな青白い魔石をひとつ金でぐるりと囲んだ繊細な造りのものであった。質の良い石で造られた大変高価そうな品である。よく見れば土台の金部分に極小の魔方陣が刻まれているのがわかる。一見アクセサリーだが、衝撃を受ければ発動する結界魔法を有する魔導具である。
しかも魔石に入っている魔力はマティアスの魔力だ、魔石の魔力を極限まで引き抜いてから、お札を使って再度魔力を込めたのだろう。一旦預かると言われたお札を、こんな形で使ってくれたことが何より嬉しい。
「父さんがこれを僕に造ってくれたの?嬉しい……ありがとう」
「お前はラミによく似ている、屋敷の外に出るときにはくれぐれも気をつけるように」
ぎゅっと抱きつけば長い腕で抱きとめてくれた。マティアスが息子であるサキを心配して自らの手で造った魔導具である、嬉しくないはずがない。しかしラミに似ているから外では気をつけろと言われている、あれほどぼんやりしているだろうか。
「僕母さんに似ている?ふわふわしているように見える?」
「ああ、似ているがそうではない。私はラミの容姿を気に入っている、お前はラミにそっくりだから気をつけろと言っている、わかるか」
つまり美しい母親に似ているから、悪い人に連れて行かれないようにしろ、ということだ。マティアスが自分をかわいいと言っているのだ、サキは顎のあたりで切り揃えた黒髪をぶんぶん振って肯定した。
「でも僕、髪も瞳も父さんに似ていると思っていた」
「色と頭の中身はそうだな。だが容姿においてはラミに似て良かっただろう。学園に入れば目立つ容姿は厄介かも知れんがな」
いつになく上機嫌で片頬を上げたマティアスが、サキの手にしたブローチを取り、着ているベストに隠れるようシャツに付けてくれた。
「ありがとう父さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
執務室からトテトテと歩いて出て行くサキの後姿を見送って、さきほど抱きついてきたときの肩や背中の頼りないほどの小ささを思い出す。魔法の話をしているときには、城の研究室で必要最低限の会話を交わす同僚たちよりよほど手応えを感じるのだが、サキはまだ本来守られるべき存在なのだと気づかされた。
サキはそろそろ7歳になる、この1~2年のうちに学園に入るよう知らせがくるだろう。半分魔族である夢魔の血が混ざった息子が、今後どのように成長するかはわからない。なにせ魔族との混血という資料が伝説の類しか残っていないのだ。
最初は研究対象くらいの興味しかなかった我が子だが、気づけばしっかりと懐にいてその笑顔を見れば心が和むのを感じている。これが親心というものかと片頬を上げて、マティアスはここのところしばらくラミを抱いていなかったことに気づいた。
あのように愛しい対象を授けてくれたラミを、今夜は久しぶりに可愛がってやらねばなるまい。マティアスは呼び寄せの魔法を構築し、愛しい伴侶を寝室へと呼び寄せた。どこぞの草むらで横になっていたものか、服にも髪の毛にも白くて丸い花をくっつけてきた眠ったままのラミを、花の香りごと抱き寄せ思い切り吸い込んだ。
ラミは幸せそうにむにゃりと微笑んで起きなかったので、マティアスは頬に口づけをするとそのまま後ろから抱きしめて眠りについた。
サキが急いで作ろうとしていた守りのアクセサリーは、結局間に合わず事件が起こった。ただし標的になったのは幼いサキ自身で、幸いなことにマティアスの造ってくれた結界のブローチを身に付けていたため、五体満足で屋敷に戻ることはできた。
マティアスのブローチは衝撃を受ければ発動するようになっている。サキは屋敷の庭で紅葉した葉が落ちるのを眺めながら、魔石の色によって若干結果の異なる点について、何が違うのか脳内で忙しく考えているところだった。
ガラガラガシャンッと近くで物が転がる大きな音がして、サキは門のところから屋敷の外を覗いた。使い込まれた一人曳き用の荷車から落ちたらしい、木の箱や布袋が道に散乱している。商売の帰りなのかわずかな果物が一緒に転がり落ちたようで、貧しい身なりの青年が慌ててそれらを拾い集めているところであった。門の中から見ているサキに気づくと青年はそばかすだらけの顔を歪ませて、見てるんなら手伝えってんだよ、と悪態をついた。
