獣人王と番の寵妃

沖田弥子

文字の大きさ
28 / 32

運命の番 2

しおりを挟む
 自分でもなにを口走っているのか分からなくなる。
 このままバシリオに抱かれたくないという拒絶だけが、逸る身体とは裏腹に膨れ上がる。
 バシリオは口端を吊り上げると獰猛な笑みを刻んだ。掴まれた足首は折れそうなほど力が込められてひどく痛み、天は眉を寄せる。

「俺に逆らうな。挿れるぞ」
「いや、いや……っ」

 必死でもがき、身体を捻る。たとえ獣人王が相手でも、これがオメガの宿命であっても、抱かれることを心が拒んでいた。
 エドにしか、身体を許したくない。
 裸体に残された革紐と翡翠の欠片が首元を撫でる。天は革紐ごと翡翠を、きつく握りしめた。

「エド……、エド、お願い、たすけて……っ」

 悲痛な叫びが室内に響き渡る。
 そのときふいに、月が陰る。
 刹那の暗闇に瞳を瞬かせた天は次の瞬間、獣の咆哮を聞いた。
 足首が解放され、身体はどさりと寝台に倒れ込む。
 ふたりの獣人が呻り声を上げながら掴み合っていた。
 青褐色の影が激しく交差する。片方の獣人が纏う白銀の長袍が、月明かりに煌めいた。
 まさか。来てくれたのだろうか。
 天の胸に驚きと期待が溢れる。
 やがて頭を押さえつけられたバシリオは突っ伏した。

「バシリオ、どういうつもりだ! 私の寵妃を奪おうとした罪は重いぞ。たとえ弟だろうと容赦はしない」

 焦がれていたエドの姿を目にして、安堵と歓喜に胸が打ち震える。
 助けてくれた。エドは天の身を案じて、王宮から駆けつけてくれたのだ。
 手許を見れば、握り込んだ翡翠の欠片は仄かな光を放っていた。まるで天の危機に呼応するように。
 バシリオは忌々しげに歯噛みした。

「くそ……オメガはいくらでもいるんだ。貸してくれたって良いだろう、兄上」
「そのような問題ではない。天と私は、運命の番だ。二度と天に触れるな」

 ――運命の番。
 その言葉が、胸の中心に温かく染み込む。
 エドの面差しが、幼い頃に出会った獣人と重なる。
 ああ、そうだったのだ。
 あのひとはいつも見守ってくれていたのだ。
 天の胸に確信が広がる。もう再会できないかもしれないと諦めかけていた翡翠の獣人は、常に天の傍にいてくれたのだった。
 駆けつけた衛士にバシリオは引き立てられていく。長袍の上着を脱いで、裸の天を包んでくれたエドは安堵の息を漏らした。

「大事ないか、天。翡翠が光ったのでなにかあったのだと察し、駆けつけたのだ」
「僕は大丈夫です。……その翡翠はもしかして……?」

 エドの逞しい胸には、掌ほどの大きな翡翠が提げられていた。
 天の持つ翡翠と連動するように光っていたが、やがて収束する。互いの翡翠は沈黙し、元の宝玉としての輝きに落ち着いた。
 どうやらエドは天と同じ翡翠を所持しており、この宝玉の不思議な力によって天の危機を察知したらしい。
 エドの碧色の宝玉は台座に嵌められ、金鎖で繋がれている。翡翠には狼の横顔と月桂樹の葉が浮彫されていた。その意匠は王家の紋章だ。

「これは代々カルドナ王家に伝わる宝玉だ。アバスカル王を継ぐ者が、この翡翠を王の証として受け継ぐ。持ち主の危機に光を放つという力があり、手元から離れても、宝玉は戻ってくるという言い伝えがある」

 歴代の王に受け継がれてきた宝玉の翡翠は、端が欠けていた。天が胸元から取り出した翡翠の欠片を宛ててみると、欠けた部分にぴたりと合致する。
 離れていた翡翠は運命の導きにより、再び巡り会えた。

「あなただったのですね……。僕が幼い頃に、翡翠の欠片を授けてくださったのは」
「いつも見守っていると言ったろう。私の運命の番」

 運命の番だと言ってくれた翡翠の獣人は、エドであった。
 埋もれた伝説ではなかった。運命の番は、実在したのだ。
 エドは代々の王に受け継がれる大切な翡翠を割ってまで、天を守ってくれた。
 優しく引き寄せられ、横抱きにされる。温かな腕に包まれて、天の身体から力が抜けていく。
 けれどまだ疑問が残っていた。
 エドは先程バシリオに、私の寵妃だとか言い、弟や兄上と呼び合っていたようだが。
 それに翡翠の宝玉を持つ者は、アバスカル王ではないのか。

「翡翠が王の証ということは……バシリオさまはアバスカル王ではないのですか?」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました

雨宮里玖
BL
公爵令息のハルは突然の婚約者変更を告げられ戸惑う。親同士の約束で、ハルは第一王子のオルフェウスと婚約していた。だがオルフェウスの病気が芳しくないため王太子が第二王子のゼインに変更となり、それに伴ってハルの婚約者も変更になったのだ。 昔は一緒に仲良く遊んだはずなのに、無愛想で冷たいゼインはハルのことを嫌っている。穏やかで優しいオルフェウスから、冷酷なゼインに婚約者が変わると聞いてハルは涙する。それでも家のために役に立ちたい、王太子妃としてゼインを一途に愛し、尽くしたいと運命を受け入れる覚悟をする。 婚礼式のときからハルに冷たく傲慢な態度のゼイン。ハルは負けじと王太子妃としての役割を果たすべくゼインに迫る。初夜のとき「抱いてください」とゼインに色仕掛けをするが「お前を抱く気はない」とゼインに一蹴されてしまう——。

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ )は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。 ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。 今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。 本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。 全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。 (本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる

遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。 「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。 未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ) 自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。 ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。 少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。

処理中です...