ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第十六話:知略の罠と、砕け散るプライド

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フェンが我が家の一員となってから、数日が過ぎた。あの日、死の淵を彷徨っていたのが嘘のように、彼は驚異的な回復力を見せ、今ではおぼつかないながらも、しっかりと四本の足で家の中を歩き回るようになった。

そして俺は、日に日に確信を深めていた。この漆黒の相棒が、ただの子犬ではないということを。

「フェン、お手」
「クゥン?」

俺がそう言って手を差し出すと、フェンは不思議そうに首を傾げるだけだ。芸を覚える知能は、まだないらしい。だが、彼にはそんな些末なことなど霞んでしまうほどの、とんでもない特殊能力が備わっていた。それは、俺のスローライフ計画の根幹を揺るがすほどの、まさにチート級の才能だった。

「ルークス様ー!この間のお礼に、焼きたてのパンを持ってきたよー!」

家の外から、村の女性の声が聞こえる。その声が俺の耳に届くよりも、ほんの数秒早く。足元で丸くなっていたフェンが、むくりと顔を上げ、俺のズボンの裾をくん、と引っ張る。そして、声のした方角を見て、まるで「ご主人様、ボーナスポイント案件のお届けです」とでも言うかのように、期待に満ちた金色の瞳で俺を見上げてくるのだ。

案の定、俺の脳内には、あの聞き慣れた電子音が響き渡った。

【称号『リーフ村の救世主』の効果により、村人からの強い感謝を検知しました。ボーナスとして、10ポイントを獲得しました。】

(……間違いない。こいつは、人の“善意”や“感謝”を、ポイントに変換されるよりも前に察知できるんだ)

それは、ポイントゲッターである俺にとって、まさに夢のような能力だった。前世で、いつポイントが増量されるか、どの案件が“当たり”かなんて、血眼になって情報をかき集めて分析していたのが馬鹿らしくなるほどだ。フェンがいれば、俺は歩いているだけで、ポイント獲得のチャンスを事前に知ることができる。

この生きたポイント探知機は、俺の日常に、ささやかだが確実な潤いをもたらしてくれた。村人たちからの差し入れや感謝の言葉は、俺のポイントを着実に増やし、そして何より、俺とフェンの絆を日に日に強くしていった。

だが、そんな平穏な日常の裏で、俺は決して忘れてはいなかった。俺の計画を、そしてこの村の未来を脅かす、たった一つの脅威の存在を。

(ゲルト……)

家の裏手に隠してあった、無惨に穴だらけにされたスライムレザーの試作品を見るたびに、俺の胸の奥で、黒く冷たい怒りの炎が燻った。あの妨害以来、彼はぱったりと姿を見せなくなった。だが、奴が諦めたとは到底思えなかった。あれは、単なる悪戯ではない。明確な敵意と、俺の成功を叩き潰そうという、歪んだ意志の表れだ。

(次に奴が狙うのは、完成間近のハウスそのものだろう。そうなれば、被害はこれまでの比ではない。その前に、手を打つ必要がある)

俺は、前世の記憶を呼び覚ました。ブラック企業で、成果を横取りしようとする同僚、理不尽な要求を繰り返す上司、足を引っ張ることしか考えない人間たち。そんな連中と、俺はどう戦ってきた?

答えは一つだ。正面から殴り合わない。相手の土俵には、決して乗らない。相手の行動パターンを完璧に読み切り、その裏をかく。相手が最も嫌がる方法で、プライドを粉々に砕き、二度とこちらに手を出そうという気力すら奪い去る。

それが、俺、佐藤拓也の「攻略法」だった。



俺は、スライムレザー・ハウスの建設計画を、再び始動させた。

場所は、家の裏手にある、少し開けた土地。父さんが手伝ってくれて、木の枝を組んだ頑丈な骨組みは、すでに完成していた。あとは、壁となるスライムレザーを乾燥させ、貼り付けるだけだ。

だが、今回は前回のように、無防備に試作品を並べたりはしない。俺はゲルトを誘き出すための、巧妙で、そして悪趣味な三重の「罠」を仕掛けることにした。

「リサ、ちょっと手伝ってくれないかい?」
「うん!なあに、ルークスお兄ちゃん?」

俺は、一番弟子のリサに協力を仰いだ。俺が彼女に頼んだのは、村中に、ある「噂」を流してもらうことだった。

「『ルークスお兄ちゃんが、今度はキラキラ光る、すごく綺麗な壁のお家を作ってるんだって!明日の朝には、完成するらしいよ!』って、みんなに教えてあげてくれないかな?」
「うん、わかった!任せて!」

