嘘はいっていない

コーヤダーイ

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24その後

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 北の戦の話を聞いてもヴァスコーネス王国の城下街に暮らす人々にとっては、行くこともない遠い知らない国の話である。しかし冒険者ギルドでその話を耳にしたサキにとっては、ムスタ師匠がいる場所で今戦闘が起きているかも知れないと思うと、いてもたってもいられず王城へ戻って詳しい話を聞かなければと気持ちが焦る。

「ちょっとサキくん、魔導具の依頼はきちんと済ませてくださいね」

 なぜか毎回サキを担当してくれるギルド長エフが、慌てて出て行こうとしたサキの白マントを掴んで押しとどめると、テーブルへと座らせる。
 
 冒険者ギルドで販売しているアウトドア用品を、サキを含めた魔法研究室の白マントたちが改良したからと言って改良品を持ってギルドに来てくれた。より軽く丈夫で明るく汚れず、しかし価格は下げて販売できるようになったため、他の販売品も改良ができないか一通りの確認をサキが依頼されていたのだ。

 冒険者たちがより安全に依頼を遂行できればと引き受けたのだが、冒険者ギルドから国の機関への依頼となると事が大事になってしまうので、サキ個人への依頼とすることになった。もちろんマティアスを通して王様へは報告をしている。

「君も冒険者ギルドの一員なんですからね」
「はあい」

 サキは憧れの冒険者カードを発行してもらい、改めて冒険者となっている。冒険者カードを嬉しそうに何度も掲げて眺めるサキに、冒険者に憧れを持っている様子のサキに気づいたギルド長エフは、上手いことサキを転がしているといえる。



 ちなみに朝の武術鍛錬の時にひろきに冒険者カードを自慢したサキは、非常に羨ましがられた。

「俺なんて勇者の称号あってレベル99なのに、冒険に出たこともないんだけど?」
「え、勇者の称号なんてあるの?ひろきレベル99なの?」
「そうだよー、視界の左上の方に枠があってそこにレベル見えてるんだけど。やっぱサキにもないのかー」
「ないない、勇者ってすごいな。レベルってカンスト?」
「どうだろ、まだ不明」

 ところでレベルってどうやって上がるの、と聞けば何故か頬を赤らめたひろきが幸せを感じるとレベルが上がる、と答えた。そこは戦いの経験値じゃないんだと、ひろきらしいレベルの上がり方に笑ったのだった。


 
 サキへの依頼では一通りの商品確認のはずが、ギルドがサキに預けておいた品はすべて優良品に改良されていた。その仕事の速さと改良の手際の良さに驚きつつも、ギルド長エフは無表情で一つずつ手に取って確認をしていく。

「いいですねぇ、椅子とテーブルが特にいいと思います。地面に座らずに済むのは身体の負担も減り疲れ具合も違うのですが、かさばって重いので後回しにされがちなのです。それがこのように軽くて小さくなるのは素晴らしいことです、冒険者たちも喜ぶことでしょう」
「ありがとうございます。これ図面です、魔法陣の構築とか全部書いてありますから随時新しく書き換えてあげてください」
「……サキくん、君って子は……図面など渡していいんですか?」
「いいですよ?僕一人でやるの面倒くさいし、前に購入した人たちも書き換えれば良くなるんで公開してください」

 それから、とサキが荷物をごそごそすると小さな何かの塊を袋から取り出した。

「これは僕のお勧めで、固形スープです。カップに入れてお湯を入れたらすぐ暖かいスープが食べられます」
「ほうほぅ、薬草と同じ方法で乾燥させたのですね」
「そうなんです、この間自分でスープを作って飲んだときに、もっと簡単に食べられればと思いまして」
「これならば軽くかさばらないし、腐らないから助かりますね」

