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刑務庭送り 2
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『結ばれますように』
短冊には、ひと言だけそう書いてあった。
誰の名も記されていないその願い事は、天の心の中だけでふたりの名が唱えられる。
もう、灯籠流しは始まっただろうか。今頃エドは川辺で天の訪れを待っているのだろうか。
「……一緒に見たかったな」
ぽつりと零れた呟きは、牢の静寂に吸い込まれて消えた。
心配しているだろうか。宿舎を訪ねたりしていないだろうか。彼に今夜は行けないことを伝える手段があれば良いのだが、今さら手遅れだった。
もっと早く、もう会えないと伝えていれば良かったのだ。
天が己の恋情を切り捨てられず、わずかな望みに縋ったばかりに、最悪の結果を招いてしまった。
けれどこの恋心を見切ることなど、天にはできなかった。
好きだ。エドが、好き。
それは許されない想いだと分かっている。天は暗闇でそっと、声を出さないよう「すき」と呟いた。
初めての、恋。
切なくて、胸が引き絞られるように苦しくて、瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
天との逢瀬が露見すれば、エドまで罰せられてしまう。せめて彼に迷惑をかけないことが、叶わぬ恋を静かに終わらせる最後の責務だ。天にできることは、今後逢い引きの相手を問い質されても決してエドの名を明かさないことだけ。
彼が早く川辺を去ってくれますように。そして一時会っていた妃候補のことなど早く忘れてくれればいい。
エドの心から消えてなくなるということは即ち、自分が世界から殺されることと同義だった。それが叶わぬ想いを抱いた身の末路なのだと冷たい牢に思い知らされる。
「うぅ……会いたい……会いたい……」
喉元から嗚咽混じりの掠れた声が絞り出される。
エドに会いたいという、胸を衝く願いを首を振って打ち消そうとした。
二度と会ってはいけない。彼に迷惑をかけてはいけない。
そうきつく胸に言い聞かせるほどに、切望は溢れてやまない。
孤独な牢獄で、天は相反する想いを抱え、永遠のような長い時を泣き腫らして過ごした。
翌朝、独房から出された天は刑務庭の中央に引き立てられた。
外は冷たい雨が降りしきっている。両手首を縄で縛られた天の肩も、髪も、しとどに濡らされていく。
庭には粗末な木組みの舞台が設置されていた。舞台上には血糊の付着した木枠や拷問のための道具が置いてある。どうやら罪人を痛めつけて見せしめにするための舞台らしい。
天の短い人生において、華やかな舞台で踊ることができたのは妃候補をお披露目する宴だけだった。最後にこのような舞台に上がり、拷問を受ける姿を晒さねばならないなんて、惨めで哀しくて、いっそう心は暗澹に沈む。
昨日からなにも食べていないうえ、雨に打たれ続けたので体温は上がらず、身体は冷え切っている。ひとりでに身体が震えたが、寒いという感覚はもはや失われていた。
冷酷な刑務官に縄を引かれて舞台に引き上げられ、無理やり上衣を毟られる。庭では雨のなか、罪人たちが手を休めることなく作業を行っている。彼らに気の毒そうな目線を送られて、さらに惨めさが増す。
頭を押さえつけられて跪かされ、剥き出しにされた背中を雨粒が叩いた。昨日の上官が粗野な仕草で鞭を撓らせて、数度床板を打つ。
びしり、という鮮烈な音に、悪寒が駆け抜けた。
「外から報告が上がっているが、逢い引きの相手の名を喋れば鞭打ちを免除してやらんこともないぞ」
外というのは、王宮を指しているのだろう。それだけ刑務庭は隔絶された場所なのだ。
「……存じません」
天は短く告げると、固く唇を引き結んだ。
たとえ殺されてもエドの名は喋らない。
決意を胸に誓って、これから襲い来る痛みに怯えない勇気を出そうとした。
舌打ちをした上官は鞭を構えた。
「いいだろう。俺の鞭打ちに屈しなかった奴はいないんだ。せいぜい高い悲鳴を上げろ!」
ひゅ、と鋭い音が空気を切り裂く。
天はきつく目を瞑り、首から提げた翡翠の欠片を不自由な手で固く握りしめた。
そのとき、ぽうと柔らかな光が掌の隙間から零れる。
温かい。雨と絶望で冷え切った天の掌から、覚えのあるぬくもりが伝わってくる。
このぬくもりは、まさか――
驚いて掌を広げた天の手許を、刑務官たちは訝しげに覗き込んでいた。鞭を振ろうとした手を止めた上官は、革紐に繋がれた翡翠の欠片に手を伸ばす。
「こんなものを隠し持っていたのか。その宝玉を渡せ」
上官が革紐を無造作に引くと、紐はぶつりと引き千切られた。すると仄かな光はまるで警告のように、鮮烈に輝く。その眩さに思わず目を閉じたとき、険しい声音が辺りに響いた。
