聖女転生? だが断る

日村透

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『元』聖女、出発する

122. 信用の違い

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 不意に思い出されるのは、前世での子供時代。
 幼い私は、「湯気はぜんぜんくさくないのに煙はどうしてくさいんだろう」と不思議に思っていた。
 前世の大人達はその問いへの解答を持っていたけれど、この世界の大人達の大半は「そういうものだから」としか答えられない。
 土地によっては『霧』という現象すら知らないまま、生涯を終える者もいることだろう。

 幸いアロイス達は『霧』のことを知っていた。
 そしてそれが『水分』であることも、うっすらと認識していたようだ。
 やはり定住する村人と比べ、各地を旅する商人は知識の幅が広い。

「雨とどちらがマシなものか……そのような比較は、不毛ですかな」
「よっぽどの強風でもなきゃ、雨は上から下へ落ちるだけだからな。仮に浄化魔法の使い手がいなかったとしたら、俺はこっちのほうが怖いかもしれん」

 ヒューゴの素朴な疑問に、アロイスは即座に返している。

 ――そう。瘴気は不思議と、風に吹かれても動くことはない。
 でも、水にはとける性質がある。
 だから自然に湧いた瘴気の近くに住む人々は、雨の日にピリピリと神経を尖らせる。

 濃霧にとけ込み、空中を広く漂う瘴気は、雨とは別種の脅威だった。

「ここから先は定期的に、皆様に浄化魔法をかけていきますわ。お料理の水もわたくしが都度確認いたしますから、なるべく魔石は使わず、温存していただいたほうがいいのではと愚考しますの」
「頼りにしてるぞ。だが、あんたの身体に問題のない範囲でな」
「もちろんですわ」

 能力も努力の過程も認めてくれて、疲れたと言えばちゃんと配慮してくれる職場。
 なんて素敵なのだろう。





 そこからは魔石の生産を継続しつつ、皆に魔法をかけながらの道のりとなった。
 睡眠時間はたっぷりで、誰も私を急かす者はおらず、気力も体力も充実している。
 どんどん恐ろしい場所へ近付いているというのに、私の中にはそこまで危機感はなかった。

 心配なのは私よりもミュリエルだ。
 鳥や小動物は、人よりも影響を受けやすいのだから。

「ミュリ。気分が悪くなるようなことがあれば、きちんと教えてね?」
「リョーカイ! セレモ、ムリダメ、ゼッタイ!」
「うふふ、もちろんですわ」

 羽を撫でてあげると、ひょこひょこ揺れる小さな頭が可愛い。

「ミュリよりもセレ様ですよ。ほんとにご無理はなさらないでくださいね?」
「そうっすよ。あんたが一番無理しそうですって」
「む、無理などいたしません! 嘘ではなくてよ!」

 ジゼルやリュカにまで釘を刺されてしまった。
 過去が過去だけに、この手のことで私には信用がこれっぽっちもない。

 ――わたくしだって別に、無理をするのが好きなわけではありませんの!

 前にいた国では、夜明け前から深夜近くまで頑張っているのに「もっと頑張りなさいませ」と言われ、疲れたと訴えたら「聖女たるもの弱音を吐いてはなりません」とやんわり叱責されたのである。
 自分を追い込んででも聖女の役目を果たすのは当たり前、魔力が枯渇寸前になったことも数えきれない。
 そんな日々だったものだから、現状でも私としては、相当なぐうたら生活をさせてもらっているのだ。

 しかし私がそれを主張しても、このホワイトな職場環境では多勢に無勢だった。

「セレ、ムリシタラ、ミュリオコルヨ。トーリョーニ、ツゲグチ!」
「おお、どんどん告げ口してこい」

 くっ……!
 やはりミュリエルは私よりも頭領の味方なのね!
 当たり前か!

 休憩時間になっても内心でぶちぶち負け惜しみを言っている私に、護衛騎士が珍しく話しかけてくれた。
 これまでは「聖女様に話しかけるなんてとんでもない」という空気だったのに、表情や態度が心なしかやわらかくなっている。

「皆様の会話を拝見させていただくと、よい感じに緊張がほぐれます」

 護衛騎士は、未知の瘴気を見やってそんなことを言った。
 緊張するのがバカらしくなる会話ということだろうか。
 とりあえず、よろしゅうございましたわ、と微笑んだ。


 ――そしてとうとう、私達は黒い霧の前にいた。


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