 そうなんですよ、とサキがにこにことギルド長エフの言葉に頷いている。ギルド長エフは無表情のままサキをじっと見つめていたが、長い息を吐くとサキに頭を下げた。

「ありがとうございます、サキくん。お礼に君を抱きしめたいのですが、後ろの騎士さんが許さないでしょうね」

 ギルド長エフの視線に釣られて振り返ったサキは、ギルドの受付お姉さんによそ見をしているクラースを見た。最近はイェルハルドよりもサキの護衛で付いてもらうことが多く申し訳ないのだが、他の男性はやはりまだ怖いので仕方ない。
 よそ見をしているようでいて、サキにチラチラとよこしまな視線を送る輩にはきちんと鋭い目で牽制してくれるのだから頼りになるのだ。

「お礼の言葉だけで十分です」
「そうですか、残念です」
(この人無表情だから冗談か本気かわからないんだよなあ)

 サキは苦笑いして、ギルド長エフからの抱擁を遠慮しておく。魔力も高くないし精気も薄いのだが、安定しているので話をしていて苦にならない。今の会話とて精気に乱れはないからおそらく冗談なのだろう。

「それで北の話ですが、ギルドにも情報は入ってきています」
「……教えてもらえるんですか」
「構いませんよ、冒険者からの情報ですから国家機密でもありません」

 そう言ってギルド長エフが教えてくれたのは、北の獣人の国で起こった派閥抗争の話だった。



 獣人同士というのはほとんど武器を使わず、己の肉体で戦う肉弾戦の武闘派が多いそうだ。鍛え上げた肉体があるのに武器を使うのは弱い卑怯者として評価されるというから、人間とはやはり違う種族なのだと思わされる。

 北では今まで国という形をとらずそれぞれの部族が独立して暮らしてきたのだという。しかし長い年月が経つにつれ血統の問題が浮き彫りになってくる、最も長き歴史を歩んできた星森を見ればどの部族にもいずれは訪れる道である。
 血を混ぜるか否か、人間には暮らしにくい冷たい土地で限られた種族。どちらが優れた種族か、また伴侶と暮らす部族での新たな地位。
 
 元々閉ざされた土地で必要以上に他と接することのない限られた部族間の交渉のみで生きてきた種族たちが、そうすぐに歩み寄れるものでもないだろう。何しろ獣人は長命である、長く続いた暮らしに凝り固まる年長者もいることであろう。その暮らしに別の種族が入り共に暮らしていけるかどうか。

 そういった事で古きを重んずる獣人と、新しい土地で伴侶と生きていこうとする獣人の対立が起こっているのだと聞いて、戦とはいっても前世で知るような国ごと一瞬で消えてしまうような戦いではないと知り、ようやく安心する。

 北では寒さに強い獣人が多く暮らしており、人間で定住している者は少ないらしい。年間のほとんどが氷に閉ざされた国というから極寒の地かとサキは思う。タルブのような狼人の他に白熊族や雪豹族と聞けば一体どのような獣人だろうと心躍るサキである、機会があればぜひ会ってみたいものだ。
 
 そのような寒い国でムスタは大丈夫だろうか、と思って雪の日も上半身は裸で足は裸足であったムスタの姿を思い起こす。ゆるりと抱きしめられているときには包まれるように柔らかいのに、力を込めて抱かれれば途端に硬く締まる筋肉を思い出して身体が熱くなり、ほうっと熱いため息を吐いた。

(早く会いたいな)

 ギルド長エフと向かい合ったテーブルで切なげなため息をつくサキを見て、離れたところからこっそりと目をやっていた男たちが生唾を飲んだ。ピアスに守られているサキにはこれしきの視線どうということもないが、クラースの目が若干鋭くなって壁際に視線を回した。



(半分魔族の夢魔だからしょうがないのかなあ)

 ギルドで報奨金を受け取った後で甘いものでも食べて帰ろうかと、クラースと並んで歩いている。最近第二次性徴を迎えて夢魔らしくなってきたのか、以前よりも黒紫色の精気を向けられることが増えた。ピアスに守られていなければ気分が悪くなっていることだろう。

 成長期を迎えて少しだけ背が伸びたサキは、以前よりも大人びて見えるようになっていた。恋を知りさらにそれが会うことも叶わぬものであるから想いばかりが募り、それがサキを一層艶めいて見せているのだが本人は自分の姿に大概無頓着なのである。

(あれ、ちょっと待てよ)

 クラースと並んで歩きながら鬱陶しい黒紫色の精気を振り払うように首を振って、サキは足を止めた。狼人タルブは以前からムスタを北へと誘っていたという。

(何のために?)

