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第十五話:黒い相棒と、森の恵み
しおりを挟む暖炉のそばで、俺はうつらうつらと浅い眠りを繰り返していた。夜中に何度も目を覚ましては、腕の中の小さな相棒、フェンの呼吸を確かめる。そのか細い寝息が聞こえるたびに、俺は安堵のため息をつき、再び意識を手放した。
朝の冷たい光が窓から差し込み、俺ははっと目を覚ました。一番に確認したのは、腕の中の温もりだ。
(……生きてる)
フェンは、まだ生きていた。それどころか、俺が身じろぎしたのに気づいたのか、ゆっくりと瞼を開け、その金色の瞳でじっと俺の顔を見つめてきた。そして、力なく、しかし確かに、その尻尾をぱたぱたと二、三度振った。
その健気な仕草に、俺の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ルークス、起きていたのかい」
背後から、母さんの声がした。振り返ると、そこには心配そうな顔をした母さんが立っていた。その視線は、俺と、俺の腕の中のフェンとに、交互に注がれている。
「おはよう、母さん。……この子、ちゃんと朝を迎えられたよ」
「……そうね」
母さんは、複雑な表情で頷いた。その時、眠っていたフェンが、母さんの存在に気づいて、喉の奥で「グルル……」と低い唸り声を上げた。昨日よりも、少しだけその声には力があった。
「まあ……!」
母さんが、驚いて一歩後ずさる。その目は、無意識にマキナのいる方へと向けられていた。だが、俺がフェンの背中を優しく撫でてやると、フェンはすぐに唸るのをやめ、再び俺に体をすり寄せてきた。
「大丈夫だよ、母さん。この子は、俺の言うことをちゃんと聞くから」
母さんは、俺にだけ心を許すその光景を、信じられないというように見つめていた。
その日の朝食は、少しだけ気まずい空気の中で始まった。俺は、父さんとの約束通り、自分の黒パンを半分にちぎり、フェンの前に差し出した。
「フェン、ご飯だぞ」
だが、フェンは黒パンの匂いをくんくんと嗅いだだけで、ぷいと顔をそむけてしまった。
それを見た母さんが、ため息をつく。
「ほら、ご覧なさい、ルークス。言ったでしょう?森の獣は、人間の食べるものなんて口にしないのよ。この子には、この子の食べ物が必要なの」
母さんの言葉は、正論だった。正論だからこそ、俺はぐっと言葉に詰まる。
(そうだ……こいつは肉食獣のはずだ。パンを食べるわけがない)
俺は、昨夜の自分の宣言を思い出す。『森で、この子のための食べ物だって、僕が必ず見つけてくる!』
「……分かってる。僕、森へ行って、この子のためのご飯、探してくるよ」
俺は、残りのパンを口に詰め込むと、すぐさま立ち上がった。
◇
再び、森。だが、今日の目的はマンドラゴラでも、ツタでもない。フェンのための、「肉」だ。
八歳の俺に、兎や鳥を狩る技術はない。ならば、狙うべきは、もっと小さく、動きの鈍い生き物だ。俺は『鑑定』と『薬草知識』のスキルを駆使し、食用となる昆虫や、木の実を探し始めた。
しばらくして、朽ち果てた倒木の下で、俺は目的のものを発見した。
【鑑定】
【森オオツノムシの幼虫】
【栄養価が非常に高く、多くの肉食獣が好んで食べる。成獣は硬い甲殻を持つが、幼虫は柔らかい。】
【売却時の参考価格:なし】
見た目は、正直言って、かなりグロテスクだった。白く、丸々と太った芋虫だ。前世の俺なら、悲鳴を上げて逃げ出していただろう。
(……だが、今はそんなことを言っていられない。あの温かい食卓に、フェンの居場所を作る。そう決めたのは、俺自身だ)
俺は、意を決して、幼虫を数匹捕まえると、大きな葉に包んで持ち帰った。
家に帰ると、俺は家族が訝しむのをよそに、捕まえた幼虫を木の枝に刺し、暖炉の火で炙り始めた。じゅうじゅうと音を立て、タンパク質の焼ける香ばしい匂いが立ち上る。
「ルークス、あなた、何を……」
「フェンのご飯だよ。鑑定したら、すごく栄養があるって」
俺の突拍子もない行動に、母さんはもう呆れるしかない、といった顔をしていた。
