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第7章・さよならのあとで
第44話
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「ねぇ、汐風くん! 今日行くところってどこなの?」
桜が訊く。
「あぁ、それは……」
素直に目的地を言おうとしたときだった。
「おーい、汐風ーっ!」
「夢ちゃーん!」
参道のほうから声がした。振り返ると、鳥居の下で、涼太と志崎さんが手を振っていた。
「涼太くん! 彩ちゃん!」
桜が歓喜の声を上げ、ふたりのもとへ駆け出す。なんだかんだ、桜にとっては一ヶ月ぶりくらいの再会になる。
「汐風。呼んでくれてありがとな。彩、夢ちゃんに会えるの、めちゃくちゃ楽しみにしてたんだ」
涼太は、桜と志崎さんのほうを見ながら言った。ふたりは僕たちに気付くことなく楽しそうにはしゃいでいる。僕は首を振る。
「こっちこそ、付き合ってくれてありがとな。いきなりだったのに」
「いや、俺も会いたかったから。まさかいきなり転校するなんて思わなかったし。寂しくなるな」
「……うん」
「まぁでも、お前たちは付き合ってるんだろ? それならいつでも会えるもんな!」
「……うん」
無理やり、首を縦に振る。
涼太も志崎さんも、桜の事情はなにも知らない。勘づかれるわけにはいかないのだ。
国は現在、水面下でヒトクローンの法改正を進めている。それに先駆けて、蝶々さんたち結賀大学附属病院にヒトクローンの研究を進めるよう指示したのだ。
しかし、ヒトクローンは倫理や尊厳の問題が多く、法改正はまだなされていないため、桜の存在は違法といえる。
さらにいえば、戸籍がない桜は千鳥夢という少女に成りすましているのである。もしそれが公になりでもしたら、大変なことだ。
そういうわけで桜の正体は病院でも極秘事項となっていて、職員である奈良さんですら詳しくは知らされていないのだ。
蝶々さんからも、桜のことはくれぐれもだれにも話さないようにと釘を刺されている。
桜を守るためにも、この秘密はぜったいにだれにも漏らしてはいけない。
悔しいけれど、高校生である僕には、彼女を取り巻く環境を変えることはできないのだ。
できることは、ただ桜のそばにいること。彼女の不安や恐怖を取り除くこと。そう、思っている。
「……なぁ、お前、なんかちょっと、大人っぽくなったよな」
志崎さんと楽しげに話す桜を見つめていると、涼太が僕の肩を小突いた。
「……え、そうかな?」
「なんかいいなぁ。俺も彩と付き合って、なにか変わったかなー?」
「うーん……」
涼太はいつもどおりの私服だが、志崎さんは浴衣姿だ。彼女は紺色の生地に花火柄の浴衣を着ていた。
「どうだろうな」
「どうだろうなって、ひどいな」
がっくりとする涼太に、僕は続ける。
「でも、志崎さんはずいぶん変わった気がする。涼太といるときの志崎さんは、すごく明るくなったと思うよ」
「え……」
「たぶん、お前が変えたんだろうな」
「そ、そう?」
涼太の顔に、じわじわと笑みが広がっていく。
「……そっか。なんか、照れるな」
変わっているのは、僕だけじゃなかった。
みんな、同じようにだれかに影響されて変わってゆく。
僕たちはそうやって少しづつ、大人になってゆくのかもしれない。
「じゃあ、揃ったし行くか」
僕たちは、四人でとある場所に向かった。
街を抜けて、農道へ向かえば向かうほど、どんどん光が消えていく。
河川敷についた頃には既に陽は沈み、さらに街灯もないおかげで辺りは真っ暗闇だった。
「なぁ、汐風。こんな川に来て、花火でもすんのか?」
「えっ、花火?」
「花火もいいかなとは思ったんだけど。どうせなら、もっといいもの見たいなって。せっかく晴れてるし」
と、僕は空を見上げた。今日が雨じゃなくて良かった。
「いいもの?」
