獣人王と番の寵妃

沖田弥子

文字の大きさ
27 / 32

運命の番 1

しおりを挟む
 正妃に昇格して、天を推薦してくれたエドの地位を盤石なものとし、恩を返さなくてはならない。理屈では重々承知している。それなのに、エドのことを忘れよう、考えないようにしようと思うほど、彼の面差しが瞼の裏から離れない。抱き上げてくれた逞しい腕や、熱い舌による愛撫の感触は仄かに皮膚に残り、まるで熾火が燻るかのように甘くこの身を焦がしている。
 エドのぬくもりを失いたくない。それなのにオメガの身体は雄を求めて発情している。雄に貫かれることを望む身体の奥底から濃密な蜜を滴らせ、股の間を濡らしていた。慣例により下穿きは着けていない。もぞりと膝頭を擦り合わせれば、今すぐに自分を慰めてしまいたい衝動が突き上げる。
 でも、それでは駄目だと身体が教える。
 アルファの子種を身体の奥深くに注がれなければならないと、オメガの本能が訴える。
 発情した自らの身体を抱きしめた天は、己に課せられた責務と恋心との狭間で揺れ動いた。

「エド……」

 愛しいひとの名を呟き、襟元に手を伸ばしてエドから贈られた革紐に触れようとしたとき、馬車が不自然にぐらついた。

「えっ……なに?」

 王宮への路を駆けていた馬車は突然停車した。
 もう到着したのだろうか。
 馬車の外で御者が誰何する声が耳に届いた。不穏な気配に息をひそめる。
 なにか不測の事態が起こったらしい。
 外の様子を窺ってみようと、真鍮の把手に手を伸ばしたとき、突如扉は開け放たれた。

「おお、素晴らしい香りだ! 来い、俺のものにしてやる」

 ぎらつく双眸をむける狼型の獣人は、バシリオだ。恐れ戦いた天は咄嗟に尻で後ずさる。
 狭い車内に逃げ場はない。易々と胴を掴まれて馬車から引き摺り出され、華奢な身体は強靱な肩に担ぎ上げられた。豪奢な着物がばさりと捲れ、蝶のように宙を舞う。髪に挿した歩揺は零れ落ちて路に散らばった。

「あっ、や、やめて……」

 獣人王自ら迎えに来るなんて思わなかった。それもこのような乱暴なやり方で。
 御者は慌てて御者台から下り、走り去る。そこはまだ王宮への路の途上で、高い塀の向こうには幾つもの宮殿が点在していた。
 天を担いだバシリオは素早く裏路地を駆け抜けて、とある宮殿に入る。
 暗い室内にひとの気配はなく、湿り気を帯びていた。どうやら使用されていない宮殿のひとつらしい。
 天の身体は寝台へ粗雑に転がされる。燭台の灯りはなく、裾が乱された初夜の衣は射し込む月明かりに妖しく照らされた。
 姫の舞を披露したときに身につけていた真紅の紗布が、白い脛を覆い隠すように、さらりと零れ落ちる。
 舌舐めずりをして獲物を見下ろす捕食者を前に、絶望的な想いが胸に広がる。
 ここで、獣人王に身を貫かれてしまうのだろうか。
 なぜ王宮の寝所ではなく、あえてこのような場所に連れ込むのか疑問だが、天に良い印象を持っていないためかもしれない。寵妃には指名したものの、さほど配慮が必要な者ではないと思われているのだ。
 ここは獣人王の住処である王宮の敷地内だ。どこで抱こうが、王の自由なのだ。
 震える身体を叱咤した天は礼を尽くそうとしたが、その身体を凶暴な腕で乱暴に押さえつけられる。

「あ、まって、待ってください!」
「今すぐ突っ込ませろ。たまらないな、発情期のオメガの匂いは」

 鋭い爪で帯を引き千切られ、猩猩緋の着物を毟り取られる。晒された身体を覆う最後の紗布は、無残に破られてしまった。

「やめて、やめてください、それだけは……っ」

 エドからいただいた、大切な紗布。
 王と姫となり、ふたりだけの舞台で見せた最高の舞。
 その集大成の証が引き千切られてしまった。
 哀しい最期を遂げた姫のように、恋は叶うことはないと決定づけられたようだった。
 乱暴に脱がされた反動で身体が弾み、剥き出しの背を寝台に打ち付けてしまう。

「……っ、いた……」

 哀しくて眦に涙が滲む。
 こんな状況にもかかわらず、身体の奥は熱を凝らせ疼いていた。
 バシリオに足首を掴まれて高く掲げられ、薄紅色の蕾が月明かりの下に晒される。

「もう、ずぶ濡れだな。顔は平凡だが身体はさすがオメガだ」
「そんな……」

 後孔は生温かい液体で、とろりと濡れていた。子種を注いでほしいと、まだ誰も受け入れたことのない花筒は潤み、奥から愛液を滴らせているのだ。
 月明かりの中で吊られた細い足から淫靡に蜜が垂れるさまは、雄の情欲を煽り立てる。
 それがまるでバシリオを求めている証拠だと指摘されたようで、天は咄嗟に首を振る。

「ちがいます、濡れてなんかいません、求めてません」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました

雨宮里玖
BL
公爵令息のハルは突然の婚約者変更を告げられ戸惑う。親同士の約束で、ハルは第一王子のオルフェウスと婚約していた。だがオルフェウスの病気が芳しくないため王太子が第二王子のゼインに変更となり、それに伴ってハルの婚約者も変更になったのだ。 昔は一緒に仲良く遊んだはずなのに、無愛想で冷たいゼインはハルのことを嫌っている。穏やかで優しいオルフェウスから、冷酷なゼインに婚約者が変わると聞いてハルは涙する。それでも家のために役に立ちたい、王太子妃としてゼインを一途に愛し、尽くしたいと運命を受け入れる覚悟をする。 婚礼式のときからハルに冷たく傲慢な態度のゼイン。ハルは負けじと王太子妃としての役割を果たすべくゼインに迫る。初夜のとき「抱いてください」とゼインに色仕掛けをするが「お前を抱く気はない」とゼインに一蹴されてしまう——。

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ )は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。 ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。 今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。 本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。 全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。 (本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる

遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。 「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。 未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ) 自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。 ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。 少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。

処理中です...