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婚約破棄から三日。
私は公爵邸の裏庭に、自ら特設のレンガ窯を作り上げていました。
「お嬢様、本当によろしいのですか? そんな、はしたない……」
侍女のアンナが、顔を引きつらせて巨大な「塊」を見つめています。
それは今朝、メアリー様から『婚約破棄のお祝い』として送りつけられた、巨大な木箱の中身でした。
木箱に添えられた手紙には、あざ笑うような筆致でこう書かれていたのです。
『華やかな王宮には相応しくない、泥臭い貴女にぴったりな「海のゴミ」を差し上げますわ。お名前と同じ、下等な魚の頭と内臓です。せいぜい、その悪臭にまみれて泣きなさいな』
しかし、木箱を開けた瞬間の私の咆哮は、悲鳴ではなく歓喜の雄叫びでした。
「アンナ! これを見て! これは『海のゴミ』なんかじゃないわ! 最高級の、それも獲れたてピチピチの巨大マグロの『カマ』と『脳天』、そして希少な『胃袋』じゃないの!」
「……お嬢様、普通、公爵令嬢は魚の頭を見てそんなに瞳を輝かせません」
「分かっていないわね! 貴族が食べるのは、身が締まった味の薄い白身ばかり。でもね、本当に美味しいのは、この骨の周りにある脂の乗ったゼラチン質なのよ!」
私はドレスの袖をまくり上げ、手際よく巨大なカマに岩塩を振りかけました。
メアリー様は、私を「魚の頭を送りつけられるような卑しい女」と蔑むつもりだったのでしょう。
しかし彼女は知らなかったのです。私の名前「チューナ」が、偶然にもこの魚と同じ響きであることを私が誇りに思っているほど、この部位を愛していることを。
「さあ、焼けたわよ! 見て、この溢れ出す脂! 炭火で炙られた皮の香ばしさ!」
私は、こんがりと焼き上がったマグロのカマを、上品な銀皿ではなく、あえてワイルドな木の板に載せました。
まずは箸(この日のために特注した東方の食器)で、骨の隙間にある身を突っつきます。
「……っ! んんん~っ!!」
口に入れた瞬間、濃厚な脂の甘みが爆発しました。
噛み締めるたびに、炭の香りと潮の香りが鼻を抜け、ジューシーな肉汁が喉を潤します。
「最高……。メアリー様、なんて素晴らしい嫌がらせをしてくださるのかしら。これ、市場で買おうと思っても、漁師さんが自分で食べてしまうから滅多に出回らない部位なのよ!」
「お嬢様、鼻の頭にススがついておりますよ……。でも、確かに……いい匂いですわね」
「そうでしょう? アンナも食べなさい! これでお腹を満たせば、王子の小言なんて羽虫の羽音くらいにしか聞こえなくなるわ!」
私は執事やメイドたちも呼び寄せ、裏庭で即席の「マグロ解体・炭火焼きパーティー」を開催しました。
公爵邸の裏庭から立ち上る、暴力的なまでに食欲をそそる香ばしい匂い。
それは、通りかかった人々が足を止め、思わず生唾を飲み込むほどの破壊力を持っていました。
そんな狂乱の宴を、やはり高い塀の上から凝視している男がいました。
「……あいつは、何を考えているんだ」
宰相ゼノスは、手帳を握りしめたまま呆然と立ち尽くしていました。
彼の目の前では、一国の公爵令嬢が、魚の骨にしゃぶりつきながら「この軟骨がたまらないのよ!」と満面の笑みで叫んでいるのです。
「……報告。チューナ・フォン・グラッセ。男爵令嬢からの侮辱的な贈り物(魚の廃棄部位)に対し、即座に調理を開始。……あろうことか、使用人たちと宴会を始めた」
ゼノスは震える指で筆を走らせます。
「……特筆すべきは、その調理技術。香草と岩塩の使い方が完璧であり、非常に……非常に、美味そうである」
ぐぅ、と。
静かな裏路地に、ゼノスの腹虫の音が鳴り響きました。
「……くっ。私は、彼女が何を企んでいるかを探りに来ただけだ。決して、あの焼きたての魚の身を、お裾分けしてほしいなどと思っているわけではない……」
ゼノスは必死に自分に言い聞かせますが、風に乗って運ばれてくる「マグロの脳天の炙り」の香りは、彼の鉄の意志をじわじわと溶かしていきました。
「お嬢様! 誰か塀の上にいますわ!」
アンナが叫びました。
私は骨を片手に、塀の上で固まっている銀髪の美男子を見上げました。
「あら、ゼノス様ではありませんか。こんなところで何をして……ああ、さては!」
私は、脂の乗った一番美味しい部位をフォーク(あ、今は箸でした)で掲げました。
「嫌がらせの送り主であるメアリー様に、『チューナは臭くて泣いていた』と嘘の報告をしに来てくださったのね? それとも、あまりのいい匂いに誘われて、お腹を空かせた迷子さんかしら?」
「……ふん。公爵令嬢が庭で野宿のような真似をしていると聞いて、治安の確認に来たまでだ」
ゼノスは冷たく言い放とうとしましたが、鼻先をかすめた香ばしい脂の匂いに、喉が勝手に動きました。
「あら、そう。なら、治安維持のために、毒味をしていきませんか? この『海のゴミ』、飛ぶほど美味しいですわよ?」
私は、最高に意地悪で、最高に魅力的な笑顔で彼を誘いました。
ゼノスは数秒間、国家の安寧と、自分の空腹の間で激しく葛藤し――。
「……毒味なら、仕方ないな。万が一、公爵家で食中毒など出されては国益に関わる」
そう言って、彼は音もなく塀から飛び降りました。