リサは、重要な任務を与えられたことに胸を張り、元気いっぱい村へと駆け出していった。子供の噂話は、乾いた草原に燃え広がる火のように、速く、そして正確に伝播する。この噂は、必ずゲルトの耳にも届くはずだ。

次に、俺はハウスの骨組みの周りに、前世の記憶を頼りに、原始的な警報装置を仕掛けた。丈夫なツタを地面すれすれに張り巡らせ、誰かがそのツタに足を引っかけたら、木の枝に吊るしておいた複数の空き瓶が、ガラガラと大きな音を立てて落ちる仕組みだ。

だが、これはあくまで第一の罠、陽動に過ぎない。

第二の罠は、ゲルトが潜んでスリングショットを撃つのに最適な茂み――そこからなら、ハウス全体が見渡せ、かつ自分の姿は隠せる絶好の狙撃ポイント――に仕掛けた。俺はスキル『薬草知識』を使い、森で採取してきたある植物の葉を、その茂み一帯に念入りに塗りつけておいた。

【鑑定】→【ムズ痒草(むずがゆそう)】
【薬草知識】→【葉の汁に触れると、耐え難い痒みと発疹を引き起こす。直接的な毒性はないが、精神的な集中力を著しく削ぐ。】

そして、第三の罠。俺は、その茂みのすぐ手前の地面に、巧妙な偽装を施した落とし穴を掘った。深さは、子供の腰くらいまで。落ちても大怪我はしないが、簡単には這い上がれない、彼のプライドを砕くための舞台装置だ。

全ての準備は、整った。



その夜、俺は眠らなかった。暖炉のそばで、腕の中にフェンを抱き、息を潜めてその時を待つ。

月が、雲に隠れた、午前二時頃だっただろうか。

腕の中で眠っていたフェンの耳が、ぴくりと動いた。そして、唸り声一つ上げることなく、ただ俺の顔をじっと見つめてきた。その金色の瞳が、暗闇の中で「来たよ、ご主人様」と、静かに告げていた。

俺は、フェンの頭を一度だけ撫でると、音を立てずに立ち上がり、家の裏口の扉の隙間から、外の様子を窺った。

月明かりに照らされた闇の中に、一つの人影が、猫のようにしなやかな足取りで、ハウスの骨組みへと近づいていくのが見えた。

ゲルトだ。

彼は、用心深く周囲を見回しながら、俺が仕掛けた第一の罠、警報装置のツタを、巧みに飛び越えていく。さすがは、森での狩りに慣れているだけのことはある。

(だが、それも計算のうちだ、ゲルト)

ゲルトは、ハウスの前に立つと、わざと不格好に貼り付けられた半乾きのスライムレザーを見上げ、フンと嘲るように鼻を鳴らした。そして、腰に下げたポーチから、スリングショットと、鋭く尖らせた小石を取り出す。

まさに、彼がその小石をスリングショットにつがえ、狙いを定めようとした、その瞬間だった。

**ガラガラガッシャーン!**

ゲルトが飛び越えたはずのツタに繋がっていた、全く別の場所の空き瓶が、凄まじい音を立てて地面に落ち、砕け散った。俺が仕掛けておいた、二重起動式のトラップだ。

「なっ!?」

予想外の場所から響いた轟音に、ゲルトの肩が大きく跳ね上がる。彼は、罠にかかった獣のように、混乱した様子で音のした方角を振り返った。

「くそっ!」

ゲルトは、計画が露見したと悟ると、慌ててその場から逃げ出そうとする。彼が選んだ逃走経路は、もちろん、自分が最も安全だと信じ込んでいる、あの狙撃ポイントの茂みだ。

全ては、俺の筋書き通りだった。

ゲルトが茂みに飛び込んだ、次の瞬間。

「うわっ!?」

短い悲鳴と共に、彼の体が地面に消えた。第三の罠、落とし穴に、見事に嵌ってくれたのだ。

俺は、家の裏口からゆっくりと姿を現し、落とし穴の縁に立った。そして、穴の底で尻餅をつき、呆然とこちらを見上げるゲルトを、静かに見下ろした。

「……こんばんは、ゲルト。俺の家に、何か用かい?」

俺の声は、夜の冷たい空気の中で、驚くほど冷静に響いた。

ゲルトは、屈辱に顔を歪め、歯を食いしばった。「……てめえ、ハメやがったな!」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。俺はただ、夜中にこそこそと忍び込んでくる、泥棒対策をしていただけだよ。……それより、なんだか体を掻きむしっているようだけど、大丈夫かい?」