それもそうかとサキが門を出て果物をいくつか拾って渡しに行くと、継ぎのあたった上着を着たそばかすの青年が、悪かったなと謝った。悪態をついたくらいで真面目な人間だ、とサキが思ったのと後ろから近付いた人間がサキの顔に布を当てたのは同時であった。
布には薬品が仕込まれていたらしく、サキの身体から力が抜け手からは果物が転がり落ちた。そばかすの青年が木の箱を荷車に乗せると、サキの身体を抱き上げた人間がその箱にそっと横たえ、布袋を幾枚か被せた。
落ちた果物を布袋の上に乗せると、荷車は何もなかったかのようにその場を立ち去った。そばかすの青年は古い上着のポケットに入れられた5枚の銀貨を順番に指先で確かめながら、門をちらりと見たあと来たのとは反対の方向に歩き去った。
サキがいないことに気づいたのは執事のネストリだ。風が冷たくなってきたから屋敷にお戻りを、と外へ出たネストリは門が少し開いていることに気づく。マティアスの魔法で幾重にも守られた屋敷の敷地内で、門を開けられるのはマティアスの家族と執事とその妻のみである。
先ほどまで庭にいたのに、とネストリは青ざめた顔で艶消しの黒服から笛を取り出し、息の続く限り力一杯吹いた。笛はマティアスから緊急用と渡された魔導具で、音は鳴らないがマティアスに直接聞こえる仕様になっているらしい。ラミは何か起こっても自分で何とかできるだろうが、子供はそうもいかないからと渡されたばかりであった。
冷たい風に落ち葉が舞う、早くサキを探しに行かなくては小さな身体が冷えてしまう。マティアスが戻るまではサキを探しに外へ出ることもできない、と気持ちばかり逸るネストリに後ろから声が掛かった。
「笛を強く吹きすぎだ、ネストリ」
「マティアスっ様……申し訳ありません、サキ坊ちゃまが庭にいないのです。門が開いていて……」
「わかった私が探す、お前は屋敷にいなさい」
「しかしっ」
言い募るネストリをマティアスが強い目で黙らせた。
「時間が惜しい。あれには守りを施してあるし、私は魔力を辿って行ける」
「はい……」
「サキが戻ったら甘いものでも用意してやれ」
マティアスは集中するためか目を閉じて何かを呟いている。サキを探して魔法を構築しているのだが、魔法を扱えない人間にはさっぱりわからない。邪魔をするべきではない、とネストリは少し離れてじっとしていた。
「見つけた」
目を開けたマティアスが恐ろしい顔をして、空間を揺らしていた。魔法のわからないネストリにも目に見えてわかるほどの空間の歪みに、激しい吐き気と頭痛がする。
歪めた空間を両手で抑えつけるように掻くと、マティアスはそのまま一歩踏み出して消えた。瞬時に元に戻った空間には既に歪みも何もなく、離れた場所でひらりと落ちる葉の黄や赤が妙に目についた。
まだ残る吐き気とわずかな頭痛をこらえて、ネストリは屋敷の中に戻っていった。マティアスが直接向かったのだ、きっとサキはすぐ戻る。戻ったら甘いものをと指示されたのだから、身体を温める甘いものを用意しておかねばならない。
ただ見た目だけは中性的な美人のため、どうやらラミのファンがおり、屋敷の近辺をうろついている様子なのである。ラミが自分の身を守るために魔族であることが知られれば厄介なことになる。魔族が全て討伐対象というわけではないが、人間というものは有象無象の集まり、何の拍子に手のひらを反すかわからない。
屋敷の人間ということで育ての親である執事と乳母が狙われるかもしれない、何もなければそれにこしたことはないが、身分や力の差で不遇な目にだけは合わせたくなかった。
サキは姿鏡を覗き込み、うーんと唸っていた。父親マティアスに感化されたか完全な魔法研究馬鹿の道を突き進んでいるが、顔はもしかして母親ラミに似ているかもしれない。髪は父親そっくりの艶のある黒髪である。同じく黒い瞳は大きいが目つきは三白眼気味で、これも父親に似ていると思う。顔形は母親似、なのか?見慣れた自分ではわからないものである。
(この目つきのせいで、可愛いはないと思うんだけどな)
育ての親二人は手放しで可愛いと言うに決まっているし、母親はきっと、さあどうかな?と首を傾げておしまいだろう。父親は何と言うだろうか、たぶん尋ねたところで鼻を鳴らすだけだろう。
(困った、客観的に自分が見られない)