この日、冷徹な宰相と、食いしん坊な悪役令嬢の間に、奇妙な「共犯関係」という名のスパイスが振りかけられたのでした。
私は公爵邸の裏庭に、自ら特設のレンガ窯を作り上げていました。
「お嬢様、本当によろしいのですか? そんな、はしたない……」
侍女のアンナが、顔を引きつらせて巨大な「塊」を見つめています。
それは今朝、メアリー様から『婚約破棄のお祝い』として送りつけられた、巨大な木箱の中身でした。
木箱に添えられた手紙には、あざ笑うような筆致でこう書かれていたのです。
『華やかな王宮には相応しくない、泥臭い貴女にぴったりな「海のゴミ」を差し上げますわ。お名前と同じ、下等な魚の頭と内臓です。せいぜい、その悪臭にまみれて泣きなさいな』
しかし、木箱を開けた瞬間の私の咆哮は、悲鳴ではなく歓喜の雄叫びでした。
「アンナ! これを見て! これは『海のゴミ』なんかじゃないわ! 最高級の、それも獲れたてピチピチの巨大マグロの『カマ』と『脳天』、そして希少な『胃袋』じゃないの!」
「……お嬢様、普通、公爵令嬢は魚の頭を見てそんなに瞳を輝かせません」
「分かっていないわね! 貴族が食べるのは、身が締まった味の薄い白身ばかり。でもね、本当に美味しいのは、この骨の周りにある脂の乗ったゼラチン質なのよ!」
私はドレスの袖をまくり上げ、手際よく巨大なカマに岩塩を振りかけました。
メアリー様は、私を「魚の頭を送りつけられるような卑しい女」と蔑むつもりだったのでしょう。
しかし彼女は知らなかったのです。私の名前「チューナ」が、偶然にもこの魚と同じ響きであることを私が誇りに思っているほど、この部位を愛していることを。
「さあ、焼けたわよ! 見て、この溢れ出す脂! 炭火で炙られた皮の香ばしさ!」
私は、こんがりと焼き上がったマグロのカマを、上品な銀皿ではなく、あえてワイルドな木の板に載せました。
まずは箸(この日のために特注した東方の食器)で、骨の隙間にある身を突っつきます。
「……っ! んんん~っ!!」
口に入れた瞬間、濃厚な脂の甘みが爆発しました。
噛み締めるたびに、炭の香りと潮の香りが鼻を抜け、ジューシーな肉汁が喉を潤します。
「最高……。メアリー様、なんて素晴らしい嫌がらせをしてくださるのかしら。これ、市場で買おうと思っても、漁師さんが自分で食べてしまうから滅多に出回らない部位なのよ!」
「お嬢様、鼻の頭にススがついておりますよ……。でも、確かに……いい匂いですわね」
「そうでしょう? アンナも食べなさい! これでお腹を満たせば、王子の小言なんて羽虫の羽音くらいにしか聞こえなくなるわ!」
私は執事やメイドたちも呼び寄せ、裏庭で即席の「マグロ解体・炭火焼きパーティー」を開催しました。
公爵邸の裏庭から立ち上る、暴力的なまでに食欲をそそる香ばしい匂い。
それは、通りかかった人々が足を止め、思わず生唾を飲み込むほどの破壊力を持っていました。
そんな狂乱の宴を、やはり高い塀の上から凝視している男がいました。
「……あいつは、何を考えているんだ」
宰相ゼノスは、手帳を握りしめたまま呆然と立ち尽くしていました。
彼の目の前では、一国の公爵令嬢が、魚の骨にしゃぶりつきながら「この軟骨がたまらないのよ!」と満面の笑みで叫んでいるのです。
「……報告。チューナ・フォン・グラッセ。男爵令嬢からの侮辱的な贈り物(魚の廃棄部位)に対し、即座に調理を開始。……あろうことか、使用人たちと宴会を始めた」
ゼノスは震える指で筆を走らせます。
「……特筆すべきは、その調理技術。香草と岩塩の使い方が完璧であり、非常に……非常に、美味そうである」
ぐぅ、と。
静かな裏路地に、ゼノスの腹虫の音が鳴り響きました。
「……くっ。私は、彼女が何を企んでいるかを探りに来ただけだ。決して、あの焼きたての魚の身を、お裾分けしてほしいなどと思っているわけではない……」
ゼノスは必死に自分に言い聞かせますが、風に乗って運ばれてくる「マグロの脳天の炙り」の香りは、彼の鉄の意志をじわじわと溶かしていきました。
「お嬢様! 誰か塀の上にいますわ!」
アンナが叫びました。
私は骨を片手に、塀の上で固まっている銀髪の美男子を見上げました。
「あら、ゼノス様ではありませんか。こんなところで何をして……ああ、さては!」
私は、脂の乗った一番美味しい部位をフォーク(あ、今は箸でした)で掲げました。
「嫌がらせの送り主であるメアリー様に、『チューナは臭くて泣いていた』と嘘の報告をしに来てくださったのね? それとも、あまりのいい匂いに誘われて、お腹を空かせた迷子さんかしら?」
「……ふん。公爵令嬢が庭で野宿のような真似をしていると聞いて、治安の確認に来たまでだ」
ゼノスは冷たく言い放とうとしましたが、鼻先をかすめた香ばしい脂の匂いに、喉が勝手に動きました。
「あら、そう。なら、治安維持のために、毒味をしていきませんか? この『海のゴミ』、飛ぶほど美味しいですわよ?」
私は、最高に意地悪で、最高に魅力的な笑顔で彼を誘いました。
ゼノスは数秒間、国家の安寧と、自分の空腹の間で激しく葛藤し――。
「……毒味なら、仕方ないな。万が一、公爵家で食中毒など出されては国益に関わる」
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