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刑務庭送り 3
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「天を解放するのだ」
刑務官たちの間からざわめきが起こった。
顔を上げれば、まっすぐにこちらに向かってくる雄々しい青褐色の獣人が目に映る。雨に煙る灰色の風景のなか、彼の琥珀色に輝く双眸は怒りを漲らせていた。
「エド……?」
どうしてここに。
彼の名を決して明らかにしないと誓ったのに。
エドに迷惑をかけたくないのに。
それなのにエドは確かな足取りで、眦を吊り上げながら、跪く天の傍にやってくる。
「あ、あなたさまは……!」
上官は急に態度を翻して、舞台に上がるエドの前に深く頭を垂れた。鞭を投げ捨て、天から奪った翡翠の欠片を千切れた革紐ごと慇懃に差し出す。
「天は連れて行く。貴様の罪人に対する横暴は耳に届いている。処分を追って待て」
頭を上げることのできない上官の手からエドは宝玉を掬い取る。なぜか翡翠はそれに呼応するように、光の輪を狭めていき、警告めいた輝きは収束した。
エドは拘束されていた天の縄を解く。上官に倣い、他の刑務官もエドに平伏している。
一体、なにが起こったのだろう。刑務官たちに有無を言わせないほど、エドの官位は高いのだろうか。
天の軋んだ身体が、ふわりと逞しい腕に抱き上げられる。ずぶ濡れの冷えた身体は温かなぬくもりにすっぽりと包み込まれた。
「……エド、濡れちゃう……」
雨と泥で汚れた天を抱けば、彼の上等な長袍が穢れてしまう。
緊張の糸が切れてしまったせいか、意識が朦朧とする。身体のどこにも力が入らない。エドに横抱きにされたまま、門の外に連れられる。
どこへ、行くのだろう。僕には帰る場所なんてないのに。
「迎えに来た。これからはおまえを誰にも好きなようにさせない」
汚れることなど全く厭わず、エドは力強く言い聞かせた。
ああ、エドの心のなかにまだ、自分は存在していたのだ。
じわりと胸の奥が温まり、喜びが湧き出る。
もうこんな気持ちにはなれないと思っていた。二度と会えないことに滂沱の涙を流した。
けれどエドは身の危険を冒してまで、天を思いやってくれたのだ。
震える指で金糸の刺繍が施された襟元に縋る。指先は感覚がなかった。
「会えて……うれしい……」
きつく抱きしめられ、安堵の海に沈む。天の意識は雨に煙る景色と曇天のように境目なく漂った。
ゆらゆらとたゆたう温かな感触にふと意識が戻れば、噎せ返りそうなほどの薬草の芳香に包まれていた。心配げに覗き込むエドの顔を、立ち上る湯気が撫でている。
「あ……」
エドに抱かれながら、石造りの広い湯船に入れられていた。湯の中でゆるりと衣服を脱がされ、一糸纏わぬ姿を晒す。大きな掌に温かな湯をそっとかけられて、その心地良さにほうと淡い吐息が零れる。
「あったかい……」
「身体が冷え切っている。この薬湯で温まるのだ。回復するまで、抱いている」
ここは、どこなのだろう。このように広く豪華な浴室は初めてだ。
これはもしかして、夢なのだろうか。辛い現実から逃れようと自らが見せた幻なのかもしれない。
それでもいい。エドに会ったら、どうしても言わなければならないことがあった。たとえ夢のなかでも、彼に謝りたい。
天は強靱な肩に縋りついた。涙を浮かべながら必死に言葉を紡ぐ。
「灯籠流しに……行けなくてごめんなさい。僕は、エドに迷惑をかけたくなかったんです」
「よいのだ。私のほうこそ、昨日の昼は川辺に行けなくてすまなかった。急な会談が入ってしまったのだ」
彼は天に飽きたわけではなかった。助けに来てくれたのが、なによりの証だ。
これは都合の良い夢かもしれないが、エドの深みのある声音でそれを知らされただけで、充分に報われた。
「短冊を……燃やしてしまって……」
想いを込めた短冊は灰になってしまった。もう願いは、叶わない。混濁した意識のなかで唇を震わせる天を、逞しい腕がきつく抱き留めた。
「私と共に舟を流すのは、おまえだけだ。天が灯籠流しに現れない理由を知ったとき、私は己の愚かさを呪った」
エドが綴る言葉は、どこか遠くから響いてくるようだ。
灯籠流しはもう終わってしまった。綺麗だったろうか。またいつか、見られるだろうか。
水面に漂う天は水滴を纏わせた睫毛を瞬かせる。漆黒の髪は濡れ羽のようにしっとりと艶めいて、華奢な白い四肢は扇情的に雄を誘う。
