聖女転生? だが断る

日村透

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『元』聖女、出発する

121. 文字通り霧に隠された真実

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「まだ少し陽は高いが、今日はここで野営にする」
「それがよろしいでしょうな。この辺りはまだ影響は小さいようで」

 アロイスとヒューゴがそんな話をしているけれど、彼らもきっとわかっている。
 まだ距離があるのに、この周辺ではじわじわと草木が枯れ始めていた。
 話に聞く瘴気溜まりよりも、影響範囲がかなり広い。

 ――天候によっては、この辺りまで届いているのでしょうね。

 この、瘴気が水にとけるという『設定』は考えれば考えるほど怖いものがある。
 地表に川が流れていなくとも、地下水が流れていたら?
 前世の母はそこまで言及していなかった。

 黒くどっしりと包んだもやの正体が、瘴気混じりの霧という一番大事な情報が、よくある申込書類の「※ただし〇〇は対象外」並みに薄く小さなフォントでしれっと書かれていた理由にしても……

『この主人公の性格と能力だと、出番がなかったのよ』

 真相を語るタイミングがなかったために、「なんかこういうものもあるのね」だけで片付けられてしまった現象。
 純粋に主人公の力が強力で、そんなものを突き止めなくても力業で解決できるからという、言葉通りの意味なのだろうか。

 ……ということはあの主人公、もしかして見た目によらず脳筋? そんなまさか。
 筋肉ではなくお砂糖で出来ているのかもしれない。

 頭の中が筋肉でもお砂糖でも、そんな主人公に真実なんてものを探させようとしたら、そこに辿り着くまでに何年かかるかわかったものではなかった。
 だから大抵のことは力業でなんとかできてしまうよう、超強力な聖女の力を与えられた……というのが主人公の力の真相だったらなんか嫌だ。

「どうした? 何かさっきから考え込んでいるな」
「アロイス様」

 外に置かれた椅子代わりの木箱に、じーっと難しい顔をして座り込んでいたものだから、アロイスに心配されてしまったみたいだ。
 周りのみんなはパタパタと忙しく働き、もうテントの準備が終わる頃だというのに、私だけ何もしていない。
 以前はそのことにちょっとだけ引け目を感じていたけれど、今はあまり気にならなくなった。

 私の場合、魔法をいつでも万全の状態で使えるよう体力を消耗しないことが、皆への貢献に繋がる。
 ほかでもない隊商の人々が最初にそう言ってくれたものだから、今は遠慮なく「自分を大事に・みんなを大事に」の精神で休めるようになっていた。
 休むことも貢献の一環だなんて、昔の私の環境だったら有り得なかったなぁ。
 休憩時間は雀の涙。聖女なのに徹夜が珍しくなかったとか、有り得なくない?
 ――いけない、これを考えるのはやめよう。

「緊張しているようには見えんな。あんた、実物はそんなに見たことがないと言っていたが」
「そうですわね。瘴気溜まりはもちろん、あのような現象を目の当たりにするのは初めてですわ。おぞましい気配はなんとなくわかるのですけれど」
「恐ろしくはない、か?」
「ええ。ただ、それはわたくし自身に浄化能力があるから、恐怖心がマヒしているだけという気もしますの。あれが何であるかを考えると、間違いなく恐ろしいものだと思っておりますわ。普通の瘴気溜まりよりも」
「……何か見当がついていそうだな?」

 アロイス、鋭い。
 皆がてきぱきと煮炊きの準備を終え、焚火を囲って夕食を摂ることになった。
 水は鍋の中に浄化の魔石を沈め、間違いなく綺麗であると確認したものを使ったらしい。
 周辺の枝は湿気っていたから、自前の燃料を使っているそうだ。

 すっかり暗くなった空には、月も星も見えない。
 もともと薄曇りだったせいもあって、今日は夜の訪れが早かった。

「それで、おまえさんの考えは?」

 アロイスが手ずからお茶を淹れてくれて、湯呑みを私に差し出しながら尋ねた。
 ほかの皆も近くにいて、視線がこちらに集中している。

「そうですわね……たとえば今が冬であれば、このお茶はどうなっていたと思われます?」
「茶が?」
「冬でなくとも、このように手の平をかざせばわかりやすいですわね。こうして時間が経つと、どのようになりますかしら」

 湯呑みの少し上に、蓋をするように手をかざす。
 そんなに長くかからず、手の平が湿ってきた。
 アロイスは、そんな私の手元を凝視している。

「冬であれば、もくもくと美味しそうな湯気が立っていたことと存じますの。……つまり、あの現象は」
「霧か! ――霧に瘴気が?」

 目をみはった彼に、私は頷いてみせた。

「水、なのですわ。目に見えぬほどの、たくさんの小さな水。それが霧という現象でしてよ」

 この世界では、雲や霧が水滴の集まりというのは一般的な知識ではない。
 うっすら察している人がいても、その人が広めなければそこで終わる。知らない人のほうが圧倒的に多いのだ。

「きっとあの濃霧のどこかに、瘴気の発生源があると思いますの」


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