短冊には、ひと言だけそう書いてあった。
誰の名も記されていないその願い事は、天の心の中だけでふたりの名が唱えられる。
もう、灯籠流しは始まっただろうか。今頃エドは川辺で天の訪れを待っているのだろうか。
「……一緒に見たかったな」
ぽつりと零れた呟きは、牢の静寂に吸い込まれて消えた。
心配しているだろうか。宿舎を訪ねたりしていないだろうか。彼に今夜は行けないことを伝える手段があれば良いのだが、今さら手遅れだった。
もっと早く、もう会えないと伝えていれば良かったのだ。
天が己の恋情を切り捨てられず、わずかな望みに縋ったばかりに、最悪の結果を招いてしまった。
けれどこの恋心を見切ることなど、天にはできなかった。
好きだ。エドが、好き。
それは許されない想いだと分かっている。天は暗闇でそっと、声を出さないよう「すき」と呟いた。
初めての、恋。
切なくて、胸が引き絞られるように苦しくて、瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
天との逢瀬が露見すれば、エドまで罰せられてしまう。せめて彼に迷惑をかけないことが、叶わぬ恋を静かに終わらせる最後の責務だ。天にできることは、今後逢い引きの相手を問い質されても決してエドの名を明かさないことだけ。
彼が早く川辺を去ってくれますように。そして一時会っていた妃候補のことなど早く忘れてくれればいい。
エドの心から消えてなくなるということは即ち、自分が世界から殺されることと同義だった。それが叶わぬ想いを抱いた身の末路なのだと冷たい牢に思い知らされる。
「うぅ……会いたい……会いたい……」
喉元から嗚咽混じりの掠れた声が絞り出される。
エドに会いたいという、胸を衝く願いを首を振って打ち消そうとした。
二度と会ってはいけない。彼に迷惑をかけてはいけない。
そうきつく胸に言い聞かせるほどに、切望は溢れてやまない。
孤独な牢獄で、天は相反する想いを抱え、永遠のような長い時を泣き腫らして過ごした。
翌朝、独房から出された天は刑務庭の中央に引き立てられた。
外は冷たい雨が降りしきっている。両手首を縄で縛られた天の肩も、髪も、しとどに濡らされていく。
庭には粗末な木組みの舞台が設置されていた。舞台上には血糊の付着した木枠や拷問のための道具が置いてある。どうやら罪人を痛めつけて見せしめにするための舞台らしい。
天の短い人生において、華やかな舞台で踊ることができたのは妃候補をお披露目する宴だけだった。最後にこのような舞台に上がり、拷問を受ける姿を晒さねばならないなんて、惨めで哀しくて、いっそう心は暗澹に沈む。
昨日からなにも食べていないうえ、雨に打たれ続けたので体温は上がらず、身体は冷え切っている。ひとりでに身体が震えたが、寒いという感覚はもはや失われていた。
冷酷な刑務官に縄を引かれて舞台に引き上げられ、無理やり上衣を毟られる。庭では雨のなか、罪人たちが手を休めることなく作業を行っている。彼らに気の毒そうな目線を送られて、さらに惨めさが増す。
頭を押さえつけられて跪かされ、剥き出しにされた背中を雨粒が叩いた。昨日の上官が粗野な仕草で鞭を撓らせて、数度床板を打つ。
びしり、という鮮烈な音に、悪寒が駆け抜けた。
「外から報告が上がっているが、逢い引きの相手の名を喋れば鞭打ちを免除してやらんこともないぞ」
外というのは、王宮を指しているのだろう。それだけ刑務庭は隔絶された場所なのだ。
「……存じません」
天は短く告げると、固く唇を引き結んだ。
たとえ殺されてもエドの名は喋らない。
決意を胸に誓って、これから襲い来る痛みに怯えない勇気を出そうとした。
舌打ちをした上官は鞭を構えた。
「いいだろう。俺の鞭打ちに屈しなかった奴はいないんだ。せいぜい高い悲鳴を上げろ!」
ひゅ、と鋭い音が空気を切り裂く。
天はきつく目を瞑り、首から提げた翡翠の欠片を不自由な手で固く握りしめた。
そのとき、ぽうと柔らかな光が掌の隙間から零れる。
温かい。雨と絶望で冷え切った天の掌から、覚えのあるぬくもりが伝わってくる。
このぬくもりは、まさか――
驚いて掌を広げた天の手許を、刑務官たちは訝しげに覗き込んでいた。鞭を振ろうとした手を止めた上官は、革紐に繋がれた翡翠の欠片に手を伸ばす。
「こんなものを隠し持っていたのか。その宝玉を渡せ」
上官が革紐を無造作に引くと、紐はぶつりと引き千切られた。すると仄かな光はまるで警告のように、鮮烈に輝く。その眩さに思わず目を閉じたとき、険しい声音が辺りに響いた。
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