聖女転生? だが断る

日村透

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断るためのパワー

64. 最大の難所 (5) -sideアロイス

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 ここを通るたび、己がどれほど小さな存在なのかを常に意識させられていた。
 この辺り一帯が瘴気に呑まれたのは、ただの偶然に過ぎない。俺はずっとそう思ってきたが、その一方で、何か偉大な存在の意思が介在しているのではないのかと、らちもない考えが頭をよぎらないでもなかった。

 己の手ではどうにもならない、とてつもなく大きな存在に直面した時、人はすがりたい相手を自分の中につくりあげることがある。
 俺の思考がことさら皮肉に偏った思考をしているわけではなく、実際にそういう人間を多く見てきたのだ。
 そこにいない神を崇め、ありもしない怪物を恐れる。
 セレスティーヌを使い倒していたあの大神殿の奴らが、正しく女神を崇めていたとは到底思えない。

 俺は女神の存在を疑っているわけではなかった。
 そうではなく、女神を信仰する上で、それを自分の都合で曲解する者が多過ぎるのだ。
 だからこの地に起きていた現象についても、女神の意思だなんだともっともらしい顔で語る者の言葉に、素直に耳を傾ける気にはなれない。

 しかしこの光景を前にすると、やはり『介在』はあったのだろうかと、そう感じざるを得なかった。
 もしあったとすれば、皇国側が女神を怒らせたという話が正解だったのか。
 見渡す限りの旗は、墓標だ。彼らはこの国へ攻め込もうとして、結局はできなかった。
 そうならなければ、彼らがロラン王国の民を蹂躙じゅうりんすることになっていたのだろう。

「それはわかっているんだが、自分の国の者だと思うとな……このままにしておくのは忍びない」
「自分も少々、これを放置してゆくのは胸にきますな」

 昼になり、すべての馬車が停まると、セレスティーヌのもとに急いだ。
 いつものように彼女を腕にかかえて馬車を降り、周囲の景色を見せながら、改めて今起きていることを伝えた。
 
「え。消えた?」
「消えた。綺麗さっぱりとな」
「見渡す限りの大瘴気群、とお聞きしましたけれど……」
「今立っているこの場所も、以前はすべてが真っ黒だったぞ」
「ご冗談でしょう? このように素敵な景色ですのに」
「そう思うなら、あれを見てみろ」

 俺が指で示した方向には、ぼろ切れになった皇国の旗や、転がった武具の抜け殻がある。
 彼女はそれが何を意味しているのかを理解したようで、息を呑んだ。

「その、こういったことは、よくあることですの?」
「小さなものならまだしも、あれほどの規模のものが短期間で欠片も残さず消えたなど、まず聞いたことはないな」
「そ、そうなんですのね。……申し訳ないことですけれど、あまりに美しい景色ばかりが広がっておりますので、実感が湧きませんわ。……などと申し上げたら、に対して酷い言い草ですわね」
「構わんさ。おぞましいものが消滅してくれて、楽でいいと俺も喜んでいる。それはそれとして、自国の者があの状態なのを放置するのは気になって仕方がない。図々しいことを頼むが、聞いてもらえるか」

 鎮魂の祈りを頼みたい。
 そう言うと、セレスティーヌはきょとんとした。

「何故それが『図々しい』んですの?」
「……この国へ攻め入ろうとした側だ。それに、あんたは聖女を辞めたいんだろう?」

 すると彼女は目をぱちぱちと瞬かせ、「それが何ですの?」と本気で不思議そうに問い返してきた。

「祈ってから辞めればいい話ですわよ。それにこれほどの方々が、みな一様に野心と欲望と敵意を抱えて攻め込んで来られたはずがありませんでしょう。命令で嫌々従わされた方もいらっしゃるはずですわ。そうでない方も、何十年も野ざらしにされていれば、いい加減反省しておりますわよ。あの時やめておけばよかったと」

 ……そうかもしれん。
 俺がここにいるしかばねの立場なら、ヘマこいちまった、やんなきゃよかったと後悔するだろうな。
 セレスティーヌは躊躇ためらいなく歌い始めた。静かな子守唄のような旋律は、いつも俺達の旅の無事を祈ってくれているものとは違う。
 いつも無邪気で、平民の俺達にあっさり馴染むような女なのに、こういう時は一気に纏う空気が変わる。腕の中の彼女から漂うのは、濁りけのない聖性だ。

 作業をしていた者は手を止め、思い思いの場所で黙祷もくとうを始めた。
 正直、ここに彼らの魂が彷徨っているかどうかはわからない。
 だがもしいるとすれば、これで安らかになってくれればいいと祈った。


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