婚約破棄?望むところですわ!やっと、おやつが食べられますわ!

恋の箱庭

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「……チューナ、覚悟しろ。今度こそ貴様の胃袋を絶望の淵に叩き落としてやる!」


王宮の最深部、通称『開かずの間』の前で、ジュリアン殿下がかつてないほど邪悪な……いえ、必死な顔をして叫んでいました。


彼の隣には、不気味な紫色の煙を吐き出す小さな小瓶を、銀のトングで恐る恐る持っているメアリー様の姿があります。


「そうですわ、チューナ様。これはかつてこの国を滅ぼしかけたと言われる禁断のスパイス……『魔王の涙』。一口なめれば七日七晩熱病にうなされ、二口なめれば魂が天に昇ると言われている呪いの香辛料ですのよ!」


(……魔王の涙……! なんて、なんて心躍るネーミングなのかしら!)


私は、殿下たちが期待しているであろう「恐怖の表情」を完全に忘れ、うっとりとその小瓶を見つめました。


「……ゼノス様、聞きました? 魂が天に昇るほどの刺激ですって! それはつまり、既存の激辛の概念を超越した、究極の『熱』ということですわね!」


「……チューナ様、お願いですから『美味しそう』という顔で私の服の袖を引っ張らないでください。……いいですか、あれは魔導書にすら『絶対に口にするな』と記されている危険物なのですよ」


ゼノス様は、防護用の魔力壁を展開しながら、あきらめ顔で私をたしなめました。


「さあ、料理人を呼べ! この『魔王の涙』をふんだんに使った、地獄の激辛スープを作るのだ!」


ジュリアン殿下の命令で、屈強な料理人たちがガスマスクのような装備をして現れました。

調理が始まった瞬間、王宮の廊下には、吸い込むだけで肺が焼けるような、強烈に突き刺さる刺激臭が充満しました。


「……っぐ! め、目が……目が痛い! 退避だ、退避!」


殿下とメアリー様は、早々に別室へ逃げ込みました。

周囲の衛兵たちも、涙を流しながら次々と倒れていきます。


しかし、私は違いました。

私は、その刺激的な香りの奥に潜む、完熟した果実のような芳醇なコクを感じ取っていたのです。


「……これ、ただ辛いだけではありませんわ。……ゼノス様、分かります? この、揮発する成分の奥にある、発酵した味噌に近いアミノ酸の香りが!」


「……全く分かりません。鼻がもげそうです」


ついに完成したスープは、不気味な赤黒い色をしており、表面からはパチパチと火花のようなものが散っていました。


「さあ、食えチューナ! 一口でも飲んだら、貴様の負けを認めて……って、もう飲んでいる!?」


ジュリアン殿下が別室の窓から叫びましたが、私はすでに、優雅にレンゲを口に運んでいました。


「…………っっっっっっ!!!!!!!!」


口に含んだ瞬間。

私の脳内で、小規模な火山が爆発しました。


「……あ、熱いですわ! 熱い! これは熱いなんてレベルではありません! 口の中に龍が棲みついて、全力で火を吐いているようですわ!」


「ははは! 苦しめ! 水はないぞ、のたうち回るがいい!」


殿下が高笑いしますが、私の動作は止まりません。


「……ですが! この暴力的な熱さの後に来る、圧倒的な『甘み』は何事かしら! 辛味が痛覚を限界まで麻痺させた隙に、素材の旨味がダイレクトに脳の快楽中枢を殴りつけてきますわ!」


私は、隠し持っていた「冷たい生クリーム」と「厚切りのトースト」をカバンから取り出しました。


「……お嬢様、そんなものまで持ち歩いていたのですか……」


ゼノス様が絶句する中、私は激辛スープをクリームで少し割り、それをパンにたっぷりと浸しました。


「……見てください。クリームの脂肪分が、魔王の涙の尖った角を丸く包み込み……そこにパンの香ばしさが加わることで、これはもう地獄のスープではありません。……『魔界の至福・グラタン風』に進化いたしましたわ!」


私は、真っ赤な顔で汗を流しながら、しかし最高に幸せそうな笑顔でスープを完食しました。


「……ぷはぁ。……最高ですわ。……殿下、メアリー様。……私の魂は天に昇るどころか、この溢れ出す活力で、あと三日は寝ずに食べ続けられる気がしますわ!」


「な、なぜだ……。呪いのスパイスだぞ!? 精神崩壊するはずだろう!?」


「……殿下。……美味しいものの前では、呪いなどただの調味料に過ぎませんのよ」


私は、ピカピカになったお皿を掲げました。


ゼノス様は、呆れを通り越して、もはや神聖な儀式でも見るかのような目で私を見つめていました。


「……チューナ様。……貴女の胃袋には、魔王も勝てないようですね。……もはや、この国で貴女を止められる食材は存在しないのかもしれません」


「あら、ゼノス様。……それは困りますわ。……世界は広いのですもの、まだ見ぬ『美味なる絶望』が、どこかに眠っているはずですわ!」


私は、汗を拭いながら、次の獲物を求めて瞳を輝かせました。


その夜。ゼノスの手帳には、もはや戦記のような言葉が刻まれていました。


『報告:チューナ・フォン・グラッセ。彼女は、魔王の呪いさえも美食へと昇華させた。……彼女が一口食べるごとに、呪いは消え、代わりに奇妙な幸福感が広がっていく。……彼女の胃袋こそが、この国の真の聖域なのかもしれない。……追伸、彼女が流した汗が、少しだけセクシーに見えてしまった私は、そろそろ自分に呪いをかけるべきだろうか』


呪いのスパイス対決は、私の完全勝利。

しかし、このスープの噂を聞きつけた「暗殺者ギルド」の連中が、「最強の毒耐性を身につけるための修行食」として、私のレシピを欲しがって接触してくることになるのですが、それはまた別のお話です。
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