自分自身にも守りを施しておくべきか悩み、とりあえず家族全員同じものを作って身につければ済むことと納得することにした。まずはお札で試したのだが、お札自体を発動時手にして魔力を流すことが必要なため却下。ただ魔方陣より小さく仕上がるお札の発想は残しておくべきだ。
そこで魔力を流す代わりに、小さな魔石を仕込んで着火剤代わりに発動させようと思いついた。ただし魔石を入れて作るならば、指輪やピアスなど身につけて高価に見えるアクセサリー類は、逆に危険であろう。ブレスレットも袖からチラリと見えれば金目の物に見えてしまうかもしれない。取捨選択により見えない場所につけられる、ネックレスかアンクレットが妥当と検討をつけた。
サキには貴金属を5人分準備する支度金がないので、父親であるマティアスに相談することにする。おそらく魔導具として作ることになるので、魔石と金属加工費も必要となる。マティアスを納得させるためには目に見える形で数値化した、具体的に理解できる資料が欠かせない。
必要分の貴金属の量を割り出し、どのような加工が必要かを書き出した上で、着火剤代わりに埋め込む予定のいくつかの魔石にどのような特性を持たせるか記したデザイン画を4枚起こした。ネックレスとアンクレットそれぞれの華奢なデザインと実用的なデザインである。
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「守りのアクセサリーが仕上がるまでは、これを服の見えないところへと付けておくように」
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しかも魔石に入っている魔力はマティアスの魔力だ、魔石の魔力を極限まで引き抜いてから、お札を使って再度魔力を込めたのだろう。一旦預かると言われたお札を、こんな形で使ってくれたことが何より嬉しい。
「父さんがこれを僕に造ってくれたの?嬉しい……ありがとう」
「お前はラミによく似ている、屋敷の外に出るときにはくれぐれも気をつけるように」
ぎゅっと抱きつけば長い腕で抱きとめてくれた。マティアスが息子であるサキを心配して自らの手で造った魔導具である、嬉しくないはずがない。しかしラミに似ているから外では気をつけろと言われている、あれほどぼんやりしているだろうか。
「僕母さんに似ている?ふわふわしているように見える?」
「ああ、似ているがそうではない。私はラミの容姿を気に入っている、お前はラミにそっくりだから気をつけろと言っている、わかるか」
つまり美しい母親に似ているから、悪い人に連れて行かれないようにしろ、ということだ。マティアスが自分をかわいいと言っているのだ、サキは顎のあたりで切り揃えた黒髪をぶんぶん振って肯定した。
「でも僕、髪も瞳も父さんに似ていると思っていた」
「色と頭の中身はそうだな。だが容姿においてはラミに似て良かっただろう。学園に入れば目立つ容姿は厄介かも知れんがな」
いつになく上機嫌で片頬を上げたマティアスが、サキの手にしたブローチを取り、着ているベストに隠れるようシャツに付けてくれた。
「ありがとう父さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
執務室からトテトテと歩いて出て行くサキの後姿を見送って、さきほど抱きついてきたときの肩や背中の頼りないほどの小ささを思い出す。魔法の話をしているときには、城の研究室で必要最低限の会話を交わす同僚たちよりよほど手応えを感じるのだが、サキはまだ本来守られるべき存在なのだと気づかされた。
サキはそろそろ7歳になる、この1~2年のうちに学園に入るよう知らせがくるだろう。半分魔族である夢魔の血が混ざった息子が、今後どのように成長するかはわからない。なにせ魔族との混血という資料が伝説の類しか残っていないのだ。
最初は研究対象くらいの興味しかなかった我が子だが、気づけばしっかりと懐にいてその笑顔を見れば心が和むのを感じている。これが親心というものかと片頬を上げて、マティアスはここのところしばらくラミを抱いていなかったことに気づいた。
あのように愛しい対象を授けてくれたラミを、今夜は久しぶりに可愛がってやらねばなるまい。マティアスは呼び寄せの魔法を構築し、愛しい伴侶を寝室へと呼び寄せた。どこぞの草むらで横になっていたものか、服にも髪の毛にも白くて丸い花をくっつけてきた眠ったままのラミを、花の香りごと抱き寄せ思い切り吸い込んだ。
