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エセ聖女、逃げる
23. 夜目の利く理由
しおりを挟む女神様、仮にもしあの祈りが御身に届いていたとすれば、どうかなかったことにしてください――などと祈ることもできず、私は己の過去を闇に葬り去ることにした。
そう、過去に囚われず未来を見よう。
私は神殿での生活が長いので、この機会に彼らへ知りたいことを教えてあげることにした。
逆に私は自分のいた大神殿以外のことを知らないので、外側から神殿を眺めた場合どうかという点について、最も詳しいアロイスに教えてもらいたい。
興味津々にいろいろ尋ねてきたのは、やっぱりジゼルとリュカだった。
アロイスは横で静かに聞きながら、質問役は好奇心の強い年下の彼らに譲ってあげて、本当に気になるところがあればサラリと問いを挟んでくる感じだった。
「わたくしの浄化魔法と祈りは別のものなのですけれど、浄化魔法はわたくしの魔力のみを使い、祈りは文字通り女神に祈りを捧げることで効果を及ぼしますの。祈りのほうが魔力の減りは少なくて、その分たくさんの方々に祝福などを与えることができていたのですけれど、正直効果はあるのかどうか……確認したことがないのでわからないのですわ」
女神へ日々の感謝の気持ちを捧げるだけとか、そういう何気ない祈りだけだったなら、多分魔力を消費することはないと思う。
でも神殿で私が毎日唱えていたのは、いくらかの魔力を使う『聖女の祈り』とされるものばかりだった。
ただ効果がわからずとも、祈りなんて無意味だ、女神なんて存在しないとは言えない。
だって私は生まれ変わったりしているし、この世界には魔法という不思議なものがある。
だから女神エステルはこの世界に実在している神様なんじゃないかと、むしろ転生する前よりも強く思うようになっていた。
「そういえば、この隊商に魔法使いの方はいらっしゃいませんの?」
「いない。魔法使いは貴族のお抱えになるのがほとんどだ」
「頭領はうちん中じゃ魔力高めっすよ。魔法使えるほどじゃないけど、人の気配とか魔力を『読む』能力ってのが強いんす」
「そうそう。物に宿った魔力? ていうのもそこそこ読めたり視えたりするってんで、新月の夜に灯火なしで歩き回ったり平気でできるんですよね」
まあそうなんですのね、とふんふん頷きながら、すみません知ってましたと心の中でこっそり呟く。
初めて会った時も、アロイスは灯りを持っていなかった。彼は単純にそれを『夜目が利く』程度にしか思っていないけれど、厳密に言うとリュカの言葉通り『読む』能力の応用なのだった。
私も同じことができるからわかる。
ただし、魔力持ちが全員同じようにできるわけでもない。
これは前世の母の設定ファイルからの知識だけれど、魔力の量と感知能力は別物なので、魔法使いであっても感じ取る能力はにぶいということもあるらしい。
それにしても寡黙な武人風のエタンや、いかにも元気いっぱいな男の子のリュカはくせのない黒髪の短髪で、それからエディットは少し長めのショートカットなんだけれど、この隊商では短い髪の人が珍しかった。
ヒューゴもうねった黒髪を肩より少し長く伸ばし、うしろで一つにまとめている。
聞けばウェルディエ皇国は長さに程度の差はあれど、男女ともに長髪率が高いらしい。
昔からそういう文化なので、どうしてなのかは特に誰も考えていないそうだ。
「使える物は髪でも使え、という歴史があるからかもな。嘘か本当か知らんが、塔に幽閉されていた娘が、自分の髪を編んだものを縄代わりにして脱出した、という物語もある」
へえー。
なんだか聞いたことがあるようなないような。
「俺とかーちゃんと、あとエタンもそうなんすけど、髪にクセがなさすぎて全然くくれないんすよ。こまめに切るのって面倒なんで、伸ばしたいんすけどね」
結えないほど髪がツヤサラなようだ。それはうらやましいのだが、本人達に言わせれば面倒の一言らしい。
ウェルディエ皇国民の髪が長い理由の一つに、『面倒』が追加されてしまった。
何度か休憩を入れつつ、次の野営地に着いた頃には、もうすぐ山の向こうに日が隠れようかという頃だった。
出発したのが昼過ぎで、だいたい夕方の五時くらいだろうか。近くには人里がなく、鐘の音も聞こえない。
隊商の人々は急いでテントや煮炊きの準備を始め、私は今朝と同じようにエディットのテントに移された。
アロイスのお姫様抱っこで。
私そろそろ歩けま……いえ、無理です。お願いします。
欲望に負けたからではない。
人をダメにするソファならぬ箱の中に長時間入れられていたせいだ……!
前世よりも大きな月がほっそりと弓を描き、徐々に地平から昇ってくる。
ここはまだロラン王国の土地なのだけれど、都を囲む壁はもうどこにも見えなくなっていた。
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