エドは琥珀色の双眸を獰猛に眇めた。
「天……おまえのうなじを噛みたい」
刑務官たちの間からざわめきが起こった。
顔を上げれば、まっすぐにこちらに向かってくる雄々しい青褐色の獣人が目に映る。雨に煙る灰色の風景のなか、彼の琥珀色に輝く双眸は怒りを漲らせていた。
「エド……?」
どうしてここに。
彼の名を決して明らかにしないと誓ったのに。
エドに迷惑をかけたくないのに。
それなのにエドは確かな足取りで、眦を吊り上げながら、跪く天の傍にやってくる。
「あ、あなたさまは……!」
上官は急に態度を翻して、舞台に上がるエドの前に深く頭を垂れた。鞭を投げ捨て、天から奪った翡翠の欠片を千切れた革紐ごと慇懃に差し出す。
「天は連れて行く。貴様の罪人に対する横暴は耳に届いている。処分を追って待て」
頭を上げることのできない上官の手からエドは宝玉を掬い取る。なぜか翡翠はそれに呼応するように、光の輪を狭めていき、警告めいた輝きは収束した。
エドは拘束されていた天の縄を解く。上官に倣い、他の刑務官もエドに平伏している。
一体、なにが起こったのだろう。刑務官たちに有無を言わせないほど、エドの官位は高いのだろうか。
天の軋んだ身体が、ふわりと逞しい腕に抱き上げられる。ずぶ濡れの冷えた身体は温かなぬくもりにすっぽりと包み込まれた。
「……エド、濡れちゃう……」
雨と泥で汚れた天を抱けば、彼の上等な長袍が穢れてしまう。
緊張の糸が切れてしまったせいか、意識が朦朧とする。身体のどこにも力が入らない。エドに横抱きにされたまま、門の外に連れられる。
どこへ、行くのだろう。僕には帰る場所なんてないのに。
「迎えに来た。これからはおまえを誰にも好きなようにさせない」
汚れることなど全く厭わず、エドは力強く言い聞かせた。
ああ、エドの心のなかにまだ、自分は存在していたのだ。
じわりと胸の奥が温まり、喜びが湧き出る。
もうこんな気持ちにはなれないと思っていた。二度と会えないことに滂沱の涙を流した。
けれどエドは身の危険を冒してまで、天を思いやってくれたのだ。
震える指で金糸の刺繍が施された襟元に縋る。指先は感覚がなかった。
「会えて……うれしい……」
きつく抱きしめられ、安堵の海に沈む。天の意識は雨に煙る景色と曇天のように境目なく漂った。
ゆらゆらとたゆたう温かな感触にふと意識が戻れば、噎せ返りそうなほどの薬草の芳香に包まれていた。心配げに覗き込むエドの顔を、立ち上る湯気が撫でている。
「あ……」
エドに抱かれながら、石造りの広い湯船に入れられていた。湯の中でゆるりと衣服を脱がされ、一糸纏わぬ姿を晒す。大きな掌に温かな湯をそっとかけられて、その心地良さにほうと淡い吐息が零れる。
「あったかい……」
「身体が冷え切っている。この薬湯で温まるのだ。回復するまで、抱いている」
ここは、どこなのだろう。このように広く豪華な浴室は初めてだ。
これはもしかして、夢なのだろうか。辛い現実から逃れようと自らが見せた幻なのかもしれない。
それでもいい。エドに会ったら、どうしても言わなければならないことがあった。たとえ夢のなかでも、彼に謝りたい。
天は強靱な肩に縋りついた。涙を浮かべながら必死に言葉を紡ぐ。
「灯籠流しに……行けなくてごめんなさい。僕は、エドに迷惑をかけたくなかったんです」
「よいのだ。私のほうこそ、昨日の昼は川辺に行けなくてすまなかった。急な会談が入ってしまったのだ」
彼は天に飽きたわけではなかった。助けに来てくれたのが、なによりの証だ。
これは都合の良い夢かもしれないが、エドの深みのある声音でそれを知らされただけで、充分に報われた。
「短冊を……燃やしてしまって……」
想いを込めた短冊は灰になってしまった。もう願いは、叶わない。混濁した意識のなかで唇を震わせる天を、逞しい腕がきつく抱き留めた。
「私と共に舟を流すのは、おまえだけだ。天が灯籠流しに現れない理由を知ったとき、私は己の愚かさを呪った」
エドが綴る言葉は、どこか遠くから響いてくるようだ。
灯籠流しはもう終わってしまった。綺麗だったろうか。またいつか、見られるだろうか。
水面に漂う天は水滴を纏わせた睫毛を瞬かせる。漆黒の髪は濡れ羽のようにしっとりと艶めいて、華奢な白い四肢は扇情的に雄を誘う。
エドは琥珀色の双眸を獰猛に眇めた。
「天……おまえのうなじを噛みたい」
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