玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第10章 レイコさんは自重しない

第10章第016話 正教国へ

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第10章第016話 正教国へ

Side:ツキシマ・レイコ

 はい。今日は正教国に向けて出発する日です。
 エイゼル港で船に乗り込むところです。レッドさんとマーリアちゃんとセレブロさんも一緒。

 「レイコ。晴れたけど、ちょっと雲が多いかしら?」

 「雲が高いよね。秋の雲」

 確かに雲が多いですが、暗くなるほどではなく。高く細かい雲が秋の様相を呈しています。日のまぶしさが軽減されるので、むしろ気持ちいいくらいですね。
 船乗りにも、晴天より多少の雲がある方が風向きが読みやすいんだそうです。

 「クークク」
 「くんくん」

 レッドさんとセレブロさんで、久しぶりの潮の匂いを嗅いでいます。
 レッドさんが大きくなったことで、私の背中ではちょっと収まりが悪く。マーリアちゃんたちと一緒に行動しているときには、セレブロさんの背中にいることが多くなりました。

 目的地の正教国。あと何年かしたら、鉄道で行けるようになると思います。
 ダーコラとの国境である三角州での架橋工事も進んでおりますが。街道の橋の工事は進んでましたが。街道と鉄道が一体化した橋をかけることに計画変更となりましたので、工期が延長されました。
 橋脚は石造りですね。街道と鉄道を一体化した方が頑丈になるのだから一緒にかけてしまえ…と。すでに立てられた橋脚を伸ばす形で拡張されます。…計画担当の方々、ご愁傷様です。
 更に言えば。街道の幅は倍に、線路も複線を見越して架橋…と、工事は四倍の規模となっています。架橋を急ぐよりも、どうせ必要になるのならと、将来の効率を取りました。


 この大陸では、王位に就いたら正教国で王位認定式を受けることになります。
 正教国が王位を認めることで諸国に赤竜教の権威を示すのが主な目的の儀式ではありますが。今回はネイルコードの宣伝も兼ねていますからね。正教国との関係も改善されているので、昔みたいに維持と面子がぶつかりあうようなギスギス感はないそうです。…そのトップのリシャーフさんも一緒に乗りますしね。

 王と王太子が揃って海外渡航するので、船団を組んでの出発です。セイホウ王国行きで使った船団が整備され、そのまま当てられます。
 キング・アインコール号。プリンス・カルタスト号。デューク・カステラード号の三隻。さらに護衛の船団も同行します。
 っと。プリンス・アインコール号が、アインコール陛下の即位に伴い、改名となりました。うん、戴冠に伴う航海には最適の船ですね。
 名前だけではなく、本当にお召艦になるということで。甲板中央部に貴賓室が増設されました。此処に在った調理室と食堂はちょっと移動。まぁ貴賓室へ饗する料理も作りますしね。近い方が便利でしょう。

 半年を超えるセイホウ王国とロトリー国への航海において、機関の致命的不調はありませんでした。まぁ蒸気ピストンという比較的単純な構造だからと言うのもあるでしょうし。ギアとかも過剰がちに頑丈に作られていましたしね。
 それでも、ピストンやギアの摩耗具合、ボイラーの結果具合など、貴重なデータが取れたと、技師さんたちは喜んでいました。
 新型船に搭載する機関のバージョンアップ作業は早々に完了しました。新型のインジェクタ…ボイラーの中に、その水蒸気の圧力に逆らって水を補給する装置ですね。それも取り付けると張り切ってました。

 キング・アインコール号には、アインコール陛下と。結局、さらに一ヶ月滞在したリシャーフさん。ロトリー国のネイト殿下と使節団が同乗です。
 プリンス・カルタスト号にはカルタスト殿下。デューク・カステラード号にはカステラード殿下。それぞれ分散しましたね。もちろん、リスク分散に配慮した結果ですが。船名と搭乗者がぴったり合う機会も早々ある物ではありません。
 ネタリア外相ら外交組、セイホウ王国のカラサーム大使一行と、今まで滞在して一緒に帰国する招待客…親ネイルコードになった方々ってことでもてなしていましたが、彼らも船団に分乗します。