ラミは幸せそうにむにゃりと微笑んで起きなかったので、マティアスは頬に口づけをするとそのまま後ろから抱きしめて眠りについた。
サキが急いで作ろうとしていた守りのアクセサリーは、結局間に合わず事件が起こった。ただし標的になったのは幼いサキ自身で、幸いなことにマティアスの造ってくれた結界のブローチを身に付けていたため、五体満足で屋敷に戻ることはできた。
マティアスのブローチは衝撃を受ければ発動するようになっている。サキは屋敷の庭で紅葉した葉が落ちるのを眺めながら、魔石の色によって若干結果の異なる点について、何が違うのか脳内で忙しく考えているところだった。
ガラガラガシャンッと近くで物が転がる大きな音がして、サキは門のところから屋敷の外を覗いた。使い込まれた一人曳き用の荷車から落ちたらしい、木の箱や布袋が道に散乱している。商売の帰りなのかわずかな果物が一緒に転がり落ちたようで、貧しい身なりの青年が慌ててそれらを拾い集めているところであった。門の中から見ているサキに気づくと青年はそばかすだらけの顔を歪ませて、見てるんなら手伝えってんだよ、と悪態をついた。
それもそうかとサキが門を出て果物をいくつか拾って渡しに行くと、継ぎのあたった上着を着たそばかすの青年が、悪かったなと謝った。悪態をついたくらいで真面目な人間だ、とサキが思ったのと後ろから近付いた人間がサキの顔に布を当てたのは同時であった。
布には薬品が仕込まれていたらしく、サキの身体から力が抜け手からは果物が転がり落ちた。そばかすの青年が木の箱を荷車に乗せると、サキの身体を抱き上げた人間がその箱にそっと横たえ、布袋を幾枚か被せた。
落ちた果物を布袋の上に乗せると、荷車は何もなかったかのようにその場を立ち去った。そばかすの青年は古い上着のポケットに入れられた5枚の銀貨を順番に指先で確かめながら、門をちらりと見たあと来たのとは反対の方向に歩き去った。
サキがいないことに気づいたのは執事のネストリだ。風が冷たくなってきたから屋敷にお戻りを、と外へ出たネストリは門が少し開いていることに気づく。マティアスの魔法で幾重にも守られた屋敷の敷地内で、門を開けられるのはマティアスの家族と執事とその妻のみである。
先ほどまで庭にいたのに、とネストリは青ざめた顔で艶消しの黒服から笛を取り出し、息の続く限り力一杯吹いた。笛はマティアスから緊急用と渡された魔導具で、音は鳴らないがマティアスに直接聞こえる仕様になっているらしい。ラミは何か起こっても自分で何とかできるだろうが、子供はそうもいかないからと渡されたばかりであった。
冷たい風に落ち葉が舞う、早くサキを探しに行かなくては小さな身体が冷えてしまう。マティアスが戻るまではサキを探しに外へ出ることもできない、と気持ちばかり逸るネストリに後ろから声が掛かった。
「笛を強く吹きすぎだ、ネストリ」
「マティアスっ様……申し訳ありません、サキ坊ちゃまが庭にいないのです。門が開いていて……」
「わかった私が探す、お前は屋敷にいなさい」
「しかしっ」
言い募るネストリをマティアスが強い目で黙らせた。
「時間が惜しい。あれには守りを施してあるし、私は魔力を辿って行ける」
「はい……」
「サキが戻ったら甘いものでも用意してやれ」
マティアスは集中するためか目を閉じて何かを呟いている。サキを探して魔法を構築しているのだが、魔法を扱えない人間にはさっぱりわからない。邪魔をするべきではない、とネストリは少し離れてじっとしていた。
「見つけた」
目を開けたマティアスが恐ろしい顔をして、空間を揺らしていた。魔法のわからないネストリにも目に見えてわかるほどの空間の歪みに、激しい吐き気と頭痛がする。
歪めた空間を両手で抑えつけるように掻くと、マティアスはそのまま一歩踏み出して消えた。瞬時に元に戻った空間には既に歪みも何もなく、離れた場所でひらりと落ちる葉の黄や赤が妙に目についた。
まだ残る吐き気とわずかな頭痛をこらえて、ネストリは屋敷の中に戻っていった。マティアスが直接向かったのだ、きっとサキはすぐ戻る。戻ったら甘いものをと指示されたのだから、身体を温める甘いものを用意しておかねばならない。
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