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断るためのパワー
63. 最大の難所 (4) -sideアロイス
しおりを挟む闇が辺りを包む。
不気味な音も気配もなく、何者にも遮られていない金色の月が、地上と空の境目をぼんやりと浮き上がらせている。
懐の隠しから小袋を取り出し、紐をゆるめた。
中にあるのは、白く輝くもやを閉じ込めた透明な石だ。
凝縮された浄化の魔力。これが瘴気に接近した時、どれほどまばゆく輝いていたのかをよく覚えている。
今は白い蝋燭の炎が、水の中で燃えるように静かにゆらめいていた。
空気は澄み、何も危険はない。
それでも初日の夜は誰もがひっそりと過ごした。ここが以前どのような場所であったのか、この隊商で知らぬ者はいない。
最年少のリュカやジゼルもよく覚えていることだろう。
彼らはよりによって、雨の時に初めてここを通った。
黒い川が増水し、ひたひたと近くまで迫ってくる恐怖と戦いながら、どうにかあの岩山のふもとまで辿り着いた。
あれほどの体験をした記憶が、そう簡単に薄れることなどない。だからこそリュカやジゼルでさえ、その苦労が不要となった現実に歓声を上げるよりも、ひたすら呆然とするしかなかったようだ。
まず己の目を疑い、頭を疑う。
そしてこれが現実なのだと理解した今も、どこか信じられない心地でいる。
いつも賑やかな二人が大人しいせいで、セレスティーヌは不思議そうにしていたが……この状況を、彼女にどう説明すればいいのやら。
翌朝、朝食を腹に入れて天幕をたたんだ。
俺は大瘴気群がなかった頃の姿を知らないため、見通しの良過ぎる場所に却って『道』がわからなくなってしまい、行き先はヒューゴや年嵩の者に尋ねる必要があった。
「古き街道が残っておりますな。この草の間にある石畳などはそれでしょう」
「なるほど、石の形が整っている。素直に街道を辿ったほうがよさそうか?」
「それがよいと思いますぞ。瘴気があった頃に通っておったのは、それを避けて通るうちに自然と経路として定着したものです。蛇行して無駄が多い上に、本来の街道よりもやや危険かと」
もとの街道のほうが地形に沿って通されている分、距離は短いし安全というわけか。
「ただ、長年放置されておったので、地形が変わっておる可能性もないとは言えぬのですが」
「流されたり崩れている可能性もあるか。だがこれほど見通しがよければ迷うこともなく、何かあっても直前で気付けるだろう。旧街道をゆこう」
いつもはセレスティーヌと馬車の荷台で喋りながらの道のりだったが、今回ばかりは道の状態を己の目で確かめたい。
ヒューゴとともに先頭の馬車の御者席に座り、のどかとしか言いようのない大地を東へ向けて進む。
やがて干上がった川がすぐに見えてきた。以前は水に瘴気がとけこみ、おぞましい真っ黒な流れが横たわっていたのだが、そこにあるのはただの幅広の溝だった。
「こんなところに石橋があったのか」
「以前はここも呑まれておりましたからなぁ」
いつもの経路にあった橋は木材で造られていた。ここに瘴気群が出現してから、川を安全に越えるために架けられたものであり、最近では腐食が酷くなってきていたのだ。
石材の橋はそれよりも頑丈で、馬車が余裕で通過できる幅もある。
「おまえは以前、ここを通ったことが?」
「ほんの幼い頃に、数える程度でございますが。……おや、頭領。あちらに」
「ああ……」
遥か遠くに旗が見えた。斜めに突き立った棒の先に、ボロボロになった旗が垂れ下がっている。
あそこにも、向こうにもある。
――ウェルディエ皇国軍の紋章だ。
旗の近くには、甲冑らしきものが地面に転がっている。
錆びた長剣に、折れかけた槍……。
それが大地の向こうまで、ずっとまばらに続いていた。
「これでは、怒りを買ったのだと思って、進軍を断念するのも無理はないか」
「ですな。当時のロランの王が善良であったとは申せませぬものの、皇国側にも後ろめたいことがあったのではないかと噂になっておりました。幾人もの王族が処分され、当時の皇帝陛下も何やら改心して退位をお決めになり、皇太子殿下にあとを譲られたとかなんとか」
「それは初めて聞いたぞ」
「噂にございますよ。ただ、それを口に出してはならぬという空気があり、堂々と喋るのは誰もが控えておったのです」
「ふむ……」
仮にその頃のロラン国王が増長していたとしても、ウェルディエ皇国の先代皇帝陛下のほうがそれを上回って腐っていたかもしれないのか。
どちらにせよ、付き合わされた兵は憐れだな……。
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