 「自分の名前が付いた船というのも、むず痒い物だな。しかし、なかなか"おもしろい"船だ。これが今後、海運の主流となるのだな」
 「僕はやっと乗れますよ、蒸気船に。動いている機関室を見せて貰うのが楽しみです。」

 乗り込み前の王族のご感想です。
 アインコール陛下とは昔正教国からの帰りでご一緒したことがありますね。その時の船は快速帆船クイーン・ローザリンテ号でした。
 カルタスト殿下は、ボルト島へ渡る連絡船と王都の湖での船遊びくらいしか、経験が無いそうです。


 最初は一隻に全員同乗とかいう話もあったのです。ほら、私とマーリアちゃんも乗りますからね。護衛という面でこれほど安全な組み合わせもないでしょう。
 ただ、貴賓室が足りない。お付きの人の部屋も必要です。そのために三隻に分乗ですが。まぁもともと船団の予定でしたので。窮屈になるよりは良いのでは?となりました。

 「蒸気船を一隻、赤竜教に"奉納"してくれるのは良いんだけど… あの書類の厚さ見たら、担当の祭司達が泣くわね」

 同乗しているリシャーフさん。
 現在建造中の三隻は、一隻が赤竜教への奉納。残り二隻はセイホウ王国とロトリー国へとなりました。
 セイホウ王国とロトリー国へは売却ですが。支払いは交易に対する条約料から充てられる予定。ただ、船だけ売っても動かせないですし、メンテナンスも必要です。将来的には、それぞれの国でも作りたいでしょう。これらの訓練と教育のために、まず人を寄越して貰うことになります。
 ネイルコードでは、蒸気機関を隠すことはしません。まぁ原理は見れる分かるので、作れる人にはすぐ作れるでしょうし。蒸気船に限らず、ネイルコード製の製品を他国へ販売しても、原理を理解していないとメンテナンスも覚束きません。機密にして利益を得るより、産業の基礎動力として他の技術と共に普及させる…ということで、王宮の方でも納得しています。

 「奉納の案件、激増するのは目に見えていますからね。それこそ来年に何倍になるとすら言えないくらい」

 「…この蒸気船の奉納で、奉納部の老害を諦めさせるわよ。教会でやらせると、仕事が進まないのよ!」

 リシャーフさんも大変ですが。工業の発展には知的財産の管理は必須です。すでに鉄道やら電信やらまでできているのですから、早々に権利の保証…要は、真似して先に奉納して自分の物になんてことができないようにしなくてはいけません。
 今回の奉納も、船丸ごと一件扱いではなく。蒸気機関の部分だけでも、概念から配管の工夫とか。地球で言うところの特許案件が大量に含まれてまして。アマランカ領産の紙に書かれているとは言え、けっこうな厚さになったそうです。
 嫌がらせとかではなく。今後、特許を扱うと言うことはこういう細分が必須だという前例となる奉納なのですが。

 リシャーフさんは、特許庁を教会から独立させることを企んでいます。確かに奉納は教会の権力を高めるのには役に立つでしょうが。今のシステムのままでは、文明の発展の足を引っ張るのは目に見えています。"権力"ではなく、"権威"が高まれば十分で、他国の足を引っ張るような仕組みは撤廃すべき…と理解してくれています。
 …そのまえに私がいろいろやらされそうですが。


 …。
 …。
 正教国経由で自国に戻る使節や、便乗した貴族の観光客も何組か分乗していますが。
 …。
 どこかで見た貴婦人が同乗しています。さらに同じくらいのお歳の執事らしき男性。できる雰囲気の若い女性と男性の付き人 …貴婦人がこちらを見て手を振っていますね。

 「レイコ…あの方達は…もしかして?」
 「…アインコール陛下…いいんですか?あれ」

 「レイコ殿。あそこにいるのは、これから正教国観光に向かう貴族夫人とその従者だ。…それ以上でも以下でもない」

 そりゃ、夫婦で旅行したいと言っていましたけど上皇陛下夫妻。いきなりですか?
 となると、ネイルコードの上皇陛下、今上陛下、王太子が一度にネイルコードを離れることに…いいのかな?
 護衛騎士団長のラコールさんをちらっと見ます。…なんかお腹のあたりを抑えています。事態は把握しているようです。