 北では星森のてつを踏まぬように少しずつ血を混ぜているのだという、だが部族に馴染めず結局は伴侶を連れて新しい土地へと出ていく獣人も多いのだと聞いた。そういった者たちが指導者を欲しているのか、それとも優秀な血を後世へと残すためにあるいは。

(……まさか)

 自分で辿り着いた最悪の考えにぶんぶんと首を振って否定する。だが社交界のパーティで見たではないか、淑女の鏡と呼ばれる貴婦人たちが黄色い声を上げてムスタを囲もうと群がる様子を。
 ムスタがそれらよりもサキを優先してエスコートしてくれるのに、少なからず優越感を感じなかったか。サキだけに甘く微笑んでみせるから嫉妬した貴婦人たちの瞳が自分に当たるのを、今だけはムスタが自分だけのもののように思えて気分良く感じはしなかったか。
 
 黙って立っているだけでも美しい姿に自分とていつもうっとりと見惚れていたではないか。少し困った顔でサキを見て笑う顔に頭を撫でられる、思い出せば今も胸がきゅんと痛むではないか。

(やだ、やだやだ)

 自分以外にあの笑顔を見せないでほしい、自分以外にあの手で触れないでほしい、自分以外にあの声で語り掛けてそしてあの唇で。

 思いもよらなかった自分の嫉妬深さにはっとする。そして無意識にムスタの元へ飛ぼうと魔法を構築していた自分に気づいて、サキはぞっとした。そんなに長距離をサキはまだ飛べない、無理をすれば時の狭間で消えてしまうだろう。
 
 いつの間にか放出していた魔力と精気を練り直し、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。ムスタが待つと言ったのだ、その言葉を信じられずにどうする。

 気づけば少し離れた場所でクラースが膝を付いていた。何事と駈け寄ればクラースには珍しく慌てて制され、館まで今すぐ転移で戻れるか尋ねられた。頷けばそのまま一人で飛べと言う、クラースも一緒にと言えば俺はこの後城下街で用事があるからと諭された。



 サキが転移で消えた建物に挟まれた石を敷いた道に残されたクラースは、中てられて勃った己を自身には構築することもできない小難しい魔法陣を思い出すことにより何とか鎮めると、ようやくふらりと立ち上がった。

「……あっぶねぇ………」

 成人前であれでは危なすぎる、本当に目が離せない。突然足を止めたサキをいぶかしみ様子を見ていたのだが、いきなりむらりと湧き上がった性的衝動をクラースは抑えきれなかった。辺りに人がいなくて本当に良かったと思う。
 
 すぐにサキが自分で気づいて納めたからよかったようなものの、あれが魔族の夢魔の能力なのだとしたら恐ろしいことである。一日も早くムスタが戻って早くサキをしっかり繋ぎとめて欲しい、とこの日初めてクラースは強く思ったのだった。

(この件も一応報告だな)

 ぐしゃりと濃い金髪をかき回してクラースは歩きだした、今宵は誰かの体温を感じずには寝られないかもしれない。



 クラースがサキを護衛するのはサキが男性を怖がるからだけではない、エーヴェルト王からの命があるためクラースはサキを優先して動いているのである。落ち人様のような転移者とは違うがサキは転生者である。落ち人様の幸せが国の繁栄と密に関係するのだから、もしかすると転生者にも何かあるのかもしれない、そのようにエーヴェルトは考えている。

 サキ自身のことも大切に思っているしマティアスという大事な友の子供というのもあるが、エーヴェルトにとっては国も等しく大事なのである。無理強いなどするつももりはないが、サキにはどうか幸せであってほしいというのがエーヴェルトの、ひいてはヴァスコーネス王国の祈りなのだ。
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