獣人王と番の寵妃

沖田弥子

文字の大きさ
14 / 32

刑務庭送り 1

しおりを挟む
 天は、獣人王を裏切ったのだから。
 連座ならばひと月で済むが、刑務期間は問題ではない。重要なのは、皆が妃候補の資格を失ってしまうことだ。正座の懲罰とは次元が違う。ひとの未来を奪ってしまうのだ。天の身勝手な行動が原因なのに。
 答えは決まっていた。
 天は深く頭を垂れる。

「僕ひとりで懲罰をお受けいたします。どうか他のみんなには累が及ばないよう、お願い申し上げます」
「待てよ、天! 一生だぞ!?」

 腕を掴んで止めようとする黎に、小さく「ありがとう」と告げる。彼は天を責めることもせず、果敢にも教育官の前で庇ってくれた。黎に助けられた数々の出来事に感謝の念を抱く。
 すべては自分の犯した罪なのだから、ひとりで受け入れて然るべきだ。黎にも他の誰にも、迷惑はかけられない。どうせ天に帰るところはないのだから、一生を刑務庭で過ごしてもなんの問題もない。
 天は衛士に引き立てられて、刑務庭へ向かった。



 宿舎へ寄り、荷物を持ち出す恩情を与えられた天は小さな鞄を抱えた。
 私物は着替えや筆箱くらいしかない。大切なものは胸に提げた翡翠の欠片と、手に握りしめている短冊だ。
 灯籠流しを共に見るというエドとの約束は、叶いそうにない。
 胸に秘めた願い事をエドに知られたらどうしようなどと浮かれていたのがつい昨日だったなんて、信じられないくらい日常は脆く崩れ去った。
 王宮内の寂れた場所にある刑務庭は高い塀で囲われ、入口には堅牢な門がそびえ立つ。門番と衛士がやり取りをする間、格子の隙間から窺った内部は、鬱蒼とした気配が充満していた。ややあって厳重に警備された門が開かれて、衛士に背を突き飛ばされるようにして足を踏み入れる。庭という名称がつけられているが、手入れの成された庭園などではなく、通路を通り抜ければそこは材木や器具などが積み重ねられた作業場のようなところだった。襤褸を着た罪人たちが材木を加工する作業に従事している。その周りでは黒服の刑務官が鞭を携えながら監督していた。
 衛士から刑務官に引き渡された天は、庭を取り囲む棟のひとつへ連れていかれた。古びた室内にも作業場があり、金属音に紛れて鞭の音と悲鳴が鳴り響く。背筋を震わせていると、溶鉱炉の傍で監督していた刑務官に引き合わされた。
 昏い目をした陰湿そうな獣人は刑務庭の上官なのだろう。部下から預かった書類を一読すると、天の顔を虫けらを見るように見下す。

「不貞の罪か。刑期は死ぬまでだ。鞭打ち百回を付けてやる。明日の朝まで独房に入れておけ」

 無造作に書類を突き返した上官の言葉に瞠目する。なぜ彼の独断で鞭打ちの刑が追加されてしまうのだろうか。

「あの、ルカスさまは鞭打ち百回なんて言いませんでした。どうして懲罰が増えているのですか?」

 傍で灼熱の鉄を打っていた罪人が、ちらりとこちらに目をむけて小さく首を振った。逆らうな、という合図のようだ。上官は残忍な笑みを浮かべる。

「ここでは俺が法律だ。刑務庭に放り込まれた時点で、おまえの命がどうなるかは俺の気分次第なんだよ」
「そんな……あっ、なにをするんです!」

 手にしていた鞄を強引に奪われる。上官は中身を掻き回すと、鞄ごと溶鉱炉に投げ入れた。

「金目のものがないな。その紙は何だ」

 手首をねじり上げられて、短冊を奪われてしまう。歪んだ短冊を開いた上官は、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「なんだ、落書きか」

 紅蓮の炎に放り込まれた願い事は、瞬時に灰燼と化した。
 そのとき天は、すべてを失うという絶望に襲われた。
 はじめから、叶うなんて思っていない。
 でも希望を持ちたかった。
 もしかしたらという一縷の望みを心の片隅に抱くことは、奪われるべき悪なのだろうか。
 溶鉱炉の炎を眼に映しながら呆然と佇む天を、頭から爪先まで眺めた上官は舌舐めずりをした。

「オメガは久しぶりだ。鞭打ちのあとで犯してやる。背中の皮が剥けて血を流せば、どんなオメガでも大人しくなるからな」

 卑下た高笑いをどこか遠くで聞きながら引き摺られて、地下の牢獄へ放り込まれる。
 狭い独房は身を置くだけでいっぱいになり、光は届かない。黴臭さが鼻をつき、剥き出しの石床から這い上がる寒さが身に染みた。天は膝を抱えて座り込む。
 瞼の裏に浮かぶのは、エドの優しい笑顔や穏やかな琥珀色の瞳。
 くりかえし、くりかえし、思い返す。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ )は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。 ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。 今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。 本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。 全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。 (本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

夢のヒモ生活

異謎児遠理
BL
主人公、紫野夕希は将来αと結婚してヒモになることが夢……というのは冗談で、しかして楽な人生を歩みたいとは考えていた。仲のいい高校のクラスメイトから、別のクラスのαとΩのカップルの話を聞かされて、いやいや自分はβだしなと言いつつも羨ましいと感じていた。さて、そんな話を聞いた帰り道、親友兼幼馴染にして最も身近なαでもあった大崎啓斗に、例のカップルの話をしたところ微妙な反応をされて……? 昔書いて放置していた作品のお焚き上げ&他サイト様からのお引越し投稿になります。 一応、オメガバースものですが、設定はふんわりめ。 あと純愛。でもえちちは軽め。 なによりシンプル。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...