今度は桜と志崎さんが揃えて首を傾げた。
「流星群とか?」
「さて、どうかな」
僕はふふん、とドヤ顔を返し、また歩き出す。すると、桜は不満そうにしながらも黙って着いてきた。
時刻は既に八時過ぎ。ちょうどいい時間だ。
僕は用水路や草むらに目を凝らしながら歩いた。
四人で他愛ない話しをしながら歩き進めていると、
「わっ!」
石かなにかにつまづいたのか、となりにいた桜が突然つんのめった。
「大丈夫っ!?」
慌てて僕は桜の手を引っ張り、抱き寄せる。
「う、うん、ごめん。ありがとう、汐風くん」
間一髪、転ばずに済み、僕はほっと胸を撫で下ろした。
今の桜は免疫力が下がっていて、怪我をしたら大変なことになると蝶々さんから言われているのだ。
桜がゆっくりと離れていく。
咄嗟に支えた桜の身体は、異常なほど軽かった。それが彼女の残された命の時間に比例しているようで、僕はやるせなさを噛み締める。
「夢ちゃん、大丈夫?」
志崎さんが桜に駆け寄る。と同時に、引っ張られるようにして涼太も桜に駆け寄った。
どうやら、ふたりは手を繋いでいたらしい。
「なぁ汐風。この辺り暗いし、手、繋いでてやりなよ」
「えっ……」
涼太に言われ、僕は桜をちらりと見た。桜も僕を見る。目が合って、お互い顔が赤くなっていく。
「……いや、でも……」
渋る僕に、もじもじと俯く桜。
手を繋ぐなんて、そう簡単にはできない。
しかも、涼太と志崎さんもいる前でなんて、恥ずかし過ぎる。
だけど、こんな暗いなかを歩くのはたしかに危ない。暗いし、用水路もある。落ちたら大変だ。
それでなくても、桜は今体調があまり良くない。蝶々さんの許しを得て、無理やり外出している状態なのだ。
僕は覚悟を決めて、桜に手を出した。
「その……君がいやじゃなかったら、だけど」
桜は一度僕を見上げてから、僕の手を見る。そして、「じゃ、じゃあ」と、恐る恐る僕の手をとった。触れ合い、指先が絡み合うと、その指先にきゅっと力がこもるのを感じる。
その瞬間、僕の胸に言葉にはならない感情があふれた。
桜が訊く。
「あぁ、それは……」
素直に目的地を言おうとしたときだった。
「おーい、汐風ーっ!」
「夢ちゃーん!」
参道のほうから声がした。振り返ると、鳥居の下で、涼太と志崎さんが手を振っていた。
「涼太くん! 彩ちゃん!」
桜が歓喜の声を上げ、ふたりのもとへ駆け出す。なんだかんだ、桜にとっては一ヶ月ぶりくらいの再会になる。
「汐風。呼んでくれてありがとな。彩、夢ちゃんに会えるの、めちゃくちゃ楽しみにしてたんだ」
涼太は、桜と志崎さんのほうを見ながら言った。ふたりは僕たちに気付くことなく楽しそうにはしゃいでいる。僕は首を振る。
「こっちこそ、付き合ってくれてありがとな。いきなりだったのに」
「いや、俺も会いたかったから。まさかいきなり転校するなんて思わなかったし。寂しくなるな」
「……うん」
「まぁでも、お前たちは付き合ってるんだろ? それならいつでも会えるもんな!」
「……うん」
無理やり、首を縦に振る。
涼太も志崎さんも、桜の事情はなにも知らない。勘づかれるわけにはいかないのだ。
国は現在、水面下でヒトクローンの法改正を進めている。それに先駆けて、蝶々さんたち結賀大学附属病院にヒトクローンの研究を進めるよう指示したのだ。
しかし、ヒトクローンは倫理や尊厳の問題が多く、法改正はまだなされていないため、桜の存在は違法といえる。
さらにいえば、戸籍がない桜は千鳥夢という少女に成りすましているのである。もしそれが公になりでもしたら、大変なことだ。
そういうわけで桜の正体は病院でも極秘事項となっていて、職員である奈良さんですら詳しくは知らされていないのだ。
蝶々さんからも、桜のことはくれぐれもだれにも話さないようにと釘を刺されている。
桜を守るためにも、この秘密はぜったいにだれにも漏らしてはいけない。
