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断るためのパワー
58. 命をかける理由とは
しおりを挟む頭を撫でて子供扱いをして、この場を誤魔化そうとしているのだろうか?
一瞬そう疑いそうになったけれど、アロイスの顔は何かを思案している様子だった。
「あんたはその場を適当に濁されるのは嫌いそうだから、正直に話すがな」
「はい、そのほうが嬉しいですわ」
作り笑いとわかる笑顔で「そんなことはないぞ」などと言われても、余計に心の中がもやっとしてしまいそうだ。
真剣に頷くと、彼はそんな私に苦笑を向けた。
「――おい、なんで身体を引く? 転ぶだろうが!」
「だ、だって、お顔が近いんですもの! ですけれど誤解なさらないでくださいまし、アロイス様のお顔と表情はとっても素敵ですわ、ただわたくし殿方とこのような距離でお話をしたことがなくっ」
「あ~……ああ、わかった、わかったから反るな、危ない。頭から転ぶぞ」
アロイスの顔から距離を取るべく、上半身をにょーんと逸らそうとしたら、腰や背中にしっかり腕をかけられてしまった。
転倒防止のためだろうけれど、この体勢は心臓に悪い。
自分のお子様っぷりが居たたまれなくて、ちょっと自棄になってきた。
「さあ、逃げも隠れもいたしませんから、ひと思いに話してくださいましっ」
「ひと思いにって。だから、話すが」
彼の顔には「アホかこいつ」みたいな呆れが浮かんでいる。
そうですね、ついさっき逃げ隠れしようとして背中から転びそうになったおばかさんは自分でした。
けれどいちいち突っ込んでいては進まないからか、アロイスは話を続けることにしたようだ。
「俺達は商人だ。何事も利益を考え、損を嫌う。これは言わずともわかるよな?」
「ええ、もちろんですわ」
「だがいくら商売が大事であっても、利益を得るために命まで賭けていいとは思わない。優先するのは、自分や仲間の命。これもわかるだろう?」
「もちろんですわ」
だからこそ、どうして私を引き渡さなかったのかと、気になっているのだ。
「天秤の皿の片方に、自分の命をのせるべきじゃない。だが、それをやってもいいという気分になる時がある」
「……わたくしが、『聖女』だから?」
「それは無関係だ」
アロイスはきっぱりと否定し、首を横に振った。
「あんたにもこういう経験があるんじゃないか? 自分が損をするリスクを負ってでも、相手に得をさせてやりたくないと猛烈に感じ、澄ました横っ面を張り飛ばしてやりたくなる。そういう経験が」
ある。ものすごくある。
まさにそれは自分がここにいる動機だ。
たとえお飾りの聖女を続けたほうが人生勝ち組だったとしても、それ以上にあの連中に得をさせてやりたくはなかった。
「王子の従者は、このぐらいの袋を俺の前に放り投げた。中身は金貨か、銀貨かは知らんが」
アロイスは片手を持ち上げて、軽く指を広げた。
彼の片手におさまる程度の袋、ということか。
「そして王子がこう言った。『さあ、望むものをくれてやったぞ』と。――俺達の行動の動機なんざ、それで充分だ」
「…………」
つまらなそうなアロイスの横顔に言葉を失った。
――それは……王子、本っ当に、最低ですわね……?
王子の言動は、私をとことん軽んじているだけじゃない。アロイスや彼の仲間達をも徹底的に見下した、最低な侮辱ではないか。
この隊商の人々は、甘ったれオーギュスト王子がバカにしていい人々では決してない。
「……わたくし、自意識過剰、でしたかしら?」
心配していたことは要するに「私のために命をかけないで!」なんだから、ちょっと痛い女のセリフだった気がする。
けれどアロイスは、私の額に手の甲を軽くコツンと当てた。
「それも違うぞ」
けれど何が「違う」と言いたいのかは、今度は教えてくれなかった。
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