十分に火が通ったのを確認し、俺はそれを冷ましてから、フェンの前に差し出した。
「フェン、食べられるか?」
フェンは、最初はおそるおずるといった様子で、炙られた幼虫の匂いを嗅いでいた。だが、やがて、その鼻先がくん、と大きく動く。そして、ぺろりと一口。
次の瞬間、フェンの金色の瞳が、カッと見開かれた。
それからの食事風景は、圧巻だった。フェンは、まるで何日も絶食していたかのように、夢中で炙り幼虫に食らいついた。その食べっぷりは、見ていて気持ちがいいほどだ。
「まあ……本当に、食べたわ……」
母さんが、ルークスの突拍子もない行動がまたしても正解だったことに、呆れと感心の混じった声を上げる。
「わんわん、もぐもぐしてる!かわいい!」
マキナは、きゃっきゃと手を叩いて喜んでいた。
その光景を、父さんは黙って見ていた。その口元が、ほんの僅かに、本当に僅かに緩んだのを、俺は見逃さなかった。
その日から、俺とフェンの、新しい日常が始まった。
俺は毎日、森へ入ってはフェンのための食料を探し、日に三度、その傷口の包帯を取り替えた。フェンは、驚異的な回復力で、日増に元気を取り戻していった。まだ足を引きずってはいたが、俺が家の中を歩けば、その後を必死についてくる。俺が畑仕事を始めれば、その足元で大人しく丸くなって眠っている。
母さんも、そんなフェンの姿を見て、少しずつ警戒を解いていった。特に、マキナがフェンに近づこうとすると、フェンが唸り声を上げて威嚇し、しかし、俺が一喝すると、しょんぼりと大人しくなるのを見てからは、「あの子は、本当にあなたの言うことしか聞かないのね」と、感心したように言うようになった。
そして、あの日から一週間が過ぎた頃。
俺が、家の裏手でスライムレザーの試作品作りに再び挑戦していると、足元で眠っていたフェンが、むくりと体を起こした。そして、おぼつかない足取りで立ち上がると、俺のズボンの裾を、くん、くん、と引っ張った。
「どうした、フェン?」
俺がそう尋ねると、フェンは、村へ続く道の方を見て、「ワン!」と一度、短く吠えた。その視線の先には、誰もいない。
だが、次の瞬間、俺の脳内に、あの電子音が響いた。
【称号『リーフ村の救世主』の効果により、村人からの強い感謝を検知しました。ボーナスとして、10ポイントを獲得しました。】
「……え?」
意味が分からず、俺が道の先を覗くと、少し離れた場所から、村の老婆、マーサさんが歩いてくるのが見えた。彼女は、俺に気づくと、にこりと優しく微笑み、手に持っていたカゴを掲げて見せた。どうやら、またお菓子の差し入れを持ってきてくれたらしい。
その時、俺は理解した。フェンは、マーサさんの接近を察知したのではない。彼女が俺に対して抱いている、強い「感謝」の感情を、誰よりも先に察知して、俺に知らせてくれたのだ。
(こいつ……ただの番犬じゃない。人の感情、それもポイントに繋がる“善意”を事前に察知する、生きた探知機(レーダー)だ……!)
俺は、足元にいる小さな相棒を見下ろした。フェンは、まるで「褒めてくれ」と言わんばかりに、俺を見上げて尻尾を振っている。
俺は、フェンを力強く抱きしめた。この小さな体には、俺の知らない、不思議な力が宿っている。
俺のスローライフ計画に、最強の相棒が加わった、記念すべき瞬間だった。
【読者へのメッセージ】
第十五話、お読みいただきありがとうございました!
フェンとの新しい日常、いかがでしたでしょうか?小さな相棒が、少しずつ家族に受け入れられていく姿に、ほっこりしていただけたら嬉しいです。
「フェン、可愛い!」「虫を焼いてあげるルークス、すごい(笑)」など、皆さんの感想、お待ちしています!下の評価(☆)やブックマークが、フェンの成長の糧になります!
ついに明かされた、フェンの不思議な能力。この最強の相棒と共に、ルークスは次なるステージへと進みます。次回もご期待ください!
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