 「カルタストにも弟ができたし。カステラードにも息子ができたからな。最悪が起きたとしてもなんとかなるじゃないか?」
 「…起きてたまるもんですか」

 ラコールさんが恨めしげにアインコール陛下を睨みます。不敬だと叱られそうなところですが。外出中は警備面では全面的に護衛騎士の指示に従うことが決まっているそうで。その場で判断が求められる行動については、ラコールさんが指揮系統では上になっています。

 大きくため息をついたラコールさん。背を伸ばして、

 「まずはダーコラ国バトゥーに向けて出港! 以後、航海に関する船団の指揮はレク・スルク・シンシク司令に委譲する!」

 「指揮の委譲、承りました。キング・アインコール号、プリンス・カルタスト号、デューク・カステラード号、全船出港準備! 釜に火を入れろ! 離岸に向けて展帆!」

 船員さん達がキビキビと動き始めます。手旗信号で僚艦にも伝えられます。


 港の警備をしていた護衛騎士と兵士さん達。見学に来たエイゼル市民が見送る中。船が離岸します。
 目的地は西ですが。ボルト島との間の海流の事情で一旦東に抜けるのは、いつもの行程。海峡を抜けたら、右にボルト島を見つつ西へ航路変更。

 「総帆展帆! 蒸気機関出力八へ!」
 「総帆展帆! 蒸気機関出力八!」

 船長が号令し、復唱が続きます。全ての帆が張られ、機関の音のテンポも速度が増します。
 船長がマストの上の旗で風を見つつ、操船を指示します。最初は旗艦だけが突出しましたが、信号を受けた残り蒸気船二隻も、増速して追いつきました。

 「これは…速いな。母上の船も速いと思ったが。一回り上回る速度だ」

 艦後部上のブリッジでアインコール殿下が呟きます。
 前王妃様の名前を冠したクイーン・ローザリンテ号は、一応ローザリンテ殿下の所有といった登録がされていますが。王室の持ち物ということは国の所有物でもあります。運用の管轄は海軍ですしね、名義の話。

 「速いですねぇ… 正教国までの時間が半分になるって本当なんですね…」
 「今回はすぐに護衛の船団の帆走に合わせますので、通常航海と同じ速度ですが。この船だけでなら半分で行けるでしょうね」

 リシャーフさんがネイルコードに来るまでに乗っていた船は、クイーン・ローザリンテ号と同じタイプの快速帆船だったそうです。

 「いいわね!休暇が捗るわっ!」

 「あの…リシャーフさんが乗る船に護衛が付かないわけ無いでしょ? 蒸気船が奉納船一隻だけなら、今までと同じですよ?」

 「…つまり…この船をもう二隻くらい買えば良いのね?」

 「はっはっは。商会の人間は、こういうときに使うのだな、"毎度あり"と」

 「…アインコール陛下、まからないかしら?」

 休暇の日数稼ぐために、蒸気船買わないでください。
 …カルタスト殿下がここにいたら、飛行機の方を推すんだろうな。

 三隻が斜めに並んで進みます。
 僚艦を見ると…プリンス・カルタスト号のブリッジにも人が固まっているのが見えます。多分カルタスト殿下とその護衛でしょうね。…舵を持たせて欲しいとわがまま言ってそうですが。
 

 三十分も航行すると、前方に船団が…クイーン・ローザリンテと同じタイプの帆船が三隻見えてきました。

 「機関出力二。帆走に移行する!」
 「機関出力二。帆走に移行!」

 この船団は、先に海軍基地を出航していた今回の護衛です。
 それに追いつくまでほぼ全速に近い速度を出したわけですが。まぁこれは陛下や乗船客へのデモンストレーションですね。
 この船の場合、蒸気機関だけでも帆走より速度が出ますが。そこは軍機だそうです。

 「機関点検始め! のち報告せよ」
 「了解!」

 オーバーホールした蒸気機関のテストも兼ねています。他の二船も点検に入るでしょう。
 今のところ、特に異常も無いようです。

 昼頃に出港した船団は、陸地が右の水平線ギリギリに捉えられるくらい陸地から離れて進みます。座礁に警戒しつつ夜も航行できるルートを選びます。

 アインコール陛下は、日が沈むまでブリッジに留まりました。日が船を追い越し、船先の彼方に沈むまで。

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