「!?」

ゲルトは、はっとしたように自分の腕を見た。茂みに飛び込んだ時に触れた、ムズ痒草の汁が、すでに彼の肌を蝕み始めていたのだ。強烈な痒みが、彼の思考を少しずつ麻痺させていく。

「うるせえ!偉そうに説教するんじゃねえ!お前みたいな、ぽっと出の英雄様に、俺の何が分かるってんだ!」

その叫びは、怒りというよりも、悲痛な心の叫びのように、俺の耳には聞こえた。そうだ。こいつは、ただの悪党じゃない。自分の努力が、正当に評価されないことへの苛立ち。楽々と成功しているように見える俺への嫉妬。その行き場のない感情が、彼をこんな行動に駆り立てている。

だが、同情はしない。俺は、彼のプライドを、ここで完全にへし折る必要があった。

「分かるよ。君が、誰よりも努力しているつもりでいることくらいね」

「……なんだと?」

俺は、彼の心を見透かすように、静かに言葉を続けた。

「君は、毎日誰よりも早く森に入り、日が暮れるまで獲物を追っている。スリングショットの腕を磨くために、夜は的当ての練習も欠かさない。そうだろ?その努力は、大したものだ。……だが、それは、ただの自己満足だ」

「な……!」

「君の『努力』は、いつだって結果に結びついていない。半日かけて追いかけたクリスタルスライムには逃げられ、仕留めた獲物はいつも小さいものばかり。君の努力の仕方は、根本的に間違っているんだよ。あまりにも、非効率で、無駄が多すぎる」

ゲルトは、言葉を失っていた。彼が誰にも知られず、一人で積み重ねてきたはずの時間を、俺がなぜか全て知っている。その事実に、彼の顔から血の気が引いていくのが分かった。もちろん、俺は彼の生活を監視していたわけではない。彼の服についた泥の種類から、彼がどの辺りの森を縄張りにしているか。靴のすり減り方から、彼が獲物を追ってどれだけ無駄な距離を走っているか。そして、指にできたタコの位置から、彼がスリングショットをいかに非効率なフォームで握っているか。これらは全て、俺が前世で、生き残るために磨き上げた観察眼と分析力が導き出した結論だった。理不尽な上司の機嫌を顔色から読み、横暴な取引先の嘘を些細な仕草から見抜く。あの地獄のような環境で培った俺のスキルが、この世界の知識と結びついた結果、ゲルトという少年一人の行動パターンなど、手に取るように分かってしまったのだ。

そして、俺は、とどめの一言を放った。

「君のそのプライドは、何の役にも立たないガラクタだ。君は、救世主になった俺に嫉妬しているんじゃない。自分の努力が、いつまで経っても報われないという現実から、ただ目を逸らしているだけなんだ」

――パキン。

俺には、聞こえた。ゲルトの心の中で、彼を支えていた最後の何かが、音を立てて砕け散る音が。
それは、夜の静寂を切り裂いた、虚ろな響き。
そして同時に、ゲルトという少年の、拠り所にしていたプライドが、完膚なきまでに砕け散った音だった。

彼は、もう何も言い返せなかった。ただ、穴の底でうなだれ、痒みに耐えるように自分の腕を掻きむしっているだけだった。

俺は、彼を見下ろしたまま、静かに告げた。

「俺は、ルークス・グルト。この村の、ただの農民だよ」

俺は、彼に手を差し伸べることもなく、その場に背を向けた。

「穴から出たければ、自分で出るんだな。その壁を登るのだって、君の“努力”次第だろ?」

その言葉は、彼が最も聞きたくなかった言葉のはずだ。

俺が家に戻ると、フェンが尻尾を振って出迎えてくれた。俺は、その小さな頭を撫でてやる。

これで、もうゲルトが手を出してくることはないだろう。圧倒的な知略の差を見せつけられ、そして、何より、彼が拠り所にしていた最後のプライドを、俺は完膚なきまでに叩き潰したのだから。

俺は、家の裏手にある、まだ不格好なハウスの骨組みを見上げた。

邪魔者は、消えた。

さあ、革命の続きを始めよう。俺だけの、最高の「スローライフ」のために。


【読者へのメッセージ】
第十六話、お読みいただきありがとうございました!
物理的な力ではなく、情報と分析力で相手の心を折るルークスの「攻略法」、いかがでしたでしょうか?
「ルークスのやり方、えげつないけど好き(笑)」「プライドを砕かれたゲルトの今後が気になる!」など、皆さんの感想をお待ちしています!下の評価(☆)やブックマークが、スライムレザー・ハウスの完成を早めるかもしれません!
ついに邪魔者を退けたルークス。次こそ、冬の農業革命が実現するのか!?次回、ご期待ください!
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