悔しいけれど、高校生である僕には、彼女を取り巻く環境を変えることはできないのだ。
できることは、ただ桜のそばにいること。彼女の不安や恐怖を取り除くこと。そう、思っている。
「……なぁ、お前、なんかちょっと、大人っぽくなったよな」
志崎さんと楽しげに話す桜を見つめていると、涼太が僕の肩を小突いた。
「……え、そうかな?」
「なんかいいなぁ。俺も彩と付き合って、なにか変わったかなー?」
「うーん……」
涼太はいつもどおりの私服だが、志崎さんは浴衣姿だ。彼女は紺色の生地に花火柄の浴衣を着ていた。
「どうだろうな」
「どうだろうなって、ひどいな」
がっくりとする涼太に、僕は続ける。
「でも、志崎さんはずいぶん変わった気がする。涼太といるときの志崎さんは、すごく明るくなったと思うよ」
「え……」
「たぶん、お前が変えたんだろうな」
「そ、そう?」
涼太の顔に、じわじわと笑みが広がっていく。
「……そっか。なんか、照れるな」
変わっているのは、僕だけじゃなかった。
みんな、同じようにだれかに影響されて変わってゆく。
僕たちはそうやって少しづつ、大人になってゆくのかもしれない。
「じゃあ、揃ったし行くか」
僕たちは、四人でとある場所に向かった。
街を抜けて、農道へ向かえば向かうほど、どんどん光が消えていく。
河川敷についた頃には既に陽は沈み、さらに街灯もないおかげで辺りは真っ暗闇だった。
「なぁ、汐風。こんな川に来て、花火でもすんのか?」
「えっ、花火?」
「花火もいいかなとは思ったんだけど。どうせなら、もっといいもの見たいなって。せっかく晴れてるし」
と、僕は空を見上げた。今日が雨じゃなくて良かった。
「いいもの?」
今度は桜と志崎さんが揃えて首を傾げた。
「流星群とか?」
「さて、どうかな」
僕はふふん、とドヤ顔を返し、また歩き出す。すると、桜は不満そうにしながらも黙って着いてきた。
時刻は既に八時過ぎ。ちょうどいい時間だ。
僕は用水路や草むらに目を凝らしながら歩いた。
四人で他愛ない話しをしながら歩き進めていると、
「わっ!」
石かなにかにつまづいたのか、となりにいた桜が突然つんのめった。
「大丈夫っ!?」
慌てて僕は桜の手を引っ張り、抱き寄せる。
「う、うん、ごめん。ありがとう、汐風くん」
間一髪、転ばずに済み、僕はほっと胸を撫で下ろした。
今の桜は免疫力が下がっていて、怪我をしたら大変なことになると蝶々さんから言われているのだ。
桜がゆっくりと離れていく。
咄嗟に支えた桜の身体は、異常なほど軽かった。それが彼女の残された命の時間に比例しているようで、僕はやるせなさを噛み締める。
「夢ちゃん、大丈夫?」
志崎さんが桜に駆け寄る。と同時に、引っ張られるようにして涼太も桜に駆け寄った。
どうやら、ふたりは手を繋いでいたらしい。
「なぁ汐風。この辺り暗いし、手、繋いでてやりなよ」
「えっ……」
涼太に言われ、僕は桜をちらりと見た。桜も僕を見る。目が合って、お互い顔が赤くなっていく。
「……いや、でも……」
渋る僕に、もじもじと俯く桜。
手を繋ぐなんて、そう簡単にはできない。
しかも、涼太と志崎さんもいる前でなんて、恥ずかし過ぎる。
だけど、こんな暗いなかを歩くのはたしかに危ない。暗いし、用水路もある。落ちたら大変だ。
それでなくても、桜は今体調があまり良くない。蝶々さんの許しを得て、無理やり外出している状態なのだ。
僕は覚悟を決めて、桜に手を出した。
「その……君がいやじゃなかったら、だけど」
桜は一度僕を見上げてから、僕の手を見る。そして、「じゃ、じゃあ」と、恐る恐る僕の手をとった。触れ合い、指先が絡み合うと、その指先にきゅっと力がこもるのを感じる。
その瞬間、僕の胸に言葉にはならない感情があふれた。
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