獣人王と番の寵妃

沖田弥子

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発情 

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 さらりと真紅の紗布が舞い落ちる。
 己の息遣いと、激しく脈打つ鼓動だけが耳に届いた。
 拍手と共に、エドの低い声音が降りかかる。

「素晴らしい舞だった。これほどの舞を見たのは、初めてだ」

 天はゆっくりと顔を上げた。その額には汗が滲んでいる。
 悲恋の舞は哀しい結末だが、楽しさや幸せを享受するために恋愛するわけではない。
 ただ、愛しさを貫くため。
 その覚悟が必要なのだ。たとえ己の身を犠牲にしても。

「完成しました……。エドのおかげです」

 天は恋する者が抱く、ひとつの境地に達した。
 エドと結ばれなくても、胸に抱いた愛情は永遠に継続していく。たとえ天が姫のように炎に焼かれて蝶になってしまっても、恋心は消えてなくならないのだ。
 王の仮面を外したエドは舞台の中央に歩み、倒れたままの天の手を取る。

「この紗布も、とてもよく似合っていた。さあ、立つがよい」
「ありが……う、んっ」

 びくりと身体が跳ねてしまう。
 手が震え、浅い息を継いだ天の顔は上気していた。
 なぜか身体が火照っている。踊りのあとだからだろうか。それにしては、身体の芯に疼きを覚えた。

「どうした、天」
「いえ……なんだか、身体が……」
「とにかく宮殿に戻ろう」

 エドに横抱きにされて、すぐ傍にある宮殿へ戻る。宮殿の門前にはすでに迎えの馬車が待機していた。天を抱いて戻ってきたエドの姿に、待っていた黎とルカスは驚きの声を上げる。

「天、どうかしたのか? もしかして具合悪いのか?」
「どういたしました、天妃さま!?」

 門扉の脇に置かれた長椅子に、身体を横たえられた。
 エドは慎重に天の様子を推し量る。

「どうやら、発情期が訪れたようだな」
「え……そんな……」

 今まで発情期が訪れたことはないので、具体的にどんな症状なのか体感したことはなかった。妃候補のときは支給される抑制剤を服用していたが、妃に昇格すると抑制剤は処方されないきまりなので飲んでいない。それも王の子を孕みやすくするためという宮廷の規律なのだが、まさか初夜に初めての発情を迎えてしまうなんて。
 耐えがたいほどの衝動が込み上げて、くらりと酩酊する。
 エドは動けない天を再び抱き上げようとしたが、ルカスが素早く制止をかけた。

「天妃さまをなんといたします」
「この状態では王宮まで連れていけまい。宮殿で休ませる」
「なにを仰います。これは懐妊の好機です。一刻も早く王宮の褥にお連れしましょう」

 馬車には妃がひとりで乗り、王宮の寝所に向かう。宮男は連れていけないのが掟だ。到着すれば出迎えがあるが、天は自力で歩けないほど発情していた。

「では俺が連れて行こう」
「それはいかにあなたさまであろうとも、まかり成りません。宮廷の規律にお従いなさいませ」
「なんだと? この状態で、ひとりで行かせるというのか」
「馬車に乗るまでのことでございます。我々が天妃さまをお乗せしますから、あなたさまは王宮へお行きなさいませ」

 頑として規律を守ろうとするルカスとエドの間で押し問答が交わされる。
 ぐったりと身を横たえた天の身体から、雄を誘う濃密な香りが、ぶわりと舞い上がる。
 呻り声を上げたエドは不承不承の呈で、天から手を放した。

「では、頼んだぞ。おまえたちの務めを果たせ」
「お任せくださいませ」

 立ち上がったエドは身を翻して、宮殿の門を出て行った。おそらく歩けない天を王宮で出迎えるために先回りしてくれるのだろう。
 ルカスと黎に抱えられながら、どうにか宮殿の外で待機する馬車に乗り込む。
 壮麗な馬車の周りには提灯が巡らされ、煌々と闇夜を照らしていた。寵妃のために王が用意させた特別な馬車は内装も豪華で、天鵞絨張りの座席には背を凭れさせるのに充分な数の柔らかい手枕が置かれている。お仕着せを纏う御者は慇懃な仕草で扉を閉めると、御者台で手綱を取る。
 天は熱に浮かされたような潤んだ瞳で物見窓から顔を出した。

「行って……参ります……」

 見送るルカスと黎に手を振ると車輪が回り出し、深々と頭を下げるふたりの姿が遠ざかる。
 もうとうに覚悟は決めていたはずなのに、獣人王に抱かれるということが現実味を帯びると、ひどく心が軋む。
 妃としての責務を全うしなければならない。ルカスを始めとした宮廷の人々は、天が獣人王の子を孕むことを期待している。エドが夜伽の指南をしてくれたのも、そのためなのだから。
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