婚約破棄?望むところですわ!やっと、おやつが食べられますわ!

恋の箱庭

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「……お嬢様。こればかりは、流石の私も止めざるを得ません。……これはもはや『食事』ではなく、物理的な『壁』ですわ」


アンナが、顔を引きつらせて私の前に置かれた書状を見つめていました。


それは、王都の裏通りに店を構える、知る人ぞ知る大衆食堂『剛腕の胃袋』の店主、ガンダ氏からの挑戦状でした。


『食欲令嬢チューナ様へ。貴女の健食ぶりは聞き及んでいる。だが、真の強者とは「量の暴力」を前にしても、最後まで笑顔でいられる者のことだ。我が店伝説のメニュー「バベルの天丼」を完食できれば、貴女を真の食の覇者と認めよう』


(……バベルの天壇……! なんて、挑戦的で、かつ甘美な響きかしら!)


私は、手に持っていた(おやつ代わりの)串カツを飲み込み、燃えるような瞳で立ち上がりました。


「受けますわ、アンナ! 量の暴力? 望むところですわ! 食材たちが山となって押し寄せてくるというのなら、私はそのすべてを胃袋という名の海で受け止めて差し上げます!」


「お嬢様、カッコいいことをおっしゃっていますが、要するに大食い対決ですわよね?」


「……フッ。甘いわね、アンナ。これは対決ではなく、私と食材との『対話』なのですわよ」


噂を聞きつけたゼノス様が、今や恒例となった「頭痛をこらえるポーズ」で現れました。


「……チューナ様。貴女が何をしようと自由ですが、今回は王都中の野次馬が集まっています。……負ければ、公爵家の名誉どころか、貴女の『美食家』としての看板に泥を塗ることになりますよ」


「ゼノス様! 心配ご無用ですわ。私は今まで一度たりとも、食べ残しという敗北を喫したことはありませんもの!」


「……私が心配しているのは、貴女の胃袋の限界ではなく、店の在庫が底をついて店主が泣き出すことの方なのですが……」


決戦当日。王都の広場に特設されたテーブルには、信じられない光景が広がっていました。


そこにそびえ立っていたのは、一キロの白米の上に、数十本の海老天、かき揚げ、さらには穴子の一本揚げが、まさに塔(タワー)のように積み上げられた、化け物じみた天丼でした。


「……ガハハ! どうだ、令嬢! これが俺の魂の結晶、バベルの天丼だ! 今まで数多の猛者が挑んだが、半分も行かずに油に負けて沈んでいったわ!」


店主ガンダが、丸太のような腕を組んで豪快に笑います。

見守る群衆の中には、またしても「負ける姿を見に来た」ジュリアン殿下とメアリー様の姿もありました。


「ヒッ……! なんだ、あの食べ物の化け物は。……チューナ、今からでも遅くない、謝罪して逃げ出せば命だけは助けてやるぞ!」


「そうですわ! あんな油の塊、一口食べただけで胃が悲鳴を上げますわよ!」


私は、周囲の雑音をシャットアウトし、目の前の「塔」を静かに見つめました。


(……なるほど。確かにこの油の量、そしてこの圧倒的な質量。普通に食べれば、途中で味覚が麻痺し、満腹感よりも先に『飽き』が来ますわね)


しかし、私は不敵に微笑みました。

私はドレスの隠しポケットから、三つの小瓶を取り出したのです。


「……それはなんです、チューナ様?」


ゼノス様が身を乗り出しました。


「……これこそが、私の秘策。『味変(あじへん)の三種の神器』ですわ!」


中身は、完熟レモンの絞り汁、特製の紅生姜ペースト、そして……あの『発酵ソース』を希釈した魔法のタレです。


「……いただきますわ!」


私はまず、タワーの頂上に鎮座する海老天を一本手に取り、レモンを数滴垂らしました。


サクッ……。


「…………っ!! 美味しい……! 衣の油っこさが、レモンの酸味で一瞬にして『爽やかな旨味』へと浄化されましたわ!」


私は、まるで小鳥が囀るような軽やかなリズムで、次々と天ぷらを口へ運んでいきました。


「な、なんだあのスピードは!? ……全然、手が止まらないぞ!」


「見てください! 彼女、天ぷらの種類ごとに、つけるソースを変えていますわ!」


野菜天には紅生姜を添えてシャキシャキと。

重厚な穴子天には、発酵ソースのコクを加えて、さらなる深みへと誘う。


私は、単に量を詰め込んでいるのではありません。

一口ごとに、味のグラデーションを作り出し、胃袋を「常に新鮮な驚き」で満たし続けているのです。


「……ガ、ガハハ……! 嘘だろ!? あんなペースで食い続けたら、普通は……」


店主ガンダの顔から余裕が消えました。


一五分後。

あれほど絶望的な高さを誇っていた「バベルの塔」は、跡形もなく消え去り、そこには一粒の米すら残っていない、ピカピカの大きな丼が置かれていました。


「……ふぅ。……ごちそうさまでしたわ。……デザートに、もう少し軽いものがあっても良かったですわね」


私は、ナプキンで上品に口元を拭い、涼しい顔で立ち上がりました。


広場は、一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声に包まれました。


「……す、すげぇ……! 本当に全部食いやがった!」


「しかも、最後まであんなに幸せそうな顔をして……。あれが、真の美食家なのか……!」


店主ガンダは、その場に膝をつきました。


「……参った。……俺の負けだ。……あんた、ただの大食いじゃねぇ。……食材の良さを、最後の一切れまで引き出しながら食いやがった。……今日からこの店は、あんたの私設厨房にしてくれ!」


「あら、嬉しいお申し出ですけれど……まずは、お口直しのシャーベットを開発していただけますかしら?」


私は、ガンダと固い握手を交わしました。


ゼノス様は、もはや驚く気力も失ったようで、深いため息をつきながら私の隣に並びました。


「……チューナ様。貴女は今日、王都の食の歴史に新たな伝説を刻みました。……ですが、明日から貴女を誘う男性が一人もいなくなるかもしれませんよ? 食費の恐怖で」


「あら、ゼノス様。……そんな不届き者、こちらから願い下げですわ。……私の胃袋を丸ごと愛してくれる方でなければ、人生を共にする価値などありませんもの!」


私は、ゼノス様の目をまっすぐに見つめて言い放ちました。


ゼノス様は、一瞬呆然とした後、顔を赤くして視線を逸らしました。


その夜。ゼノスの手帳には、もはや戦慄を超えた、ある種の「誓い」が記されていました。


『報告:チューナ・フォン・グラッセ。彼女の胃袋は、無限の宇宙である。……店主さえも脱帽させるその食いっぷりは、まさに王者の風格。……追伸、彼女の食費を賄うために、国家予算の半分を回す準備を始めようか。……いや、私の個人資産をすべて彼女に捧げれば、一生分のおやつくらいは買えるだろうか』


デカ盛り対決は大勝利。

しかし、私の快進撃は止まらず、ついに「世界中のデカ盛り店」から挑戦状が届き始めることになるのですが、それはまた別のお話です。
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