獣人王と番の寵妃

沖田弥子

文字の大きさ
13 / 32

波乱 3

しおりを挟む
 遅れて入室してきた天に非難の眼差しが注がれる。天は戸口に膝を着いた。

「遅れて申し訳ございません!」

 靴音を鳴らしてこちらにやってきたルカスは、跪いた天を冷淡に見下ろす。

「遅刻により、同室六名に懲罰を与えます。懲罰の内容は刑務庭送り。妃候補の資格も剥奪します」
「えっ……」

 無情に宣告された懲罰の内容に呆然とする。
 刑務庭とは王宮で罪を犯した者が送られるところで、定められた期間を服役しなければならないと聞く。牢獄もあり、罪が重ければ死を賜るという。さらに妃候補の資格を剥奪されるということは、もう復帰できないことを示していた。
 これまでの懲罰は正座や追加の掃除といった内容だったのに、あまりにも重すぎるのではないだろうか。

「そんな……では、僕たちはもう王宮にいられないのですか?」
「今回は妃候補を選別する大事な試験です。それに遅刻するような者は元から必要ありません。あなたがたは王宮にいても無用ですから、刑務庭で反省したあと故郷へ帰るのがよろしいでしょう」

 王宮に、いられなくなる。
 そのとき天の脳裏を掠めたのは、エドに二度と会えなくなるという憂慮だった。
 それがいかに身勝手な思いであるかということを、黎の叫びが証明した。

「待ってください! 俺たちは今まで協力して勉学や舞の稽古に励んできました。それなのに一回の遅刻で同室者全員を事実上追放にするなんて、ひどすぎます」

 黎や皆は、妃になるために必死で頑張ってきたのだ。それなのに天は始めから妃になる気もなく、エドと逢瀬を重ねたゆえに大切な告知を聞き逃した。身勝手な己の行為で皆の将来を奪おうとしている。
 僕のせいだ。僕がみんなを裏切ったんだ。
 天の隣に跪いて懇願する黎へ、ルカスは冷徹に扇子の切っ先をむけた。

「あなたがたは、いかなる結果を出しましたか? 王家は善意であなたがたに勉学を教え、日々の糧を与えているわけではありません。どうしても妃候補の資格を失いたくないのなら、己は役に立つ存在だとまずは私に示しなさい」

 ルカスの台詞に、隅に立っていた恵が微笑みながら前へ進み出る。

「ルカスさまにご報告がございます。天は毎日こっそり川辺に出かけて、獣人と密会していました。私は宮殿の裏にある通路から何度か目撃してしまったのです。今日遅刻したのも、逢い引きしていたからでしょう」
「なんですって? 本当ですか、天」

 眉を跳ね上げたルカスは鋭く詰問した。
 背筋を冷たいものが流れる。やはり恵には知られていたのだ。彼はこの切札を匂わせていたが、今こそ出すべきだと判断した。
 室内がざわめきだす。ぎゅっと心臓を掴まれるような苦しさに喘ぎながら、天は正直に肯定した。

「……はい。本当です」
「その獣人は何者です。逢い引きだなんて、王に対する重大な裏切り行為ですよ。事実だとしたら数日の刑務庭送りでは済まされません」
「……言えません。でも、逢い引きではありません。彼とは友人です」

 自らの罪は認めなければならないが、エドに非はない。天が彼に会いたいと希ったのだ。すべて自分の責任だ。エドの名を出せば、彼が降格などに処されてしまいかねない。それだけは避けなければならなかった。
 友人だなんて白々しい、ひとりで罪を被るべきだと同室者から口々に罵られる。
 エドと特別な関係になりたいという望みはなかったと、明言できなかった。だから誰にも言えなかったのだ。
 涙ぐむ天と、告発した恵を交互に見遣った黎は声を上げた。

「おい、仲間を売るのはよせよ。恵が遅刻したときも、天は一緒に懲罰を受けてくれただろ。自分が助かりたいからって、ひとを突き落とすなよ!」

 恵は視線を彷徨わせた。役に立つことを示せば妃候補を剥奪しないという条件をルカスが提示したので、天を密告して懲罰を逃れようという算段なのは明らかだった。
 けれど恵の行いを責めることなど天にはできない。恵の告白はすべて事実なのだから。
 憤然とした恵は黎を睨みつける。

「私はなにも悪くない。王への裏切りを報告するのは妃候補としての義務だ。そんなに仲間が大事なら、仲良く刑務庭に堕ちて慰め合えばいいさ」
「おまえみたいな腹黒が妃に見初められるわけないんだからな。勘違いするなよ!」
「なんだと!? 下級役人の家柄のくせに、私を侮辱するな!」

 激昂した恵は手を振り上げた。平手打ちを食らわそうとしたその腕を押さえつけた黎と掴み合いになり、場は騒然となる。

「おやめなさい!」

 ルカスの苛烈な一喝が轟く。
 しんと静まり返る室内で靴音を響かせたルカスは、天の前にやってきた。

「すべての元凶はあなたです。選びなさい。六名で罪を分け合い、ひと月の刑務に服したあと故郷に戻るか。あなたひとりで罪を負い、一生を刑務庭で過ごすか」

 一生という時間の重みに絶望感が増す。六名分の服役を足せば半年になると思うのだが、それだけ天自身の罪が重いということなのだろう。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました

雨宮里玖
BL
公爵令息のハルは突然の婚約者変更を告げられ戸惑う。親同士の約束で、ハルは第一王子のオルフェウスと婚約していた。だがオルフェウスの病気が芳しくないため王太子が第二王子のゼインに変更となり、それに伴ってハルの婚約者も変更になったのだ。 昔は一緒に仲良く遊んだはずなのに、無愛想で冷たいゼインはハルのことを嫌っている。穏やかで優しいオルフェウスから、冷酷なゼインに婚約者が変わると聞いてハルは涙する。それでも家のために役に立ちたい、王太子妃としてゼインを一途に愛し、尽くしたいと運命を受け入れる覚悟をする。 婚礼式のときからハルに冷たく傲慢な態度のゼイン。ハルは負けじと王太子妃としての役割を果たすべくゼインに迫る。初夜のとき「抱いてください」とゼインに色仕掛けをするが「お前を抱く気はない」とゼインに一蹴されてしまう——。

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ )は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。 ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。 今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。 本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。 全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。 (本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる

遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。 「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。 未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ) 自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。 ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。 少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。

処理中です...